第2話:選択肢
「あちゃあ……。美味しいところを持っていかれたッスね……。ヤマドーさん、俺っちにも良いところを残しておいてほしかったッスよ!」
生きる水死体をひとりで4体も相手をしていたくせにトッシェ=ルシエがヤマドー=サルトルに対して文句を言う。彼はアズキ=ユメルの懸命な回復魔法のおかげで、たいした怪我も無く、時間はかかったが生きる水死体4体全てを倒し切る結果を得たのである。
「まあまあ、落ち着いてください? まだ、この部屋にいるボスが残っているでしょ? 僕は少々、疲れてしまったのでトッシェくんとアズキさんの2人で相対してもらってもいいんですよ?」
「おっ!? マジっすか? アズキっち、聞いたッスか? 親玉を俺たちだけで倒してしまってもいいって許可が出たッスよ!」
「ちょっと待つニャ……。あちきがどんだけトッシェに連続で回復魔法をかけつづけたと思っているんだニャー。あちきの気合は底をつきそうになっているんだニャ……」
生きる水死体4体をアズキ=ユメルと2人で倒しきったことで興奮気味のトッシェ=ルシエに対して、もうお腹いっぱいだと傷食気味のアズキ=ユメルであった。出来ることなら、ここで一度、皆で戦闘離脱して、玄室から出て回復に努めたい気持ちになっていた。
だが、それを許してくれるわけも無いのがこの玄室、いや、シノン銅山に居座る支配者だったのである。
「よくぞ、我の配下を全て倒してくれた也。褒美をとらソウ。新たな我の配下になるか、それとも無情なる死か? 好きな方を選ばせてやるのでアル……」
未だに玉座に座り、足を組んだままのヴァンパイア・エンペラーが1対4という圧倒的に不利な状況にも関わらず、上から目線で、そう発言する。ヤマドー=サルトルはこのダンジョンに足を踏みいれてから何度目かになるかわからない苦笑いをしてしまうのであった。
「ヤマドーさん。今の台詞って、わざとヴァンパイア・エンペラーを最後に残した時に、奴が吐く決め台詞ッスよね? いやあ、こういう変なところでノブレスオブリージュ・オンラインと同じって、どういうことッスかね?」
ヤマドー=サルトルの左隣に立つトッシェ=ルシエが彼の左耳にボソボソと兜越しに耳打ちするのであった。ヤマドー=サルトルは苦笑いを顔に浮かべたまま、トッシェ=ルシエにどう返答すべきなのかと悩んでしまうのであった。
(この世界はノブレスオブリージュ・オンラインに酷似しすぎています。『D.L.P.N』システムは、この世界を創り出すために設計されたのでしょうか? となれば、僕は『D.L.P.N』システム自体を否定しなければならない時がやってくるかもしれません……)
こんな人々が願ってやまない世界を創り出すシステムがあるのならば、それは現実世界を巻き込んだ戦争が最悪起きることすら想定できる。このヒトの夢を叶える可能性を持つシステムをこのままにしておいて良いわけがない。今のヒトにこのシステムは危険すぎるのでは? という疑念を抱くヤマドー=サルトルであった。
「さあ、答えを言うが良イ……。なるべく色よい返事を期待しているのでアル……」
ヴァンパイア・エンペラーがまるで交渉にならない話の答えを促してくる。ヤマドー=サルトルたちの返答は決まっているも同然であった。
「答えは決まっておるのじゃ。どちらも選択肢になりえぬのじゃっ!」
「ルナと同意見なんだニャー。あちきたちは新たな選択肢『あんたを倒して、生き延びる』を堂々と宣言させていただくニャン!」
「へへっ……。安心したッス。もしかして、誰かひとりくらい冗談ともつかぬことを言い出すのが出てくるかと思っていたッスけど、シリアスなシーンはシリアスで対峙するべきッス!」
トッシェ=ルシエは女性陣の応えをもってして、両の手を握り合わせ、骨をぽきぽきと鳴らす。そして、右手にオリハルコン製のラージ・クラブ。左手に長方形の金属楯を持ち、戦闘態勢へと移る。
ルナ=マフィーエは気合を入れたトッシェ=ルシエをさも嬉しそうに見つめた後、両手でしっかりと魔法の杖を支える。アズキ=ユメルはトッシェ=ルシエの後方に下がり、左手の上で鉄の聖書を広げるのであった。
「まったく……。ヒトの話はしっかりと吟味すべきですよ? お三方。まあ、僕もルナさん、アズキさんと同意見ですがねっ!!」
「くくっ! 言ってくれるわっ! では、わらわと賭けをしないかえ? あいつのトドメを取った人物は徒党内の誰かに好きな願いを叶えてもらうっていうのは?」
「ちょっと待つニャー! 回復職のあちきは圧倒的に不利なんだニャー! 回復職の唯一の攻撃手段とも言える『神罰の書』をジャンヌ=ダルクたちに取り上げられたまんまなのニャー!」
「へえ……。神罰の書まで、この世界には存在するんッスね……。俺っち、ちょっと、現実に引き戻らされそうな気分になっちまっているッス……」
トッシェ=ルシエは今の今まで、このシノン銅山に住まうラスボスとの戦いに意気昂揚としていたのだが、ノブレスオブリージュ・オンラインに出てくる攻撃用アイテムの存在を知り、少しばかり気分が落ちてしまう。それもそうだろう。この現実味溢れる異世界とも呼べるような世界にやってきたというのに、自分がよくよく知っているアイテムの存在を知ることになれば、ワクワク感が否応なく阻害されてしまうのは致し方ないだろう。
「フンッ! せっかく、我が丁重にしゃべってやっているというのに不遜すぎる輩タチダッ! その高慢な鼻柱をへし折ってやるワッ!」
ヴァンパイア・エンペラーは激昂する。それもそうだろう。まるで、その辺の雑魚同然の扱いを眼の前の4人にされているからだ。せっかく、自分がここまでやってきたヒト型種族たちを出迎えるための最上のおもてなしを準備していたというのに、それを足蹴にされのだから。
ヴァンパイア・エンペラーはヴァンパイア族の中で一番高貴な存在であった。過去、彼に相対してきたニンゲンたちは、自分の尊顔を見ただけで、その両の眼からは感涙を流し、さらには失禁し、許しを乞うてきたのだ。だが、今、眼の前にいる4人はまるで違っていた。自分を誰が倒すかで賭けを始めたのである。




