第3章(1)新たな『試練』
バズった、という言葉では生ぬるかった。
「佢講『law don't see surname』嗰下, 全部沽空嘅都升天啦。」
(「法は姓を見ない」って言った瞬間、空売り勢、全員成仏。)
「governance魔術師咁強?顏值又高、出手又快、仲要係已婚?!」
(ガバナンス魔術師じゃん?何事??顔も強い、判断も速い、しかも既婚?!)
「Wah, wedding band spotted sia.」
(うっわ、結婚指輪してるじゃん)
「我以为他只是霸总,没想到还是已婚霸总……」
(ただの覇道総裁かと思ったら、既婚総裁だった……)
「No wonder he so steady lah. Wife at home is the real risk control.」
(そりゃ安定感あるわあ。奥さんが家でしっかり手綱を握ってるんだから)
「覇道ムーブで市場ひっくり返しておいて既婚とか反則w」
「这叫“法治与爱情双丰收。」
(こりゃ法治と愛のダブル勝利)
「顔も覇道も強すぎて草。
株価もハートも踏み上げられっぱなしなんだが?」
「Married CEO = predictable risk profile.
Volatility just dropped.」
(既婚総裁=予測可能なリスク特性。ボラティリティ下げ)
——そんなコメントがアジア圏の株クラスタを中心にソーシャルメディアで踊っている。
昊天はそれらを一切読んでいない。
だが、知ってはいる。
なぜなら、その余波が最もあってはならない場所にまで及んだからだ。
「……取材依頼?」
低く抑えた声が、リビングに響く。
妻の手元には、上質な紙の封筒。
表紙には、誰が見てもわかるセレブ系ライフスタイル誌のロゴ。
「“総裁の私邸訪問”と、“夫人のワードローブ拝見”ですって」
淡々と読み上げる妻。
「“日常の暮らしや装いを拝見したい”って……
日常、家からほとんど出ないんだけど」
対する昊天のこめかみには、はっきりとした血管が浮いた。
「断る」
即答だった。
「もちろん、そのつもりよ」
妻は肩をすくめる。
——ここまでは、平常運転。
「いやあ、兄さん」
バーカウンターにもたれながら、
昊明がコーヒー片手に手をひらひらと振る。
「正直ちょっと見たい」
さらに水蘭の声がハモる。
「奥様のクローゼット、絶対見たいって声多いよ」
だが。
その瞬間。
「——ふざけるな」
昊天の声が、明確に荒れた。
「我々は“見せる商売”をしていない。
私生活を切り売りする理由がどこにある」
「今のネット、兄さんを放っておかないよ」
「“イケメン覇道総裁”“既婚者なのが逆に刺さる”って」
「……昊明」
——ピシ、と空気が冷えた。
昊天は、ゆっくりと昊明を見た。
「おまえは、味方か」
「中立」
即答。
「というか、観客」
「二度と、そういう雑誌をこの家に近づけるな」
「怒ってる」
「当たり前だ」
昊天は立ち上がり、妻の方を向く。
声だけは、きちんと落とした。
「お前は、誰にも“解説”される存在じゃない。
評価も、消費も、される必要はないんだ」
一瞬、妻は目を瞬かせてから、微笑んだ。
「ありがとう。
―――でもね、あなた」
少しだけ、意地の悪い顔。
「あなたがテレビに出たからよ」
沈黙。
昊明が吹き出した。
「あれじゃアジア圏のお茶の間殺しだよ。やっぱ自覚なかったんだ、兄さん」
「会見向きのずいぶん地味なファッションだったのにね」
「罪深いねえ」
昊天は深く息を吐いた。
「……二度と、全国中継は受けない」
「それは無理でしょ」
水蘭の即ツッコミに、
リビングに、ようやく笑いが落ちた。




