49話 漆黒の闘士
ルドラとナレスが炎で焼け落ちる館から出た時、異変に気付いた。
ベンガル大使館を囲っていたはずの砂の団員達が全員倒れ伏してしまっていたのだ。
カーリーとウシャスが応戦している。
いや、遊ばれていた。
たった一人の男にいいように弄ばれている。
黒い胴着、漆黒の髪、日に焼けた黒い肌をした若い青年に、ウシャスが円月刀で斬りかかり、カーリーが自慢の巨躯で襲いかかっていた。
しかしウシャスの斬撃を素手で受け止めて、掴んだ剣を砕く。
迫るカーリーの大きな拳を指で受け止めてみせた。
二人はいくら攻撃を繰り出すも容易く受け止められてしまう。
そして黒髪の青年が笑う。
「どうした、どうした? もっと頑張れ。退屈凌ぎにもならん」
ルドラが笑う青年と目が合った時、ナレスが動く。
間髪入れずに、手にしていた槍を振るい、相手を貫ぬかんばかりの鋭く、素早い刺突を放った。
黒髪の青年はナレスの不意打ちに即座に反応する。
そして今度も避けない。
ただ掌底を放つ。
それだけでナレスの槍先は曲がり、長く、重厚で太い柄が二つに裂けるように砕かれてしまった。
すかさずナレスは槍を捨て、即座に宙を舞い、接近戦を試みた。
しかしナレスの猛烈な蹴打が放たれた時、ナレスは見た。
応戦したはずのウシャスとカーリーの身体から血飛沫が舞うのを。
青年の姿が自身の視覚から消えているのを。
それにナレスが気付い時、既に手遅れだった。
いつのまにか背後を取られていた。
ナレスが振り返ろうとすると、青年はナレスの巨大を軽々と持ち上げる。
そしてそのまま地面へと叩きつける。
倒れたナレスがすぐに起き上がろうとすると、その動きは制止された。
黒髪の青年が口角を上げる。
「それ以上動くと死ぬぜ。俺があんたの後ろをとる時、頸椎と脊髄をバキバキにへし折った。今動けるだけでも大した精神力だ。俺は強い奴が好きだ、大好きだ。しかし仕事で困ったことが起きてな、この国で俺達海賊が流した金を潰そうとする奴らがいるらしい。俺は仕事が嫌いだ、大嫌いだ。だからさっさと終わらせようと思う」
青年の目がルドラの姿を写す。
「お前か、小僧。俺の仕事を邪魔した野朗は。弱い者虐めは好かんがこれも仕事だ。殺すけど悪く思うな」
青年の脅しに屈することなく、ルドラは抗議する。
「やはり海賊共の仕業か! この街で悪銭をばら撒き、甘い蜜を啜りおって! 海賊の矜持は何処へ捨てた! かような謀りごとが海に生きる者のすることか!」
ルドラの言葉に、青年は深く頷く。
「あー、わかる、わかるんだ。こんな汚ねぇやり方は俺も好きじゃない。できることなら強い奴と戦って、命がけでお宝を奪うような仕事がしたい。ぜーんぶ上の幹部連中が企んでることなんだ。上司は嫌いだ、大嫌いだ。俺達武闘派にばっかり尻拭いさせやがる。けど大人は好き嫌いで仕事は選ばない。当然、俺もだ。仕事には真摯に向き合う。それがプロだ。私情で職務怠慢はしない。だから悪く思うなよ」
黒髪の青年はルドラに向き直り、構えた。
いつでもルドラが殺せる態勢をとっている。
すると背後から満身創痍のナレスが全身全霊の力を込めて、青年の身体を両椀で掴んだのだった。
黒髪の青年はナレスの動きを予見していた。
しかし敢えて相手の最後の足掻きを受ける。
ナレスの命がけの行動に敬意を示したのだ。
どうせコイツを逃すための最後の抵抗だろう。
強い奴はいい。
こういうことをする奴は好きだ、大好きだ。
しかしナレスは青年の思惑とは違う言葉を叫んだ。
「赤毛、青毛の娘よ! 後は頼む!」
すると青年の視界が揺らぐ。
さっきまで見ていたルドラの姿がボヤける。
いや、目の前の景色そのものが歪んで見えていった。
まるで蜃気楼を見ているかのように青年の視界は陥ってしまった。
青年が思わず手で両目を拭おうとしたその時。
青年の胸部と腹部に猛烈な衝撃が走った。
不意の痛恨の損傷に、青年は思わず、身を庇おうとするが、背後のナレスがそれを許さない。
避けることも、守ることも出来ず、揺らいだ視界から、青年は会心の連撃を受け続けた。
目の前には真紅の閃光が自身の身体に乱撃を容赦なく繰り出している。
荒れ狂う暴風雨のような、嵐のような連撃。
その一撃、一撃が重たいハンマーを振り下ろしたかのような衝撃。
確実に肉体に損傷を与え、骨が悲鳴を上げている。
青年は衝撃と激痛が走る中、ようやく気付いた。
自分が幻を見せられていたことを。
視界を水魔法の反射光で歪ませたのだ。
つまり、目の前の紅い閃光の正体は……。
その存在に気付いた時、青年の意識が一瞬飛び、目の前が真っ暗になる。
後から襲いかかる顎を砕かんばかりの衝撃。
その勢いは青年を縛るナレスを振り解き、天高く舞い、ろくに受け身も取れずに地べたへと叩きつけられ、崩れるように倒れ伏す。
赤い長髪を靡かせ、シウランが倒れた青年に唾を吐く。
「どうした、もっと楽しませろ。まだ始まったばっかりたぞ。途中で投げ出すなんて、プロ失格だな。お前、仕事向いてねーよ」
青の長髪を流してルァがうんざりした顔をする。
「また海賊連中!? ホントしつこいわね! こないだ漂流してた奴の救助でもやってなさいよね!」
倒れた青年の意識が虚ながら蘇っていった。
朧気な意識の中から二人の少女を見て、思い出す。
確かルーファスの報告にあったクソガキ共だ……。
マジでクソガキだ、汚ねぇマネしやがる……。
確かに強い、強い奴だ……。
俺は強い奴が好きだ、大好きだ……。
青年がゆっくり起き上がろとすると、シウランが注意の言葉を放つ。
「最初は挨拶からだろーが、礼儀がなってねーな。お前マジ仕事向いてねーよ。転職しやがれ」
不意打ちをしたシウランの指摘は、ビジネスを信条としている男の心に深く刺さった。
そして青年の心に殺意の灯火が炎となって荒れ狂う。
無職の小娘どもに仕事の厳しさを教えてやるぞ……!




