第1話:天の国へ
ヴァンパイア・ナイトの胸部には黒鉄製の戦斧の刃が深々と突き刺さってきた。奴が着こんでいた銀色の鎧は刃が食い込んだ部分を中心にビキビキッ! と胡桃が割れるかのような音と共に亀裂が上半身全体へと広がっていく。
「ウガアアア!」
その叫び声はヴァンパイア・ナイトがあげた断末魔であった。ヤマドー=サルトルが両刃の戦斧の片側を奴の胸部にぶちこんだ直後に、片膝をついたままのルナ=マフィーエが火の魔法:炎の神舞を発動させる。するとだ、ヤマドー=サルトルが持っていた戦斧の刃から紅い焔が噴き出し、次いでヴァンパイア・ナイトの身を焼いたのである。
「こしゃくナ! ナイトをやらせるわけにはいかヌ! 大気に満ちる眼に映らぬ水たちヨ……、ウギイイイ!?」
ヴァンパイア・ナイトが焔に包まれていく中、近くに立っていたヴァンパイア・プリーストが彼の傷を癒すために、回復魔法を詠唱しはじめる。しかし、それはヤマドー=サルトルが魔法の荷物入れから取り出した二本の短剣によって中断させられることとなる。
ヤマドー=サルトルは両手を戦斧の柄から離し、その両手に持った二本の短剣を続けざまに下手からヴァンパイアプリーストに次々と投げたのだ。その一本はヴァンパイア・プリーストの左手に。それにより、奴は銀色の聖書を玄室の床に落とす。そして、二本目の短剣はヴァンパイア・プリーストの右肩に突き刺さる。
詠唱魔法を途中で中断させれらために、銀色の聖書の上へ集まろうとしていた水の精霊たちは宙に霧散していく。ヤマドー=サルトルに行動阻害され、回復魔法を発動することが出来なくなってしまったヴァンパイア・プリーストなのであった。それだけではない。奴は突然、片膝をつき、その場でうずくまってしまうのであった。
ヤマドー=サルトルは焼け崩れていくヴァンパイア・ナイトから黒鉄製の戦斧を強引に引き抜く。支えを失ったヴァンパイア・ナイトはいよいよ本格的に身体が崩壊し、灰へと帰っていく。
ヤマドー=サルトルはそれを見届けもせずに、戦斧を構え直し、バンパイア・プリーストへと接近していく。しかしながら、接近してくるヤマドー=サルトルに対して、未だにヴァンパイア・プリーストはぜえぜえと肩で呼吸をしていた。短剣2本を喰らっただけだというのに、それは大仰すぎる所作であった。
そんな風に苦しむヴァンパイア・プリーストへヤマドー=サルトルは戦斧を振るう。奴の肩口から斜めに切り刻む二連撃を叩き込んだのだ。それは『十文字・スラッシュ』とも呼ばれる剣技でもあった。
バンパイア・プリーストはボロボロの法衣ごと、戦斧によって身体を斬り刻まれる結果となる。アババ……と悲鳴というにも表現しづらい声をそのしわがれた唇を動かして、そこから音を出すのみであった。奴は斬られた傷口から黒い液体を噴き出し、ボロボロの法衣はさらに黒く汚れていく。
「せめて、燃やしてやるのが供養というものじゃ……。炎よ。浄化の焔と成り代わり、かの者をあの世へといざなうのじゃ……」
ルナ=マフィーエは立ち上がり、魔法詠唱を行うと、彼女が両手で支える魔法の杖の先端部の宝石が紅く明滅しはじめる。数秒後にはその宝石から直径30センチメートルほどの火球が現出し、フワフワと宙を漂っていく。そして、その火球はすでに動かなくなってしまったヴァンパイア・プリーストの身体に当たり、次の瞬間には高さ2メートルほどある炎柱へと生まれ変わる。
ルナ=マフィーエは自分の行為が救いになるとは思わなかった。一度、魂が汚れてしまった者は死後、永劫に地獄にて苦しみを味わい続けなければならない。だが、ヴァンパイアとなってしまった以上、その呪われた身体をそのまま現世に残しておくわけにはいかない。その身体に新たな汚れた魂が入り込み、再びヴァンパイアとして蘇らせてはいけないからだ。
炎柱の中で身を焼かれていくヴァンパイア・プリーストをまるで見送るかのように、ルナ=マフィーエが『ふぅ……』とため息にも似た呼吸を行い、次いでパンッ! と両手を合わせる。残心が決まり、彼女の身体の周囲へと光の粒が発散していく。その光の粒が炎柱に巻き込まれ、まるで光の粒がヴァンパイア・プリーストの身体を崩れさせているかのようにも錯覚できたのであった。
「迷わず天国に行ければ良いのですが……」
「何を言っておるのじゃ、ヤマミチ。奴らのような不浄な存在は天の国には決して行けぬ。これから、地獄へとその魂は導かれるのじゃ」
ルナ=マフィーエのはっきりとした言いに、ヤマドー=サルトルは苦笑せざるをえないのであった。彼は仏教と神道が合わさった考えで死後の世界を語り、それを創造主の教えを新解釈した宗教観でルナ=マフィーエは否定したのである。
(こればかりは、僕とルナさんとではわかりあえないでしょうね……。少し悲しい気がしますが、致し方ないことでしょう)
ヤマドー=サルトルは人種の違いうんぬんに対して、もちろんのことだが気を遣う。しかし、それ以上に、その人物が持つ宗教観を最も重要視していた。宗教はその国とそこに住まう国民の文化そのものであり、1300~1400年代のヨーロッパを舞台としたこの世界なら、創造主の教えは絶対であるはずだ。
それを無碍に否定することは、その人物の存在そのものを否定することに繋がる。ヤマドー=サルトルは続けて何かを言おうとしたが、ついにはその口からは何も発しなかったのであった。
ヤマドー=サルトルはただ何も言わずに右手を戦斧の柄から離し、その右手を顔の前で縦にして、ナムアミダブツナムアミダブツ……と念じるのであった。その彼が行う所作にルナ=マフィーエは、頭の上に『?』マークを浮かべるのは当然であった。そんな不可思議な表情を浮かべるルナ=マフィーエに対して、ヤマドー=サルトルはまたしても苦笑いをするのであった……。




