第88話「段取りのちから、異世界に届く」
「神原、また図面か?」
現場の端で、異世界の職人頭・グラッツが眉をひそめる。
「昨日も描いてただろ。作業は目で見て、体で覚えるもんだ」
「……ああ。だから、目で見せる“段取り”を作ってるんだよ」
匠は笑って答えると、足元の地面に木炭で丸や矢印を描きはじめた。
「これが“工程表”だ。何を、どの順で、どこにやるか。それを見えるようにしたもの」
「順番なんざ、終わったとこから進めりゃいいだろ」
「それでいいなら、俺はここにいない。今日は午前で石材が届く。けど先に足場を組んでおかないと、後から搬入が詰まる」
「……お前、未来が見えてんのか?」
「見えてるように見せるのが“段取り”なんだよ」
匠は、作業場所を色分けした板を現場に貼り出した。
赤:足場設置区域
青:搬入導線
黄:整備中の作業帯
それを見た若い職人がつぶやいた。
「わかりやすっ……あ、俺、青のとこ行けばいいのか」
「赤は“手を出すな”ってことか」
「そう。逆に赤が“空いた”ら、それが合図。段取りが進んだってことだ」
エルが微笑む。
《まるで、工事現場に“色の魔法”をかけたみたいですね》
「いや、これは“現場の言葉”だよ」
「何が起きて、次に何をやるか、それを全員で共有できる。これが、俺の魔法」
午後。予想より早く届いた石材の搬入が始まった。
が、通路が整っていたおかげで、誰も慌てずに対応。
「おい、これ段取り通りだ! このまま積み上げいけるぞ!」
「あの“工程板”、マジですげえな……!」
グラッツが、いつの間にか匠の隣にいた。
「……今日はスムーズだったな」
「お前らが、ちゃんと段取りを守ってくれたおかげだよ」
少しだけ、グラッツの口元が緩んだように見えた。
夕暮れ。現場が落ち着く頃。
匠は、ふと空を見上げる。
(あと何日、この空の下にいられるんだろうな……)
《いずれ、あなたは帰るのでしょう。でもこの現場に、あなたの“魔法”は残ります》
「……そうだな。次に進むための、“足場”は組めたってことか」




