サンヂュウ、もしくは、その女、中毒者につき…
時に「ソリッド・フィスト」で観衆を煽り、時に老若男女の混頓中毒者に混頓を施し、時に安酒を呷り食堂テーブルの上で仰向けになって眠る男、スティーブン・“スワイルド”・カーターは紛れもなくカリスマ性の持ち主なのだろう、スラムの通りを歩けば道行く人々に話し掛けられる程に顔が知れ渡っている辺りからも彼と親しくなることはスラムでの伝承者としての位置を磐石にする上での近道になることは間違いなかった。
マークライトが「ソリッド・フィスト」に出場する前日、私はスティーブンスにセルミーヤ地区やラニャール地区について案内された、セルミーヤ地区は完全なスラム街ではあったが、セルミーヤ地区はスティーブンスの住む北部以外は割りと一般的な住宅街や何かが広がっている場所だった、この狭間での生活が伝承者であるスティーブンスにとっては都合が良いのかもしれない、きっとそれは私にとってもそうなのだろうと考えた。
単なる混頓中毒者はスラムなり何処なりに住み着けばいいが、伝承者となると単なる混頓中毒者とは話が別となる、伝承者も様々だが、上手くやっている伝承者ならば経済的にも幾分は裕福でいられるのだ、だからこそ、“客”が犇めくスラムと一般的な生活を送る地帯の狭間のような場所で生活する必要がある、現にスティーブンスは同じセルミーヤ地区の東部にもう一件家を持っていた、それは「ミッドセンチュリーモダン」の一般的なもので暖炉のあるリビングがあり、天井が高く窓がたくさん付いたものだった、ダイニングは実にフォーマルなもので、「ヌックスペース」まである家だった、この家はスティーブンスが伝承者として“上手くやっている”事の証明のような家だった、スラムの木造アパートメントの2階はあくまでも彼にとっての職場にしか過ぎなかった。
私はセルミーヤ地区の東部にあるこの家でスティーブンスと暫く一緒に暮らすこととなった、スラムの喧騒から離れることもできれば伝承者を目指す私にしてみれば願ったりかなったりな環境をスティーブンスは提供してくれた、また、スティーブンス自身もそれは分かっていただろうと思う。
その日の夜は私の歓迎会と題したパーティーだった、スティーブンスの恋人のアイリーンが訪ねて来て、デビルドエッグやピッグス・イン・ア・ブランケットといった料理作ってそれを肴にラム酒やワイルドターキーを三人で飲んだ、アイリーンはスティーブンスに心底惚れていた、だから私はアイリーンに邪な気持ちを抱かなかったし、スティーブンスもそれを理解していた。
「ミルドレット・ピアース」のジョーン・クロフォードによく似たアイリーンは産まれも育ちも首都のイベロという都会の女でクレア・ブース・ルースに憧れていた、また、勇者一行に加わった女戦士のローズ・“ママ”・リベレイターを信奉しており、女性が強く生きる時代の到来を祝福していた、だからスティーブンスが主催者サイトのレフェリーをつとめる「ソリッド・フィスト」に関しては「“男の世界”なんて古臭いわね」と一蹴しており、早く足を洗ってほしいと願っていた、また、アイリーンも混頓中毒者であったが根っからの無神論者であり魔法を一切使うこともできなかった、アイリーンは現術主義者であった、テクノロジーを信じたその反面、宗教と魔法の支配されたこの世界に対して不満があった、それでも混頓を吸引する理由は混頓こそ魔法の最良の使い道だと考えているからであった、アイリーンは愚かな中毒者女ではあったが無邪気で可愛らしい内面を持っていた、彼女は単なるジョーン・クロフォードではなかった。
翌日、私たちは昼前まで眠っていた、マークライトとウインター・サンダーボルトとの試合は夕暮れ時に例のバーの地下室で行われるとスティーブンスは教えてくれたので、それまでの時間までに効果を逆算してマークライトに“獣の嵐”を施そうと考えていた、私とスティーブンスは通りでイエロー・キャブを拾い、セルミーヤ地区のスラムへと向かった、アイリーンは「ソリッド・フィスト」の一件と知ると「男ったら本当に嫌ね」とだけ言って一人でティケース地区へとショッピングに出掛けてしまった、「アイリーンは自由だ、だがそれが良い」とスティーブンスは言った、私にはその意味がよく分かっていた、だから単純に「あぁ」とだけ答えた。
マークライトの住む小屋は殆ど物置小屋のような所で本当に酷い荒れ様だった、私はこの男の命を自身の踏み台にすることを考えていた、早速マークライトは私に混頓をせがんで来た、私は彼に“スクリュー・アップ”を施した、暫くして効果が現れまともに話せるようになった、その状態でマークライトを「ソリッド・フィスト」の会場まで連れ出した。




