第10話:気合システム
生きる死者の群れとかれこれ5戦もこなすうちにヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエは『残心』を完璧にこなせるようになってきた。その効果はすさまじいモノであり、戦闘中の行動後の硬直がかなり短くなったのである。残心を使いこなせない間はその硬直は時間にして4~5秒もかかっていた。今は硬直があけるのが0.5秒ほどとなっており、行動後に、続けざまの攻撃までは移行できないモノの、防御や回避は出来る状態になっている。
感覚的な話であるが、2回連続で攻撃をし、そこで残心を挟むことにより、硬直が0.5秒に短縮されると表現する方がわかりやすいかと思う。さらに戦闘をこなすことでヤマドー=サルトルたちは面白いことに気づく。
「へえ……。攻撃に関するような行動をすると、自分自身の『気合』が減るシステムになっているわけで、その減った気合をある程度、瞬時に回復させるのが『残心』というわけですね? まんまゲーム:覇王じゃないですか!」
「そうッスねえ。でも、回避行動で気合を消費するわけじゃないところが、ノブレスオブリージュ・オンライン的とも言えるッス。覇王は下手な回避を連続で行うと、そこで気合切れで『落命』ッスから……」
ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエが1戦終わるごとに、感覚的にどうだ? と話し合っていた。後衛職のルナ=マフィーエとアズキ=ユメルは、2人が言っていることがあまり理解できないでいたが、あれらがしゃべっているのは前衛職ならではの連携の話なのだろうと無理やりに納得することにしていた。
「だんだん、僕はこの戦い方に馴染んできたんですけど、これは噛めば噛むほど味が出る世界のシステムですね? これをもうちょっとノブレスオブリージュ・オンラインにもってこれないでしょうか?」
「やめておいたほうが良いんじゃないッスか? 10年以上も同じ戦闘システムでやっているゲームなんッス。シーズンを重ねるごとに新技能を追加して、そのバランスを取るだけでも、開発陣はひいひい言っている現状なんッスよ?」
トッシェ=ルシエが手厳しい一言をヤマドー=サルトルに告げる。ヤマドー=サルトルはウギギギと奥歯を噛みしめる。せっかくノブレスオブリージュ・オンラインを改革するような良い案を思いついたというのに、いざ、それを実行に移そうとすれば、開発側だけでなく、プレイヤー側にも多大なる負担を強いることは眼に見えていたからだ。
ヤマドー=サルトルは、はあああ……と深いため息をつき
「気合関連は完成されていると言っても過言ではありませんからねえ……。いやはやまったく、初代GMのマメシバさんはよくもまあ、良い塩梅にシステムを作ってくれたものですよ……」
ノブレスオブリージュ・オンラインの代々のGMたちが一番、大きな変更を行えなかったのは、気合システムであった。ノブレスオブリージュ・オンラインの一番の特徴と言っても良いのは、他のゲームでは魔法を使うためのMPや、攻撃スキルを使うためのSP等を一括で『気合』という数値にしてしまったことである。しかもだ、他のゲームではMPやSPを回復させるためには、それ専用の消費アイテムが必須といっても過言ではない。
だが、ノブレスオブリージュ・オンラインは戦闘中にそれらの代わりとなる『気合』が自動回復するのだ。しかも、その回復量はキャラのステータスが大きく依存するようになっている。なんで、こんな見事なまでのシステムを組み込めたのかが、ノブレスオブリージュ・オンラインの最大の謎なのだ。
『気合を管理しきる者、ノブレスオブリージュ・オンラインを制覇する』とも、ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちに言われている。そのために、今更、この部分をいじるのは危険すぎるのであった。
もちろん、気合の時間毎の回復量を向上するスキルや、気合を消費する量を調整するスキルも存在することはする。そして、それらのスキルは戦闘補助に特化した職業が牛耳っているという形となっている。
だからこそ、アタッカー1枚を減らしてでも、気合管理が楽になる戦闘補助職業を徒党に入れるプレイヤーは数多くいるのである。
今、ヤマドー=サルトルたちの徒党には、その戦闘補助を行う職業は存在しない。だから、尚更、『残心』を使いこなせいと、話にならない状況になっていた。
ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエは戦闘を終えた後は、なるべく、呼吸を整えるように注意を払っている。呼吸を整えれば整えるほど、戦闘中以外における時間毎の気合回復量が上がっていることを体感的に感じていたからだ。
この先、気合切れで戦えませんといった状況に陥れば、いくら雑魚だらけのシノン銅山でも、大怪我を負ってしまうことは自明の理であった。ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエが戦闘中に気づいたことのひとつに『痛み』が存在する世界であることだ。
2人がこの世界にアクセスした時は、ノブレスオブリージュ・オンラインに繋いだ状態からなのだ。匂いも味も痛みも感じないヴァーチャルリアリティの世界から、いきなり五感の全てをつぶさに感じとれる世界に放り込まれることになる。普通なら混乱の極致に至りそうなものであるが、ここは2人の職業が防御力が高い前衛職であることが幸いしたとしか言いようが無い。
「アズキっち。今の戦闘で、腕や肩にアザができちまったから治療してほしいッス」
「まったく、それくらいほっときゃ治るんだニャー。あちきの気合を無駄に消費させてほしく無いんだニャー」
トッシェ=ルシエは盾役なだけはあり、彼に攻撃が集中し、全身鎧越しに、敵の武器を打ち付けられて、身体のそこら中に打ち身によるアザが出来上がっていた。
ヤマドー=サルトルたちは連続戦闘が続いた後、ようやく、第1層にあるセーフゾーンと呼ばれる魔物が近寄らない不可思議な場所に到達していた。そこで小休止を挟むのじゃとルナ=マフィーエが言い出し、4人は休息に入る。
トッシェ=ルシエはさっそくとばかりに全身鎧をその身から外し、戦闘中に負った傷をその眼で確認していたのである。身体のあちこちに軽い打撲を負い、うずく痛みに薄気味悪さを感じたゆえに、彼はアズキ=ユメルにキレイに治療してもらおうと考えたのである。




