第15話 まだ、好きになってもらえる
一週間。
さくらから返信はなかった。
ながとは、それでもスマホを何度も確認した。
朝。
昼。
仕事が終わった後。
寝る前。
通知が来るたびに画面を見る。
けれど――
さくらではない。
「……まだか」
そう呟いて、スマホを置く。
以前なら、ここで何度もメッセージを送っていた。
「なんで返事ないん?」
「怒ってる?」
「俺、何かした?」
そうやって追いかけていた。
でも今は違う。
一ヶ月我慢した。
だから、もう少し待てる。
そう思っていた。
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ながとは、少しずつ変わっていた。
体重は六キロ落ちた。
仕事にも以前より真面目に行くようになった。
給料が入っても、パチンコに使う金額を決めるようになった。
完全にやめたわけではない。
それでも、以前のように人から金を借りてまで打つことはなくなった。
借りることが当たり前だった自分にとっては、大きな変化だった。
「俺、変わったよな」
仕事仲間にそう言うこともあった。
「何が?」
「いや……何でもない」
本当は言いたかった。
さくらのために変わっている。
でも、言わなかった。
自分でも少しだけ、
それを言うのが恥ずかしくなっていた。
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ある日の夜。
ながとは、まさひこに電話をした。
「俺、六キロ痩せた」
「聞いた」
「仕事も休まんようになった」
「それも聞いた」
「パチンコも減らした」
「それはえらいやん」
ながとは少し笑った。
「やろ?」
「うん」
「これだけ変わったらさ」
「うん」
「……さくらも、ちょっとは見直してくれると思わへん?」
まさひこは答えなかった。
「なあ?」
「ながと」
「何や」
「それ、さくらに見せるためにやってるんか?」
「……」
「それとも、自分の人生を変えるためにやってるんか?」
ながとは黙った。
「両方や」
しばらくして答えた。
「最初はさくらのためやったかもしれん」
「うん」
「でも今は、自分のためでもある」
まさひこは少し安心したようだった。
「それならええ」
「ただな」
「ん?」
「さくらが振り向かなくても続けろよ」
ながとは黙った。
「……分かった」
そう答えた。
けれど。
本当に続けられるかどうかは――
まだ分からなかった。
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その週末。
ながとは服を買った。
鏡の前で何度も確認する。
以前より顔が少し細くなった。
腹も少し引っ込んだ。
髪も短くした。
「……普通やな」
自分で言って笑う。
以前の自分とは違う。
少なくとも、
「俺は何もしてない」
とは言えなくなった。
そして、スマホを見る。
さくらの名前。
指が止まる。
一度、深呼吸する。
「……もう一回だけ」
メッセージを開いた。
だが――
そこで、以前のさくらの言葉を思い出した。
「もう連絡しないでください」
ながとは画面を閉じた。
送らなかった。
それだけは守った。
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数日後。
ながとは仕事帰りにコンビニに寄った。
レジに並んでいると、後ろから声が聞こえた。
「ながと?」
振り返る。
昔からの知り合いだった。
「お前、痩せたな」
「そう?」
「何したん?」
「ちょっとな」
「彼女でもできた?」
ながとは一瞬、黙った。
「……まだ」
「まだ?」
「好きな人がおる」
そう答えた。
知り合いが笑う。
「へえ。お前が?」
「俺だって好きになるわ」
「どんな子?」
ながとは少し嬉しそうに話した。
小さい。
可愛い。
優しい。
真面目。
仕事もちゃんとしている。
「で、付き合ってるん?」
「いや」
「告白したん?」
「……した」
「振られた?」
ながとは黙った。
「まあ……今はな」
知り合いは苦笑した。
「今は?」
「俺が変わったら、分からんやろ」
そう言って、ながとは笑った。
自分でも、その言葉が自然に出てくることに驚いた。
「今は」
そう言えば、未来が残る。
「今は好きじゃない」
なら――
「いつか好きになる」
可能性がある。
ながとは、その小さな隙間に希望を作っていた。
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その夜。
さくらは、あやの部屋にいた。
「また来た」
さくらがスマホを見せる。
通知ではない。
ながとからの新しい連絡だった。
短い文章。
「もう連絡せんから安心して」
あやが画面を見る。
「これ、どうする?」
「……返さない」
「うん」
さくらはスマホを伏せた。
少しして、
「これで終わるかな」
と呟いた。
あやは答えなかった。
さくらも分かっていた。
一度「終わり」と伝えた。
それでもまた連絡が来た。
だから、
「もう連絡しない」
という言葉だけでは、安心できない。
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一方。
ながとはベッドに横になっていた。
今日は連絡した。
でも、返事は求めなかった。
「俺、ちゃんと待てるようになった」
そう思った。
昔の自分なら、すぐに返事を求めていた。
今は待てる。
だから――
自分は成長している。
そう思った。
目を閉じる。
頭の中に、さくらの笑顔が浮かぶ。
初めて名前を呼んでくれた時。
一緒にご飯を食べた時。
笑ってくれた時。
「……また、あの顔見たいな」
ながとは呟いた。
そして、もう一度だけ未来を想像した。
痩せた自分。
真面目に働いている自分。
さくらの前に立つ。
「俺、変わったで」
さくらが自分を見る。
そして――
「ながとさん」
また名前を呼んでくれる。
その未来を想像すると、胸が温かくなった。
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だが。
現実のさくらは――
ながとを好きになるために時間を使っているのではなかった。
ながとを忘れるために時間を使っていた。
二人は同じ一ヶ月を過ごしていた。
ながとは、
「好きになってもらうための一ヶ月」
として。
さくらは、
「忘れるための一ヶ月」
として。
同じ時間を過ごしているのに、
向いている方向は正反対だった。
そして、ながとはまだ知らない。
この先、自分の努力が――
さくらにとっては、
「嬉しい」
ではなく、
「だからこそ、余計に断りづらい」
ものになってしまうことを。
そしてその時。
ながとは、初めて本当の意味で、
「恋をすること」と「相手を自分のものにしたいと思うこと」
の違いを突きつけられることになる。




