九
四月になった。桜が咲き、私立果南晴学園も新学期が始まった。
勇一とみゆきちゃんは高校三年生になった。
始業式は半日で終った。
この日から勇一とみゆきちゃんは部活が終ってから一緒に帰ることが多くなった。
みゆきちゃんが勇一の名前を呼んだ。
「勇一くん」
「何?」
「うれしい?」
「え?」
「私と帰れてうれしい?」
「え! う、うれしいよ!」
勇一は突然の言葉に照れた。
「本当? 私と帰るより友達と帰った方が良いとか思ってるでしょ! 今……」
「全然思ってないよ、そんなこと。みゆきちゃんと一緒に居るほうが楽しいよ」
「良かった! ちょっと不安だったんだ~」
みゆきちゃんが急に走り出した。
それを追いかける勇一。
「どうしたの? みゆきちゃん」
「桜! 見たいと思って……きれいだよね! 桜って」
勇一は思った。
(みゆきちゃんの方がきれいだよ)
なんて、決してそんなことは言えない勇一であった。
みゆきちゃんが恥ずかしそうに言った。
「……ほんとはね……ちょっと恥ずかしくなったの」
「え?」
「だって、勇一くん私と同じ気持ちだったから……」
「みゆきちゃん……」
みゆきちゃんが桜を見ながら言った。
「……ねえ、勇一くん。花見しよう? 皆で」
「え!」
「嫌? 高校最後の春の思い出の一つになると思うんだけどな……」
みゆきちゃんはふてくされた。
「皆って友達?」
「そうだよ! 友達呼んで桜のきれいなうちにやりたい!」
みゆきちゃんの目が輝いた。
「みゆきちゃんが楽しいなら良いよ」
「本当!」
みゆきちゃんが笑顔になって勇一の顔を見た。
勇一はドキッとした。
(夕焼けの時の笑顔も良かったけど桜に映える笑顔もなかなか……花見をしたらもっと笑顔が見られるのかな? だとしたら絶対、花見をしないと……)
勇一は意を決した。
「よし! 花見をしよう……皆で」
その言葉を聞いたみゆきちゃんは喜んだ。
「やったー! じゃあ、今度の日曜日で良い? 早くしないと桜散っちゃうから」
「桜が散ったら花見できないもんね」
「うん、決まりね!」
みゆきちゃんは大喜びした後に少し考えて勇一に言った。
「私はお弁当用意するから勇一くんは場所取りね!」
「う、うん」
勇一は思った。
(場所取り……か……)
みゆきちゃんはニコニコしながら言った。
「友達呼んで楽しくやろうね!」
「うん! そうだね」
勇一はこれ以上ないくらいの笑顔で言った。
こうして勇一とみゆきちゃんの初めての花見は始まった。
手作り弁当を持ったみゆきちゃんと友達の関香織が桜並木を歩いて待ち合わせの場所に向かっていた頃、勇一は友達の渡辺宏人と鈴木信哉に問い詰められていた。
渡辺が考え深い目つきで勇一に訊いた。
「石田、最近坂本さんと仲良いような気がするのは気のせいか?」
「うわっ、ずばりと言ったね」
鈴木は興味津々のようだ。
「気のせいじゃないかな……」
渡辺は熱く言った。
「気のせいな訳がないだろ! 気のせいだったら、同じクラスの女子である関さんと坂本さんと花見なんてできないだろ!」
鈴木がみゆきちゃんと香織について補足した。
「二人とも学年トップレベルなだけあって、狙っている奴がたくさんいるんだよ」
「学年トップレベル……」
鈴木に聞いたことがある――果南晴学園の男子達が決まった時間、決まった場所に集まって果南晴学園の女子の評価……もとい、投票みたいなのを行い、学年ごとに女子の中の女子を決めるという。
その基準はいろいろだとかで分かっているのは投票する男子達の女子に対する自分の好みが大きく反映されているらしい。
この事は女子、親、先生に他言無用らしく、参加方法は自分で探すが基本のようだ。
そんなことを思い出しながら勇一は思った。
(絶対、口が裂けてもみゆきちゃんのこと言えねー……)
渡辺は目を輝かせながら言った。
「そうだ! 学年トップレベル!!! 鈴木はそういうことに関しては強いからな」
「そういうこと以外でも強いと思うんだけど……ナベちゃん」
鈴木が渡辺に少し反抗した。
「そうか?」
「そうだ」
鈴木がムッとした顔で渡辺を睨んだ。
(何だか話が上手いことずれてるな……このまま……)
そう思っていると突然、渡辺に名前を呼ばれた。
「石田!」
「は、はい!」
勇一が背筋を正した直後、渡辺は勇一の右手を強く握りながら言った。
「石田が友達で本当に良かったよ!」
「良かったな、渡辺」
(早く、みゆきちゃん来てくれ!)
そう思い続けるしかできない勇一はふいに鈴木に言われた。
「ところで、石ちゃん。最近、坂本さんと帰ってないかな?」
「えっ!」
勇一はヤバイ! と思った。
「ほら、これ見てよ」
鈴木は勇一に一枚の写真を見せた。
「こっ、これは……」
鈴木が見せた写真には楽しそうな勇一とみゆきちゃんの姿が小さく写っていた。
「言い逃れはできないよ、石ちゃん」
「……」
勇一は何も言うことができない。
「とある事情で隠れていたら、こんなに良いものが撮れたんだよね」
「……」
ここは黙秘か? と考える勇一に渡辺が恐る恐る言った。
「石田、お前坂本さんと……」
「学年トップレベルの坂本さんとできてると?」
鈴木は身を乗り出しそうなほど興味津々の目をしている。
「……」
どうすれば良いのかと考える勇一を見て渡辺が納得したように言った。
「何も言わんということはそういうことか」
勇一は怒られる覚悟で渡辺と鈴木に打ち明けた。
「すまん! みゆきちゃんが学年トップレベルとは知らなかったんだ」
「まあ、良い」
渡辺の反応に勇一は驚いた。
「えっ!」
渡辺は堂々と言った。
「俺達の本命は関さんだからな」
「関さんだったら絶対許さなかったけどね」
鈴木は笑いながら言った。
勇一はそれを聞いて安心した。
「そ、そういえば、みゆきちゃんが言ってたけど関さん今、フリーなんだって」
勇一はみゆきちゃんとのことを言われないようにするための口封じネタを使った。
「それ、本当?」
鈴木がそのネタに興味を示した。
「ほ、本当だけど」
勇一は少し緊張した。
鈴木はそんな勇一の言葉を聞きながらポケットからシャープペンとメモ帳を取り出した。
「じゃあ、データ更新しないといけないや」
勇一が鈴木に訊いた。
「あのさ、データって何?」
渡辺は勇一に少し驚きながら言った。
「石田は知らないのか?」
「何を?」
勇一は訳がわからない状態になっていた。
そんな勇一を見て、渡辺が鈴木について説明し始めた。
「鈴木はこの辺では有名になる予感大の情報屋なんだ」
「えっ!」
鈴木がそんな奴だったとは知らなかった勇一であった。
「寝耳に水か、その反応だと」
渡辺はそんなに驚くことかと思った。
その様子を見ていた鈴木が勇一に言った。
「そんな石ちゃんにとっておきの情報をお教えしましょう!」
「何? とっておきの情報って」
勇一は心臓が少し早くなったのを感じた。
「石ちゃんは……」
「俺が何?」
早くその先を言ってほしいような言ってほしくない気持ちでいっぱいだ。
「石ちゃんは……なんと! 女子にまあまあモテるのであります!」
「へっ?」
勇一はびっくりしたが、渡辺は別に驚くこともなく、勇一を見ながら言った。
「外見はな……でも、中身がな……」
勇一は鈴木の情報が信じられずに言った。
「嘘だろ! その情報」
鈴木が勇一に暴露した。
「嘘じゃないよ! クラスの女子の人に石ちゃんの情報というか写真が欲しいって言われたし、他の学年の人にも!」
勇一は落ち着きながら鈴木に尋ねた。
「で、その情報とやらはもう……」
「まだだよ。明日渡すことになってたんだけどね。渡すのはやめるよ」
鈴木の言葉を聞いて勇一は少し安心した。
「そうしてくれ。あと、余計なことを言うのもやめてくれよ」
「分かったよ」
勇一に念を押された鈴木は少し残念そうな顔をしながら、話の話題を変えた。
「ところで、エトセオールで新しく始まった『ローテーション喫茶』ってもう読んだ?」
渡辺がすぐに反応した。
「小泉大輝の新作だろ?」
そこで話が変わったことにホッとする勇一だったが、その漫画をまだ読んでいなかった。
「それ、おもしろいの?」
渡辺が少し驚きながら勇一に訊いた。
「石田はまだ読んでないのか?」
「金がないから…」
渡辺はしょうがないな……と思いながら話した。
「まだ始まったばかりだから、何とも言えないが、読む価値はあると思うぞってか、立ち読みで良くね?」
「えっ、いや、なんとく……エトセオール買いたいなって……」
そんな渡辺の目を見ないように漫画を買うためのアルバイトでもしようかな……と考える勇一であった。
勇一がそんなことになっているとは知らないみゆきちゃん達は歩いていた。
桜を見ながらみゆきちゃんが言った。
「今日は待ちに待った花見日和だね」
香織が周りの桜を見ながら言った。
「でも、桜散ってるよっていうか葉桜になりかけてるのあるよ!」
「いいの、いいの! 散ってしまった桜も美しきかなだよ! 香織!」
みゆきちゃんは笑顔だ。
「そうか~、私はきれいに咲いてる方が好きだけどね」
香織が話していると、突然みゆきちゃんが大声で言った。
「あっ! 勇一くんだ!」
みゆきちゃんは勇一くんを見つけて走り出した。
「待ってよ! みゆき!」
香織は後を追いかけた。
「遅くなっちゃってごめんね」
みゆきちゃんが勇一に謝った。
「いいよ、いいよ。気にしないで早く花見を始めよう!」
勇一は二人に質問されないうちに花見を始めたい気持ちでいっぱいだった。
そんな勇一の気持ちを知ってか知らずかみゆきちゃんが言った。
「そうだね。時間が経つごとに桜も散っちゃうからね!」
「そうそう!」
勇一は鈴木と渡辺を見た。二人は関香織に夢中だった。
勇一はホッとした。
「勇一くんこれ良かったら食べて」
みゆきちゃんは勇一に手作りクッキーを渡した。
「あ、ありがとう! みゆきちゃん!」
「早く、食べてみて」
「うん!」
脳裏に少しだけ悪夢が蘇ったが一口でみゆきちゃんの手作りクッキーを食べた。
「おいしい?」
「……おっ、おいしい!!」
勇一は悪夢と同じ味ではなくて良かったと思った。
「ホント! 良かったー。クッキーだけはお父さんに褒められてるから自信があるんだー」
「お父さんパティシエだっけ」
「うん。香織も料理上手なんだよ、ね! 香織」
「まあね……」
香織はあまり興味がなさそうだ。
「この卵焼きは香織が作ったんだよ」
そう言ってみゆきちゃんはその卵焼きを指差した。
それを見た香織が言った。
「それ、みゆきが作ったやつでしょ」
「えっ、そうだっけ? 覚えてないな」
「いつものことじゃん」
「うっ……」
みゆきちゃんは返答に困った。
それから勇一達は学年トップレベルの女子の会話を楽しく聞きながら楽しい時間を過ごした。
その時の情報は鈴木の『秘密データ』の中に保存されているという噂が何日か後に流れ、渡辺が香織にボコボコにされたという話が果南晴学園の七悲話に加わったのであった。




