第44話「設計者の影――異界から届いた“原本”図」
朝、現場事務所に一通の封筒が届いた。
差出人は不明。消印もない。
「また誰かのイタズラですかね……?」
高槻が訝しげに言う。匠は中身を確認して目を見開いた。
「……これ、“原本図”だ」
見開きA2サイズのその図面には、今の建物では存在しない“塔”の構造図が描かれていた。
さらに、その図面の片隅には――異界語と日本語が混じった一文。
《設計責任者:武藤 鉄斎》
「……所長、だと……?」
昼。武藤所長が現場にふらりと現れた。
「よぉ神原。どうだ、“段取り通り”か?」
「所長、この図面、知ってますか?」
匠は机の上に広げた“原本図”を見せた。武藤は一瞬黙り込んだあと、ゆっくりとうなずいた。
「昔な、俺も“お前と同じ目”で、この現場を見てた時期があったんだよ」
所長の口から語られたのは、十数年前にこの土地で中止になった幻の開発計画。
当時の設計主任だった武藤は、奇妙な構造の夢に導かれるようにして、
この“塔の図面”を描き上げたという。
「だがな、気づいたら“図面がひとりでに修正されてた”んだよ。
俺の線じゃない。でも確かに、俺の字で書かれてる」
「……それって、“異界が所長の意志にアクセスした”ってことじゃ?」
高槻が言うと、所長は疲れた笑みを浮かべた。
「そうかもな。“設計した”ってより、“設計させられた”んだろうよ。俺は途中で怖くなって逃げた」
匠はしばらく沈黙したあと、静かに口を開いた。
「それでも、所長が図面を引いたから、俺たちがこの建物を建ててるんですよ」
「……だが、建ててるのはお前だ。お前の“段取り”が、この現場を守ってる」
夕方、現場の南面でコンクリート打設が始まった。
匠は打設範囲を光魔法で照らし、バイブレータのリズムに合わせて風魔法で空気抜きをサポート。
「少しでも“ひずみ”があれば、構造体ごと異界に引っ張られる。
だから、どの一振りも妥協しねぇ」
市川が目を丸くする。
「神原さん、なんか今日めっちゃ真剣っすね……いや、いつもですけど!」
夜。事務所で匠は原本図を見つめながらつぶやいた。
「設計は、意志を写すもの。なら、この図面は……誰の意志だ?」
エルがそっと答える。
《“異界の神官”の名が、この設計図の記録にあります。
名は……“ラグ=エル”》
「……あんたの名前と似てるな、エル」
《……まさか、とは思っていましたが……》
匠とエルの間に、新たな謎の影が落ち始めていた。




