第二十六話 ラブホ(5)
「ここまで頑張ったのに、何を言ってるのよ!」
「別にあの二人がどうしようといいじゃん」
「せっかくの夏の一大イベントだよ」
そんな話しをしていると、一馬と夏美が繁華街を抜ける道を選んで歩き出した。そこは、寂れたラブホが二~三軒あるだけなのだ。
「ちょっと! ここって、めっちゃ安いラブホ街だよ!」
さすが瑛子、よく知っている。
「だって、貧乏な彼氏と付き合ったときは、ここのラブホにお世話になったんだもの」
「あんたねー。そりゃ、可哀想すぎるわ」
「しょうがないよ。相手は同級生だったんだもん」
「同級生でラブホかぃ」
「相手のバイト代が入ったときだけね。と言うことは、やっぱり夏美たちも……」
思わず二人の目がキラキラと光った。
これはぜひ、店の入り口をくぐるところを確認しなくてはおさまらない。
二人の意思が固まったところで、前方に視線を向けると、そこにはターゲットの姿はなかった。
「ちょっとー! どこに行ったわけ?」
「まさか、そのきったないラブホに入ったとか!!」
認めたくないが、これほど忽然と消えられたのでは、そう思うしかないだろう。
二人が汚いラブホの建物を見上げていた、ちょうどその時、背後から野太い男性の声が響き渡った。
もしそれを漫画で表現するならば、『お前たちは何をやっとるかぁ!』という文字が頭上にガツンと飛んできたような感じだろうか。
二人は、聞き覚えのある声の方へ振り向いた。そこには、我らが担任の徹ちゃんが仁王立ちになっていたのだ。しかも、その横には他クラスの担任の信代先生までいるではないか。
「なんだぁ、徹ちゃんじゃない」
瑛子がすばやく、徹と信代の関係を見抜くとニヤニヤと口元を崩した。
「お前たち、ここがどこか分かっているのか!」
「分かってますよ。そういう徹ちゃんだって、いいのかなぁ。奥さん泣いちゃうよー」
「バカもん! 先生たちは、お前たちのようなヤツがいないかとパトロール中だ! こんなところを高校生がウロウロしていたら、補導されるぞ!」
どうやら、この話しは本当のようで、信代先生も腕を組んでかなり怖い顔になっている。
「こんなところにいたら、悪い大人に目をつけられますよ。早く帰りなさい」
「えー! まだ、遊んでないし」
瑛子がブーイングを出すが、教師たちは聞く耳を持たないようだ。
「だって先生、まだゲーセンとかも入ってないし。カラオケとかもね」
「……」
どうも雲行きが怪しい。さすがに、ここで「夏美と一馬がそこのラブホに消えました」とは言えないので、京香と瑛子はしぶしぶその場を後にした。
「でもさぁ、あれって絶対に、あのラブホに入ったよね」
「入るところを見たわけじゃないから……なんともねぇ」
確信をもって、一馬と夏美がラブラブ中だと言い張る瑛子に反して、入るところを目撃していないのだから、なんともいえないと否定的なのが京香だ。
「だって、ここまできて、入らないなんて考えられないでしょ」
「瑛子としてはそうだろうけど、あそこって路地を抜けると公園があるんだよ」
「この期に及んで公園に行くなんて、ありえない! あったとしたら、男じゃないって!」
そこまで言い切らなくてもよいと思うのだが。
結局、後で夏美に白状させようと言うことで、炎天下の尾行劇は幕を閉じたのだった。