第十三話 女子高生は忙しい
慣れればバラバラのシフトというのは、見事に当たった。
あれから、二回ほど一緒のシフトに入ったが、その後は三人バラバラの曜日や時間で働くことになったのだ。おかげで、どんなに暑くても京香の家で涼むことが出来なくなった。
「何が辛いって、この暑さでしょ」
うるさく蝉が鳴き叫ぶのを聞きながら、夏美はアイスキャンディーをくわえ
て真夏の暑さに耐えていた。扇風機を最大にして、畳の上に大の字になっているのだ。
「だらしないねぇ」
そんな夏美の格好をしみじみ見ているのは、妹の冬香だ。冬香は夏美と正反対の、いかにも女の子チックな女の子だ。
「別にいいじゃない。誰が見てるわけじゃないんだから」
「いつでもきちんとしてないと、見てるこっちが暑苦しくなるでしょ」
そういう冬香のスタイルは、肩紐の短めヒラヒラワンピだ。夏美の、タンクトップにショートパンツ姿に比べると、見事に女の子に見える。
「よくこんなんで、彼氏がいるよね。私みたいに、女らしいなら分かるけど」
「何とでもお言い! あー、アヅイ……」
体をぐるりと反転させると、腹ばいになる。
「どうしてこうも違うのかしら。同じ姉妹なのにねぇ」
と、抱いていたクマのぬいぐるみに語りかけている。
「あんたさぁ、中学三年にもなって、ぬいぐるみでもないだろう」
「女の子は可愛いものが好きなのよ。だから、いいの」
「そうですかっ! そのぬいぐるみだけでも、充分に暑苦しいけどね」
一触即発の状態の時に、ちょうどケイタイが鳴った。どうも妹と話しているとムカついてくるから不思議だ。
「もっしもーし」
ディスプレーも見ないで電話に出てみると、相手は京香だった。
「暑いねぇ」
「おぉ、京香じゃん。京香の家はエアコン入ってるんでしょ」
「今、バイト終わったところだから、外だよ」
「なるほど、そりゃ乙だね」
今時の女子高生は、『お疲れさま』を『乙』と表現するのだ。
「瑛子から面白い話聞いてさ、出てこない?」
「暑いからヤダヨ」
「家に居るより、駅ビルにいる方が涼しいよ」
そりゃぁ、ごもっともな意見だ。しかし、そこまで行く道程が暑いのだ。
「瑛子と一緒だったの?」
「バイト? 違うよ。バイト終わったら、店の前でバッタリ」
「倒れてたの?」
「何が?!」
「バッタリって、あまりの暑さでバッタリと」
「倒れてたら電話してないでしょ!」
「幽霊」
「そりゃー涼しい。って、違うでしょ! この場合のバッタリは、出会ったことに対するバッタリだと判断して欲しいんですけど」
「あぁー、出会っちゃったんだ。店の前で……待ち伏せ」
「ストーカーかよ!」
「近いよね?」
「瑛子にストーキングされるような関係だったか?」
「京香がじゃなくて、副店長だよ」
「あー!」
あまりの声の大きさに、思わずケイタイを耳から離してしまった。
「何よ」
「それよ、それ! その話がしたいから、出て来いって言ってるのよ」
「何、瑛子が副店長を押し倒した?」
「……」
「マジですか!」
「そこまでじゃないけど、そのうちなるかもね」
「それ、引くわぁ」
「でも、瑛子だから」
「う……ん、否定できないところが、ヤバイよね」
「とにかく、出てきてよ」
「そうだなぁ……」
「こっちは、涼しいよぉ」
「今、瑛子は?」
「今はいないよ。さっき、別れたから。これからデートだって言ってたし」
「えー! 副店長と?」
思わず、暑さで畳みにへばりついていた体を起こしてしまった。
「ちょいまち! まだ副店長とは関係ないから。本日のデートは今の彼氏だよ」
「今の彼氏も、もう直ぐ過去の彼氏になるんだねぇ」
「あーぁ、決めちゃったよ」
「事実になりそうで怖いね。彼氏可哀想」
「で、出てくる?」
「そうだね。面白そうだし、行くか」
「じゃぁ、待ってるから。奥のたこ焼き屋で待ってるよ」
「ハイよー」
電話を切ると、タンクトップを脱ぎ捨て、Tシャツに着替える。
「出掛けるの?」
隣の部屋で、受験勉強と称しながら、机に向かっている冬香が声を掛けてきた。
「うん、駅に行ってくる」
「いいね、高校生は楽で」
「あんただって、来年は高校生でしょ。今のうちにちゃんと勉強しておいたほうがいいわよ」
などと、姉貴風を吹かせてみる。
「ふーん、まともな事も言えるんだ」
その言葉にカチンと来ながらも、ここで姉妹喧嘩しても暑苦しいだけなので、スルーだ。
「行ってきまーす」
玄関で大きな声をだし、自分が出掛けることをアピールするが、冬香が応えるはずも無い。そして、仕事に行っている母の声も聞こえるはずは無いのだ。分かっていながら、出掛ける自分をアピールしたくなる。
(人間ってヤツは不思議な生き物ですな)
と、自己分析したりする。




