第94話「現場、再始動。最初の課題は“書類地獄”」
「神原、戻ってきて最初の仕事、気合入れてくれよな!」
丸山課長が笑いながら言う。
匠はスケジュール帳を開き、現場の全体工程、協力業者の数、そして机の上に山積みになったファイル群を見て、深くうなずいた。
「……これが、現実の“魔境”か」
書類の山。その正体は、
仮設計画書
施工体制台帳
再下請負通知
安全施工サイクル
現場用の施工要領書(最新Ver)
設備業者からの資料未提出の催促メモ
すべてが、現場監督が日々向き合うリアルな敵だ。
「神原さーん! 安全書類、6社分チェックお願いしまーす!」
事務員のひかりが笑顔でファイルを差し出す。
「うっ……わかった、やるよ」
この戦いは、剣でも魔法でもなく、スタンプと赤ペンで挑むものだった。
■
《書類とは……どれほど非効率なものか……》
スマホの中から、懐かしい声が漏れた。
「エル! 生きてたのか⁉」
《かすかに、あなたの“建築に対する情熱”が、私をここへ繋ぎ止めてくれたのです……。ですが、力はもう……》
「いいんだ、それで」
匠はスマホをポケットにしまい、ディスプレイとにらめっこを始めた。
「この書類、工程との整合がとれてない……修正必要だな」
「段取りが“魔法”だってこと、あっちで学んだんだ。今度は、こっちの世界で試す番だ」
■
昼休み。高槻がやって来て、机の書類を見てため息をついた。
「また課長が勝手に詰め込んだんすか?」
「ま、慣れてる」
「昔の神原さんなら、グチのひとつでも言ってたのに……」
匠は笑って答えた。
「最近、段取り通りいかない方が面白く思えてきたんだ」
■
夕方。チェックを終えた書類を提出し、事務所の椅子にどっかりと腰を下ろした。
「よし。魔法じゃなくても、片付くって証明したぞ」
小さく、スマホの画面に紫色の光がまた揺れた。
《あなたが選んだ“現実”……素晴らしい場所ですね》
——次の現場も、また忙しくなる。
だけど今の匠には、段取りと仲間がいる。
それだけで、現実世界の“現場”は十分、戦える。




