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第1話『長耳の暗殺者』

初めてなので温かく見守ってください

デグレント伯爵邸の庭に1匹の猫が降り立つ

エルグランド帝国帝都グランダリア

猫は窓から漏れる明かりを見つめた


「はははっ!これで我が家の繁栄は約束されたも同然だ!」


部屋から漏れ聞こえてくるのはこの屋敷の主だろうか。

とても機嫌が良さそうだ。


「おお、そうだ!古代種は処理しておけ!ああ、美しい物は使い道があるから避けておけよ?ははは!」


主は誰かに指示を飛ばしたようだが猫はピクリと窓に意識を向けた。

"古代種"、それは猫が探していたものだ。


猫は音を立てずに屋敷の裏に回った。

移動しながらも耳を澄ます。


「旦那様があの古代種どもの処分を命じたらしい。」

「美しい物は避けておけだとさ。」

「あの地下牢は近寄りたくないんだよ、気味が悪い。」


猫は足を止めた。

地面に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。

そのまま少しばかりその場に留まった。


(殺す。)


猫は小さく息を吐くと建物の中に通じる扉の前に移動した。

そして鳴いた。


「あら、子猫?」


給仕服を来た女が扉を開けた。

猫はするりと部屋の中に入り込む。


「あっ、ダメよ!」


女が振り返るとそこには猫の姿は無く、長耳の男が立っていた。


「あ」


喋る暇もなく、女はその場に崩れ落ちた。

長耳の男は手を振り血を払い落とすと足早に屋敷内に繋がる扉を開けた。

長耳の男は移動を開始する。


(人間は殺す。ひとり残らず殺す。鏖殺する。)

(殺す殺す殺す殺す殺す……)


長耳の男は音を立てず移動し始めた。

道中人間を見つけては処理していった。


仕立ての良い服を着た老齢の男の首を落とした。

給仕服を着た若い女の首に刃を突き立てた。

派手な装束の女と幼子が寝ていたが心の臓を一刺しして永遠に眠らせた。

屋敷の部屋という部屋を開け、中にいる人間を切って、刺して、切り落として殺した。


(ここか。)


豪華な装飾が施された扉の前に立つ。

耳を澄ますと部屋の中から嬌声が聞こえてきた。

屋敷の主人はこの部屋にいるようだ。


(ふん、汚らわしい。)


男は扉を開けた。

部屋に入ると裸の小太りな男が女性を乱暴していた。

扉が開いた音に小太りな男は驚いた様子だ。


「な、なんだ!貴様は!?」

「ここが誰の部屋かわかっておるのか!?」

「誰か!誰かおらぬのか!」


ベッドから飛び降りた小太りな男が喚き散らす。


「この屋敷で生きている人間は貴様だけだ。」


長耳の男は喚き散らす小太りな男に言った。


「なっ!?」

「派手な服を着た人間の女も、一緒にいた小さな人間もまとめて処分しておいてやった。」


長耳の男は今居るこの部屋に行き着くまでしらみ潰しに部屋を開けては中にいた人間を殺していたのだ。

殺した人間の中には質の良い服を着た人間もいたが構わず心の臓を貫いておいた。

アレは恐らくこの小太りな男の女と子供なのだろう。

事実を言えば相手は狼狽して動きが固くなる。

より始末しやすくなるのでこの手段は非常によく使える。


「な、き、貴様ぁあ」


その事実を聞いた小太りな男は叫び、そして途絶えた。


「喚くな。汚らわしい人間風情が。」


ドチャッと何かが落ちる音がした。

長耳の男は床に落ちたソレを掴み麻袋の中にしまった。

そしてベッドに視線を向ける。

ベッドに座り込んでいるのは全裸の女。

身体中に痣がある。日常的に殴られていたのだろう。

ふと、女の二の腕に目が止まった。

女の二の腕には痣とは思えない程精巧な模様があった。


(印……同胞か。)


女は震えながら長耳の男を凝視している。


『この言葉がわかるか?』


長耳の男は女に向かって声をかけた。

女はビクリと身体を震わせたが次の瞬間には驚きに満ちた表情になった。


「わ、分かります。あなたは…?」

「同胞だ。地下牢にいく、案内しろ。」

「……はい」


女はシーツを身に纏いベッドから降り、扉へと向かう。

しかしその足元はおぼつかない。


「待て。」

「っ……はい」


女は身体を震わせつつ長耳の男に振り返った。


《キュア》


長耳の男が呟くと女の身体は光に包まれた。

光が収まると女の身体から傷痕が消えていた。


「あ、この魔法は……」

「後で説明する、今は同胞を。」

「はい。」


今度はしっかりとした足取りで女は地下牢に向けて歩き出す。

長耳の男はその後について部屋を出た。


部屋に残されたのは首が無くなった小太りな男の死体だけだった。


案内されたのは長耳の男が猫の姿で侵入した部屋だった。

部屋には給仕服を着た人間の女が息絶えている。


「こちらです。」


シーツを身にまとった女は死体となったソレを乱暴にどかし、床板を外した。

外した床板の下には階段があり、地下に続いているようだ。


女は地下に入っていく。


「待て」


長耳の男は女を呼び止める。


「はい」


《ライト》


長耳の男は囁くように魔法を詠唱した。

すると真っ暗だった地下への階段が明るく照らされ足元がよく見えるようになった。


「行け」

「はい」


2人は地下に向かって階段を降りていった。

魔法で明るく照らされた地下牢は酷く汚れていた。


「ここにいるのは全て同胞か?」

「いえ、人間の奴隷も混じっています。」

「そうか」


『この言葉が理解できた者は檻に近づけ!身動きが取れないものはどこかを叩いて位置を知らせろ!』


長耳の男は地下牢に響くように声を張り上げた。


すると地下牢内から鎖を叩く音や床を叩く音が聞こえ始めた。


「皆動けないのか。」

「酷く暴行された者が多いので。」

「そうか」


《ハイヒール》


長耳の男は広範囲に治癒を施す魔法を展開した。

地下牢が温かな光に包まれる。

そして光が収まると同時に長耳の男は動き出した。


「おい」

「はい」

『この鍵を使って同胞を解放しろ。人間は無視して良い。』

『はい』


女は鍵を手に牢へと向かっていった。

そして長耳の男も牢へ向かっていった。


あらかた解放し終わった事を確認した長耳の男はシーツを纏った女に紙を手渡した。


『この紙を持って上の部屋で待機していろ。迎えがくる。』

『はい』


長耳の男は地下牢から出ていった。

シーツを纏った女はその背に深く頭を下げた。



屋敷を出た長耳の男は酒場に居た。


「猫が帰ってきた。」


そうマスターに言うとマスタは視線のみで奥の部屋へと促した。

男は奥の部屋へと入っていく。


奥の部屋には深くフードを被った人がいた。


「済んだか?」


フードの人が聞く。

声からして男のようだ。

長耳の男は頷くことで肯定した。


「証拠は?」


テーブルに麻袋を置く。

麻袋の底の部分は赤く染っている。


「結構。」


麻袋と引替えにフードの男は袋をテーブルに置いた。


「約束の報酬だ。」


長耳の男は報酬を受け取ると中身を検める。

そして踵を返し部屋を出た。


部屋に残されたフードの男もまた部屋を出ていった。


酒場を出た長耳の男は闇夜に紛れて歩く。

目的地は帝都郊外にある古びた屋敷。

錆びて朽ちた門を通り屋敷の玄関へ向かう。

屋敷に明かりが点っていない。打ち捨てられたボロ屋敷。

夜の暗さもあってより不気味に見える。

長耳の男はそんな朽ちた屋敷に入っていく。



「おかえりなさいませ」


年配の男が出迎えた。


「あぁ。首尾はどうなっている?」


「滞りなく。」


「そうか」


「お食事になさいますか?」


「あぁ。いや、先に先触れを飛ばそうと思う。食事の用意ができ次第呼んでくれ。」


「かしこまりました。」


長耳の男は屋敷の中を進んでいく。

そして自室にたどり着いた。


自室にたどり着いた長耳の男は汚れた服を脱ぐと少年の姿になって直ぐに机に向かった。

取り出すのはレターセット。

サラサラと手紙を認め、封筒に入れると蝋で封をした。

それと同時にノックの音が聞こえた。

入室を促すと部屋に入って来たのは玄関で少年を出迎えた男だった。


「失礼します。お食事の準備が整いました。」


「あぁ。それとこれを頼む。」


男に先程認めた手紙を手渡す。


「かしこまりました。本日のお食事ですが此度の皆様もご一緒でよろしいですか?」


「あぁ。いつも通りに。」


「かしこまりました。失礼します。」


男は恭しく礼をすると退室していった。

少年は屋敷の食堂に歩みを進めた。


⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


私は帝国貴族に買われた奴隷ーーナルア。

私の故郷は帝国に攻め滅ぼされた。

攻め込んできた帝国兵に抵抗した父や母は無惨にも殺された。両親が殺される所を目にした。

帝国兵に見つかって捕虜になってからは地獄だった。いや、地獄と言う言葉すら生温い物だった。

恋人も婚約者もいなかった私を帝国兵は弄んだ。

平和だったあの頃に夢見た"たった1人に捧げる花"はいとも容易く散らされた。

そして私は帝国兵の性奴隷となった。

そこからはあまり覚えていない。

小太りな人間に買われてからは昼も夜もなくただ身体を貪られる日々。

殴られ犯される日々。

唯一、私を私たらしめていたのは"同胞"だった。

小太りな人間に買われて、地下牢で飼われてどれくらいか経った頃同じ地下牢から懐かしい言葉が聞こえてきた。


『お父さん、お母さん』


まだ幼い声だ。あの小太りな人間に買われたのだろう。

あぁ、私以外にも居たのだ。生き残っていたのだ。


『眠れ眠れ小さな子。狼があなたをさらう前に。妖精があなたを連れ出す前に。眠れ眠れ小さな子。母の腕で安らかに。』


自分が幼い頃、母が歌ってくれた子守唄。

祖国では広く一般的に広まっていた歌だ。

私にはクラスと呼ばれる異能がある。


私のクラスは《癒し(ヒーリング)》だ。

私の身体や声には対象者を癒す効果がある。

身体に触れるだけで、歌を歌うだけで、ただ祈るだけでも傷の回復を助ける効果がある。


地下牢で飼われる人に私は歌を歌った。

死なないように。自分は死んでもこの地下牢で飼われている同胞達は死なないように。


時折地下牢の鍵が開けられる。


「早く入れっ!」

『痛いっ!やめてっ!』


小太りな貴族はまたネフィリムの女性を捕らえてきたようだ。


『どうしてこんな事に…お父様…お母様……お兄様……』


母国語で自分の状況を嘆く声が聞こえる。

私は歌った。

《癒し》の効果を乗せて子守唄を歌った。


私は小太りな人間から毎日のように貪られるようになった。

曰く、"1番具合がいい"とのこと。

そうだろう、鳴いてあげているのだから。

それからというもの、私は毎日小太りな人間の相手をするようになった。

そして私の"具合"を維持するために食事が少し豪華になった。

私は少し豪華になった食事を地下牢の同胞に分け与えた。

私のクラスで同胞を癒し、私自身も癒し、小太りな人間から貪られる。

お勤めと呼ぶようになった。


『お姉ちゃん、大丈夫?』

『大丈夫よ』

『今日もお勤め?』

『そうよ。戻ってくる時にまたご飯を貰ってくるわ』

『うん!私もお勤め頑張る!』

『あなたはしっかり食べて寝ることがお勤めなのよ』


地下牢で交わされる祖国の言葉による会話。

それが私を現世に繋ぎ止めていた。


いつも通りのお勤めの夜、小太りな人間はいつもの様に私を嬲った。私を殴り、罵声を浴びせながら私の身体を貪った。


しかしその夜は、いつもと違った。


長耳の男が部屋に入ってきて小太りな人間を切り捨てたのだ。

そしてこう言った。


『この言葉はわかるか?』


驚きのあまり声が出なかった。

祖国で捕虜にされてから今まで"男性の同胞"に会った事がなかった。

目の前の男は"長耳"。それはエルフ族の証だ。

エルフの男はネフィリム語で自分に話しかけてきた、それが余計に頭を混乱させた。


「わ、分かります。あなたは?」


辛うじて返事が出来た。しかし口から出た言葉は使い慣れてしまった帝国語だった。


「同胞だ。地下牢にいく、案内しろ。」


長耳の男も帝国語で答えた。

地下牢に向かおうとベッドから這い出でるが足に力が入らない。


「待て」

「はい」


長耳の同胞は私に手を向けた。

あ、殺される……。

反射的にそう思った。


《キュア》


淡い光が私の身体を包んで消えた。

殴られ続けてアザだらけになった身体も、痛みも無くなった。

ちらりと見えた長耳の同胞の腕。

その腕には私達が同胞である事の証拠があった。


"ネフィリム・タトゥー"


祖国では"(しるし)"と呼ばれている物。

祖国の古語で"神の落胤"を意味する言葉。


私達ネフィリム族は身体のどこかに刺青のような模様がある。

それは母体から生まれ出た時には既にある。

帝国に滅ぼされた"ネフィリム王国"の民である事の証。


長耳の同胞の腕にあった印と、長耳の同胞が使った"詠唱無しの魔法"。

それだけでその長耳の同胞が"誰で

あるか"を特定できた。

王国では有名なお方。


「この魔法は……」

「後で説明する、今は同胞を。」


どこまでも端的で簡潔な言い回し。

私が知る、記憶の中にいる"彼"とは遠くかけ離れた姿だった。


アルム・スヴェント・フォン・ネフィリム


私達、ネフィリム族を束ねる王家の次男。

彼の指示に従い、地下牢へ行く。

そして彼は私達ネフィリム族の奴隷を解放した。


『この紙を持って上の部屋で待機していろ。迎えが来る。』


王子は私に1枚の紙を手渡した。

その紙には魔法陣が書かれている。


『はい。』


王子の広域回復魔法で傷が癒えた同胞を連れて地下牢を出た。

地下牢の上には部屋があるがそこには既に迎えが来ていた。


『よくぞご無事で。さぁ、安全なところへ参りましょう。』


迎えの人達は懐かしい祖国の服を着て私たちを出迎えた。

そして印を見せてくれた。


祖国の風習において、自分の印を見せることは"最大の敬意を払っている"と同義なのだ。


地下牢にいた同胞の何人かは最大の敬意を払ってくれる彼等を見て涙を流していた。

私も涙を流した者の1人だ。


彼等に連れられてたどり着いたのは郊外の屋敷。

その屋敷の地下に入ると多くの同胞が私たちを迎えてくれた。

祖国では一般的だった家の明かりに使われるランプが地下の部屋を優しく照らしてくれる。


『おかえり!』

『よくぞ無事で!』

『寒くは無いかい?着替えはここにあるよ!』

『お腹空いてないかい?暖かいスープを用意しているよ!』

『お風呂の用意もあるよ!』


懐かしくも暖かい祖国の言葉で私達はついに膝から崩れ落ちた。


救われた。

あの地獄から私達は救われたのだ。

崩れ落ちた私たちを抱きしめてくれる同胞達の温もりを感じてようやく救われたと実感できた。


祖国を、両親を奪われ、家も財産も、純潔さえも奪われて身一つとなったナルア・ヨークシャーはこうしてネフィリム王国軍に合流した。

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