第45話「封じられた“監督日誌”――ラグ=エルの記憶」
夜の現場事務所。
高槻が解体した旧備品庫の中から、ひとつの錆びた鉄箱を見つけた。
「神原さん、これ、見てください。
“工程表の裏に隠されてた”みたいで……ただの資料じゃないっすよ、これ」
匠が中を開くと、羊皮紙のような質感の紙束。
インクは褪せかけているが、手書きの文字がびっしりと書かれていた。
タイトルは――《監督日誌・第零期》。
「……日付がない。
ていうかこれ、全部“異界語”で書かれてる」
匠がスマホを取り出し、エルを呼び出す。
《……この筆跡……わたしの、ものです》
「え?」
《ですが、記憶にはありません。
この日誌は……“わたしではない誰か”が、わたしの形で記したものです》
神原は目を細めて1ページを読み上げる。
「“第3層構築、未達。作業員に異界酔いが多発。転移点の座標がぶれる。
……次回、風と光の制御を強化予定”……これ、完全に“現場日誌”だな」
だが書いてあるのは、構造や工程ではなく――
“どの魔力を、どこで、どう用いるか”という、魔導工事の進行記録だった。
「……これってつまり、“異界の監督”が魔法で建設してたってことか?」
《はい。そして、その監督――“ラグ=エル”と名乗る者は、
魔法による建設の原型を、わたしに“記録として”残していたようです》
高槻が驚いたように言った。
「まさか、エルさん自身が“過去の自分に魔法施工技術を伝えられてた”ってこと……?」
エルが静かにうなずく。
《この日誌には、“魔力の施工記録”と“構造の矛盾への対処”が克明に書かれています。
まるで、未来の施工者へ向けた“施工引継書”のようです》
翌朝。
匠はさっそくその中の記述を応用した。
「“魔力の収束点に火属性を当てると、逆位相でエネルギーが打ち消される”……
つまりこれ、魔力の空間干渉を“熱制御”で止める方法だな」
現場の北側で、異界構造に影響されて“ゆがみ”を起こしていた土間スラブに、
神原は光と火の魔法を組み合わせ、構造の歪みを“加熱収束”で補正してみせた。
《すごい……わたしの記録を、あなたは“施工管理”に活かしている……》
「当たり前だろ、俺は現場監督だからな」
夜。
神原は静かに問いかけた。
「エル……あんたの記憶がないのに、日誌だけが残ってるってことは、
もしかして……“エル=ラグ=エル”なんじゃないか?」
《……その可能性はあります。ですが、ひとつだけ違います。
わたしは“監督”ではなく、“記録者”でした》
「……?」
《この日誌の最後に、ひとことだけあります》
エルはページをめくった。
「すべての“工事”が終わったとき、この記録は“次の施工者”に届くだろう」




