第38話「“壁の中”に埋まっていた、もうひとつの記憶」
「よし、斫るぞ」
翌朝。
神原匠は、施工管理の責任者として異例の判断を下していた。
それは、“図面にない壁”の一部を人の手で壊して確認するというもの。
高槻が心配そうに言う。
「現場としては、完全に“異常構造”扱いですけど……大丈夫ですか?」
「壊さずには進めない。
構造体の中に何があるのか、ちゃんと確認しねぇと次の工程に進めないからな」
「魔法で中を見るとか……できないんですか?」
「逆だよ。魔法を使っちまったら、中の“揺らぎ”に魔力が干渉して、暴発するかもしれねぇ」
《その通りです。こういうときこそ、“建築の物理操作”で丁寧に進めるべきです》
エルの声も慎重だった。
午後。
小型の電動ブレーカーを使って、壁の一部を丁寧に斫っていく。
削られたコンクリートの奥から――何かが見えてきた。
「……おい、高槻。これ……見たことあるか?」
「鉄板……いや、これ、“魔法陣”ですか……?」
壁の中から現れたのは、鉄筋に沿って浮かび上がった謎の紋様だった。
そしてその中央には、薄く刻まれた“文字”があった。
《……これは、異世界の古式魔導術式です。
“記憶定着”と“精神同調”を行う、儀式用の刻印です》
「ってことは……この壁、ただの構造体じゃなかったってことか?」
《はい。建築構造を用いて、精神を保存しようとした試み。
……恐らく、ここには“誰かの意識”が刻まれています》
神原匠は目を細めた。
「この現場……10年前、事故があったって辰巳さんが言ってたよな」
夕方。
事務所に戻ると、辰巳が静かに話し出した。
「覚えてる。あのとき、ここで働いてた若い監督がいた。
よく現場を走り回ってて、魔法みたいに段取りをこなすやつだった」
「名前、覚えてますか?」
「……たしか、“榊原”って名前だったな」
神原は震える指で、図面の余白にその名を書いた。
榊原――
彼は、魔法を使っていた現場監督だったのか?
夜。誰もいない現場。
匠は再び、その壁の前に立った。
そっと手を添えると――
《……“みてくれ、俺はまだ現場にいる”》
低く、震えるような声が、空気の中に流れた。
「……声?」
《魔法ではなく、“建物”に刻まれた意識の残響です。
これは、魔法の記録というより、“施工者の遺言”です》
匠の胸が、静かに震えた。
「建築に……人の声が、残るのかよ……」
《残ります。“現場監督の意志”は、ときに建物と一体化して刻まれます》




