忘れる為の物語 五枚目 聖騎士の罪と罰 一
やあ、翡翠眼のお嬢さん
私の願いを聞いて貰えないだろうか?
最近、嫌な臭いのニンゲンが森の東の平野に棲みついてね
この森まで異臭が漂ってくる
頼むよ
「?!」
飛び起きる、とはこういうことだ。一見すると思春期を迎えたばかりの少女のような姿の金髪の翡翠眼は、ベッドの上で「跳ね」た。枕元においていた日記がその反動で床に落ちる。
冷や汗がどっと出る。何か途轍もないものに躰のあらゆる部分を撫でまわされたような感触がはっきりと残っているのだ。撫でられたのか接吻をされたのか。いずれにしても夢などとは違う「意思」を送り込まれた。
落ち着け、落ち着け。
息が上がる。外から漏れる光は柔らかい。いい天気の朝だ。寒くもない。窓の外からは小鳥がやかましく鳴いているのが聞こえる。部屋を見渡してもそれ以外の音は聞こえない。誰も入った形跡はなく、散乱した魔術書、短剣、洗濯に出すべき下着、飲みかけの葡萄汁。燻製の猪肉。昨日の夜までと同じ風景だ。
何だ、何があった?
そう思った矢先、今度は想像を絶する快感が襲った。何もかも規格下の幼い身体に、何時間もかけて施されたような愛撫的快感が、一瞬で一気に押し寄せた。
「ひはっっ!!」
口をパシッと押える。声が出る。性的快感などほぼ十年ぶりだった。記憶にある中でも王都で一度か二度あったかどうかも怪しい絶頂感が、冷や汗と共に起きたばかりの小さい躰を駆け巡る。
気が遠くなる。声を出したらまずい。誰かを呼んでしまう。
ベッドにうつ伏せになり、必死にやり過ごした。時間にしてほんの数十秒だった。息が出来ない程の快感にあらゆる躰の穴から体液が漏れ出ている。
余韻だけでも目が泳ぐ。涙が出る。
はー…、びっくりした…
『何事も順序ってもんがあるでしょう!』
つい先日、黒髪巨乳とのやり取りを思い出した。後でちゃんと謝ろう。そうだ。何事にも心構えは必要だ。何の前触れなく突然なのは衝撃が大きい。
ほんっとやめてください。
せめて、もう少し心構えをしてからにしてください。
送り込まれた記憶と、超高濃度性的絶頂を仕掛けていった犯人は分かっている。
半神半獣、モレだ。
森の守護者モレしか考えられない。魔法なら対処できるが、神力は抗えない。
息がまだ上がっている。体中がまだ快感で動かない。
モレは獣神である。特殊なエゥワレ語を用いる。獣神は悪戯も多いが、酒と性行為を特に好む。神故に、物理的には何の接点も無くても性行為に及ぶことができる。幼い身体の翡翠眼は「神の祝福」を受けたのである。ヒトを始めとする亜人種に限らず、高等生物なら例外なく性行為に生じる恍惚を、モレは思念を介して与えることもできるのだ。
獣は発情期間が限られる。哺乳類に限らず動植物は皆、繁殖や出産の時期がほぼ決まっている。それから外れた時期に生まれた獣を神格化する傾向がある。「獣神の祝福を受けたのだ」と。
それはあながち間違いではない。モレはあらゆる動植物を瞬時に発情させることができる。
終わってみると、ちょっと惜しい気もする。何十年ぶりかの快感。
…今度は、その気になってからお願いしますよー…
体中が熱い。汗、体液、とにかく全身びっしょりである。ルーチェは下着で寝るため替えればいいが、こんなに濡れた下着をどこで処理すればいいか。
鏡の前に立って、項垂れた。いけない。この状態では下の階には降りれない。長い人生の中で自分でも見た事が無い「女の顔」の自分がそこに映っている。神によって「雌」にさせられたのだ。気が利く宿の主は必ず気付く。宿に寄宿する半淫魔も気付く。多くの誤解を生むだろう。
ベッドに身体を放り投げたが、ベッドも濡れている。ああいけない。これは確実にバレる。フラフラとしながら鞄に手を伸ばし、小さな本を取り出してペラペラと捲る。あった。「布団干しの魔法」だ。術式はさほど難しくはない。さっと描いて念を込めると潰れていたベッドがふかふかになった。
溜息しか出ない。身体はまだ半分痺れている。ここしばらく使っていなかった躰の奥がだらしなく口を開いているのがわかる。閉じるまで時間がかかるし、それまでに体液が出続ける。
性行為をヒトへの奉仕くらいにしか考えていない時期が長過ぎ、若い頃に魔法研究に没頭し過ぎたせいで、身体は成体になり損ねたルーチェ。幼い容姿は時に便利で時に不便だが、王都ではこの容姿のおかげで、ニンゲンにはとてもモテた。六十年に一度あるか無いか程度の排卵期だけ気にすれば、自由にヒトと交われた。
原石翡翠眼の方が性的快感が強い、って言うよね…、本当なんだろうか。
これじゃ、半淫魔の事は揶揄えないよ…
自分で慰めたくなる衝動を抑えつつ、眠気が襲ってきた。
誰も、起こしにきませんように…
「これで五人目か」
街はずれの小さな家に、暗い色のコートを着た男達が数人集まっていた。飾り気の無い小さな家。裕福とは言えない織師の家。その床に十五歳程度のヒトの少女が、糸が切れた操り人形のように事切れていた。一糸纏わぬ姿で、身体には大きな傷は見えないが股関節が無理に開かれて鬱血しつつある。そして、糞尿が混じった大量の体液が床に撒き散らされている。
駆けつけた捜査員は殆どが男性だったが、そのあまりの凄惨さに目を背ける者もいた。歳が同じ頃の娘がいる者もいる。
「相変わらず酷いな…」
「明らかな同一犯ですね、ここまで同じだと、疑う余地すらない」
ここ二ヶ月の間に立て続けに起こった怪事件。同一犯と見られ犠牲者は五人目。十四歳から十九歳までの少女。発見された時には全員一糸纏わぬ全裸。一滴の血も出ていないが、下腹部、膣口が異常にぽっかりと開かれ大きな物が抜き取られたような跡が見られる。犠牲者の家族や知人によれば前日まで変わった様子はなく、腹が大きい事も無かった。検死によると、少女達の子宮内に何かがあった事は確かだが胎児ではなく、それが自ら這い出たのかもしくは何者かに引き抜かれたか。
少女達の直接の死因は意外にも脳内出血による心肺停止で、検死官達は言葉を慎重に選んでいたようだが、要するに「キレ」て死んでいるのだ。
見下ろされるこの少女の遺体もまた、苦痛を伴わないだらりとした口で、笑っているように見える。目が見開かれ少しだけ眼球が出ている。時間が経つと眼球から血が滲んでくるはずだが、まだそれが見られない。体液がまだ温度が高いところを見るとまだ死亡してから時間は経っていない。部屋には糞尿と咽せ返る程の性臭がし、死体現場に見慣れたはずの捜査官達も気味が悪そうに直視を避けていた。
「第一発見者は? 家族か?」
「弟だそうです」
「そりゃまた…精神医も必要だな」
「魔法検、来ました」
「入れてくれ」
魔法検視官。この街に三人しかいない、王都から来ている魔法犯罪に特化した検察官で、全て盲人である。現場に残るあらゆる魔法使用の痕跡を探るプロだ。
「カーデルさん、最近は随分頻繁にお会いしますな…」
魔法検視官オードック。黒ずくめの服装で「葬儀屋」とも呼ばれる。漆黒のの杖を持つことからブラックワンドとも呼ばれる。歳は五十代であろうか。見た目より軽い、高い声の持ち主だ。
「…嫌味ですかな?」
「…嫌味の一つも言いたくなりますな、この有り様は」
魔法検は盲人、もしくは自ら視界を絶っている事で知られる。この有り様、と言ったが、いったい何でこの惨状を見ているのか。
「やはり、我々にも分からない未知の魔法の痕跡がありますな…」
「前と同じか」
「はい。申し訳ありませんね、分からない、などという回答で」
「魔法検が分からない、という回答だけで、十分に危険な犯人だと言うことだけは言えるだろう」
「これは特別古い魔族由来の魔法である可能性が高い」
「魔族?」
「魔族は今でこそ軟化していますがね。この有り様、御伽噺に出て来る魔族の所業と言われれば、その様にも見えます」
「魔族による犯罪となると、いろいろ厄介だぞ」
「魔族の匂いはしません。ヒト、もしくは、元ヒト、の、ですな」
「元、ヒト、か…」
「今、王都でも調べて貰っていますが、まぁ、正規の図書館では見つからんでしょうな。見つかるならば私が知ってるはずでして」
「非正規のはどうだ?」
「それも今やって貰ってますよ」
被害者
氏名 ミル・エンディバレル 十五歳。
死亡した日、通っている学校は前日に行われた学校行事の振替休日で休みだったため自宅にて過ごしていたそうです。
第一発見者の弟が学校から帰ってきて発見し、隣人に助けを求めて、その隣人が通報しています。
両親はそれぞれ仕事に出掛けていて、夕方には帰る予定だったそです。
被害者、少女ミルは、前日の学校行事でも特に変わった様子は無かったと、彼女の友人数人が証言しています。
最近付き合い始めた恋人がいて、その恋人にも話を聞きましたが、前日特に変わった様子はなかった、と。
因みに、現場が現場だけに…、性行為はしていたかと質問したところ、していない、と言っています。
現場には本人のものと思われる体液など以外、つまり、犯人のものと思われる体液、精液などは見つかっていません。また、少女本人が犯行直前まで着ていたであろう衣服も部屋で見つかっています。もちろんそれらも調べましたが、第三者が触れた証拠は見つかりませんでした。
少女の部屋の寝室、ベッドから、かなりの量の体液の痕跡が見つかっています。本人のものである事が確認されました。そのベッドから、這い出るように衣服が点々と脱ぎ捨てられていて、現場まで続いています。直接の死因は脳内出血死です。
身体には膝に軽度の裂傷。脹脛に軽度の打ち身。そして大腿骨が骨盤から外れていて、それが内出血により内臓を圧迫して鬱血していました。
膝や脹脛は、部屋を動いた際に打ちつけたものだとわかりました。
「部屋で暴れた?」
「暴れた痕跡はありません」
「犯人に対して、抵抗した、というわけでもない、と」
あるいは、抵抗できなかった、のか。
「五人が五人とも、全く犯人に繋がる情報が無いな」
「そもそも…」
酷く苦い薬を噛み砕いたような顔。小太りの捜査員の一人が顎髭を弄りながら唸った。
「…そもそも、死亡した時、現場に犯人がいなかった可能性が高くないですか?」
「…時限的なものか」
「目的や動機がさっぱりですが…」
この少女の異様な死様は、話だけ聞けば強姦殺人犯罪に聞こえなくも無い。だが、現場を見た人間には到底そうは思えない。ボロ雑巾のように捻れ事切れている少女は、性欲の捌け口になった痕跡には見えなかった。
しかし、何故一様に、少女たちは全裸でその躯を曝け出すのか。
せめて使用された魔法が何の魔法なのかわかれば、少なくとも犯人の目的はわかるかもしれない。
魔検待ち、しかも禁呪の使用の可能性。
高度な魔導士は、この世界ではやりたい放題だ。彼らを縛り付ける方法は無い。あるとすれば、それ以上の魔導士に頼る他はない。辺境の長の街の警察など何の役にも立たないのだ。火の精霊を紙で作った檻に入れても無意味なのだ。
カーデルはこの街で「現場」での中心的人物だ。権力に固執する者は全て王都に行き、そして必ず挫折して帰ってくる。こんな街の警察権力など、中央では何の意味も持たない。
カーデルは多くの現場を見ている。この事件よりも悲惨な光景も見ている。だが、この異様さは今までの事件の中でも一二を争う。魔法を使う犯罪は珍しく無いが、大抵は魔導学校で習ったものに毛が生えた程度のものだ。魔法使用は必ず痕跡から残留魔力が出る。魔法の使用は本人の名刺を置いていくようなものだ。
しかしこの事件は違う。残留魔力がない。名刺が無いのだ。見た目の異様さから想像がつかないが、魔法では無い可能性もある。
カーデルはふと、先日聞いた話を思い出した。鼠臭鬼騒ぎが起きたユビの村を救った二人の冒険者と、ふらっとやって来た翡翠眼。翡翠眼は魔法に長けているらしい。
魔族の魔法や文化について、残る文献は殆どない。大戦が終結しヒトの尺度で言うと既に四十年経過したが、長寿族にとってはたった四十年。ヒトを食糧と考えていた魔族らも、大戦後のヒトの枯渇と、不死化の暴走による、所謂「食べ物が激減した」事に対して、魔族同士での小競り合いが増えた。小競り合い、とはいえ魔族同士。ただでさえ枯渇したヒトの多くが巻き込まれ、魔族たちは飢えた。
高魔力食として、ヒトの魔導士達のために開発されてきた人工肉に目をつけたのが、魔族の中でも名門と名高いグラミオだった。魔族は魔力の大きさで主従が決する種族。開発に成功した人工魔力食は、ただでさえ空腹だった他魔族を圧倒した。
魔力食の製造は、魔族達には難しかった。というのも、魔力とは穏やかな精神波の蓄積で生成される。わかりやすく言えば「愛情を込めて育てた生き物」にのみ宿るのだ。精神構造が根本から異なる魔族ではそれらを理解するのは困難を極めた。グラミオは、ヒトの国家に接触し、ヒトを食する魔族の脅威の盾となり、魔法の研究に協力する代わりに、ヒトに魔力食の製造を委託したのだ。
ヒトの国家は、大量生産大量消費に向かっていた。コストが重視される工業的飼育が一般的だった。が、魔族の食糧を製造する目的の為、それに適した農地を重視するようになった。今では開発が進み、精神波を効率よく作物や家畜に浸透させる為に、音楽や歌が利用されている。
魔族は、今やっとヒトの文化に馴染みつつある。同じ店で食事をし語らう事も、王都では珍しくはない。魔族は種族的な国家や組織を持たない為、他所からきた魔族が暴走する事はあるが、それはヒトも同じである。
魔族、と聞いて震え上がるのは、田舎の証拠。
魔族の魔法や文化については、片田舎の警察程度では全く知らないと言って良い。それに、魔法検察官もがわからないと言う事件に関して、いくら想像を張り巡らせてもどうにもならない。誰かの助けが必要であった。
寿命の尺度、で言うなら、翡翠眼の方がヒトよりも遥かに魔族に詳しいだろう。なんの手掛かりもないこの事件。何でもいい、とっかかりが欲しい。
魔法検が王都から探し出す禁呪の情報よりも、翡翠眼の知識が勝る可能性の方が高いのだ。
朝から(と言っても昼に程近いが)、分厚い猪肉の炭火焼きの塊をムシャムシャと頬張っている、金髪の翡翠眼。香草が効いていて、さらに、普段食べない大蒜をガツンと効かせたソースを添えている。それと、羊肉の腸詰の燻製の香りとが混ざり合って、店も前を行き交う村人達も思わず店を覗き込んで行く。
宿の主人が、後に「寒気がする程の営業笑顔」と称した金髪翡翠眼が、「炭火焼きの肉をスタミナがつくソースで」、という特注で、どうしても、という要望により慌てて宿主人は炭火をおこし、近所の家から肉を調達して、いま派手な匂いと共に焼いている。
「どうしたのよコレ?」
「煙…」
「あ、おはよ二人とも」
今まで見た事がない、黒髪巨乳も聖騎士もゾッとする程キラッキラの笑顔の翡翠眼。その身長も相俟ってまるで魔法を覚えたての子供のような、弾けるような鉄壁の笑顔だった。その笑顔で、信じられないほど大きな肉に齧り付いて、胃が唸りをあげるほどの刺激臭をさせている。
「…徹夜でもしたの?」
「お腹すいちゃってさー」
「…」
高魔力食、である事は確かだが、それよりもまず高脂肪食である。草食系翡翠眼が卒倒しそうな肉。ただお腹が空いた、程度では決して説明がつかない朝食だ。
「あ…」
何かに気付いた様子の黒髪巨乳に、一瞬だけ真顔を見せた翡翠眼。その小さく尖った耳にそっと囁く。
「翠の春が来たの?」
一瞬の後、翡翠眼は吹き出して笑った。
「よく知ってるねメアリー」
「え、うん、王都にいた時知人から聞いたことがあって」
翠の春。
翡翠眼はヒトと異なり、はっきりとした「発情期」がある。
翡翠眼は、同種同士で出会う機会は殆どないため、生態としての研究も遅々として進まないが、ヒト大きく違う点が、まず繁殖にある。
長寿の翡翠眼はその出生率はヒトとは比較にならない。六十年に一度程度発情期が来る、と言われているが、それは正確ではない。
性欲、という点で言うなら、翡翠眼にもヒト並みにある。それはルーチェ本人が今朝味わった。だが「翠の春」は少し意味が違う。妊娠が可能になる。つまり、排卵が起こるのが六十年程度の周期なのである。
翡翠眼に言わせれば、毎月の頻度で排卵が起こるヒトは驚異的で、ポコポコ子供を産むように見えるのだ。
翠の春、が来たからと言って、性格までもが変わって淫魔のようになる、というのはただの噂である。その時期が来ても通常業務をこなす。
「違うよ」
「そう? ごめんね変なこと言って」
いや、むしろ驚くほど察しがいいよ。
「お肉をね、食べようとしたところで目が覚めただけだよ」
「あー…、そういうこと」
「食べる?」
「…どうしよ、確かにおいしそ」
「え? 食うのか? さっき食べたばかりだろう?」
菜食主義者ではないが、修行時代は精進料理を食していた聖騎士には、見ている光景を理解するのに時間が必要だった。昼近くとはいえ、テカテカと脂ぎった塊肉を美女二人が齧り付いている光景は、呆れを通り越して壮観だ。
「ヒトには、会えないね」
「? あ、臭うってこと?」
「凄いと思うよこれ」
ま、それが目的だからね
「今日は一歩もここから出ないから」
「私もそうしようかな」
「ちょっとお聞きしたいのだが」
食堂の入り口で、いつのまにか二人の男が立っていた。宿主人が気付いて厨房から出てきた。
「なんでしょう?」
「ここに、翡翠眼が寄宿していると聞いてきたんだが…」
宿主人が、間抜けな顔で翡翠眼を見た。そして男二人も。その声が聞こえて動きが止まる翡翠眼と黒髪巨乳。
「食事中でしたか、コレは失礼」
「え? 誰?」
薄い焦げ茶色のコートを着て、猟帽子を被っている。中年だが明日眼光が鋭い印象だ。そしてもう一人は若く、青っぽい小綺麗なスーツ姿。この二人どう見ても田舎では浮く格好をしていた。
「少しお話をうかがってもよろしいですか?」
「一緒に食べる?」
「…そうですな、ではご一緒させてください」
奇妙な光景。
テーブルに乗った大きな塊肉と、パン。食事用ワインと、ニンニクソースの瓶。金髪の小柄な翡翠眼と、漆黒の髪の巨乳と、短髪で青い瞳の青年。そしてコートを脱いで、品の良いベストを着た中年と若い男。この5人が一つのテーブルを囲んでいた。
「しかし、凄いですなこの肉」
「うん、コレかけると美味しいよ」
「なるほど?」
「ワインも美味しいよ」
「この村のは有名ですからな」
「どこから来たの?」
「ガレンです」
「大都市だね」
「大、は大袈裟ですな」
「で、なんの話?」
「…せっかちですな」
「回りくどいのに飽きてるだけだよ」
「こちらの方々は、お友達ですかな?」
「友達…、うん、ヒトの感覚で言うとそうかな」
「ねぇ、もっと気分がいい言い方できないもんなの?」
「後六〇年もしないうちに死んじゃう友達って、辛いよ」
「なるほど?」
「聞かれちゃまずい話ってこと?」
「一応、仕事柄そこんとこ気にしなきゃならないんです」
「仕事で来てるんだね」
「ええ、警察です」
肉を食べていた手が一瞬だけ止まった翡翠眼。
「何も悪いことしてない…、はず。覚えてないけど」
「いや、貴女に相談に乗っていただきたいだけですよ」
「なら、ヨシ」
「実は、奇妙な事件を抱えておりまして」
「話せば長くなる?」
「はい」
「そこんとこ、短めに」
「せっかちですな」
「なんかすみません」
「十人もの少女が、変死しておりまして」
「ん?」
「犯人の目的も、痕跡も、手段も、見当がつきません」
「なるほど?」
「その現場の状況からして、魔法らしいのですが、その痕跡がない」
「魔法の痕跡を消す、のは、相当の魔法使いじゃないとできないよ」
「ええ、そうです」
「それで、私に相談?」
「そうです」
「なるほど」
「で、どんな死に方してるの?」
「話せば、食欲は、失せますな…」
「急ぐ?」
「次の犠牲者が出そうですので」
「コレ食べてからでいい?」
「協力いただけるんですか?」
口のサイズより大きく切った肉を無理やり口に押し込んで暫く咀嚼していた翡翠眼は、唇をテカテカさせてにやっと笑う。
「私は退屈が嫌いだからね」