第8話:スキル発動
ノブレスオブリージュ・オンラインに限った話では無いが、ゲームには様々な恩恵を得られる『魔法』というものが存在する。敵を焼く火焔系魔法や、氷の獄に閉じ込める冷却系魔法。そして、傷ついた身体を癒す回復魔法だ。
アズキ=ユメルが唱えた魔法:風の断崖は、ノブレスオブリージュ・オンラインでは、敵が放ってくる攻撃魔法のダメージを半減させる効果を持つモノだ。しかし、実際、この世界では、それだけではなく、淀んだ空気を遮断し、状態異常への耐性アップも行えるといった、かなり便利な魔法となっていたのである。
ヤマドー=サルトルはこの効果にはなはだ感心し、もし、自分が元の世界に戻れたら、ノブレスオブリージュ・オンラインにある風の断崖にも同じ効果をつけてはどうだろうか? と思ってしまうのであった。
「ありがとうございます、アズキさん。さってと、ここから名誉挽回といきますかっ!」
「ウッス……。情けない姿をアズキっちに見せてしまって、恥ずかしい限りッス。俺っちの盾役っぷりを見せつけてやるッス!」
ヤマドー=サルトルとトッシェ=ルシエは腐臭から解放されたことにより、戦闘をようやく開始する。まずは盾役であるトッシェ=ルシエが徒党の先頭に立ち、こう叫ぶ。
「くっそたれの蛆虫どもがっ! 俺っちが怖くてしょうがないんだろぉ! 『虎の咆哮』ッス!!」
トッシェ=ルシエが勢いよく眼の前に展開する生きる死者の群れに向かって、罵声を浴びせる。すると、生きる死者たちの数体は彼の勢いに屈したのか、その場でビクッと身体を振るわせて、足を止める。しかしながら、虎の咆哮の効果はそれだけではなかった。トッシェ=ルシエの罵声を浴びた幾人かの生きる死者は激昂し、その手に持つボロボロに錆びた長剣を振り回し、彼に襲いかかろうとする。
「うおっと! 勢いそのままにスキル名を叫んでみたッスけど、これって、行動阻害できなかった相手へは挑発行為が発動するようになっているんッスね!?」
トッシェ=ルシエは自分に向かって、長剣を振り回してくる生きる死者たちの攻撃を、左手に構えた盾1メートル横30センチメートルの長方形の盾で受け止める。半ば、倒れ込むように長剣を力任せに振ってくるため、構えた盾には結構な衝撃を受けるはめとなる。
襲いかかってくる生きる死者たちに押し倒されないように、トッシェ=ルシエは両足に力を込める。そして、奴らの攻撃全てを受け止めきった後、生きる死者の1体に向かって、右足で蹴りを入れる。蹴りを入れられた生きる死者はよろめき、他の生きる死者たちに倒れ込んでいく。
トッシェ=ルシエは態勢を崩した生きる死者3体に、右手に持つオリハルコン製のラージ・ウッドで追撃を入れようとしたのだが、何故か身体が硬直することになる。トッシェ=ルシエの頭の中は『?』マークが浮かぶのは致し方なかったと言えよう。
急に動きが鈍くなったトッシェ=ルシエを視認したヤマドー=サルトルは、何をやっているんですか? と思いながら、彼の援護に回る。
ヤマドー=サルトルはこの時には既に気づいていた。この世界でノブレスオブリージュ・オンラインでいうところのスキルや魔法を発動させるには、その名称を叫べば良いということを。昨今の転生異世界モノのアニメや漫画作品のように、同じことをすれば良いのだろうということに、アズキ=ユメルやトッシェ=ルシエの行動を見て、気づかされたのであった。
「ごほん……。では、『ヘビー・ストライク』発動です!」
ヤマドー=サルトルが両手で抱え上げなければならないほどの大きさの黒鉄製のバトルアクスを大きく振り上げ、ノブレスオブリージュ・オンラインの攻撃スキル名を叫ぶ。すると、黒鉄製のバトルアクスはブオオオン! という風切り音を立てつつ、さらに細かく振動しだす。
振動しだした戦斧にびっくりするヤマドー=サルトルであったが、それを落とさぬようにしっかりと柄を握り直し、トッシェ=ルシエの前蹴りによって体勢を崩した生きる死者たちにその凶刃を振り下ろしていく。
ヤマドー=サルトルが生きる死者の頭頂部に戦斧を振り下ろすと、まるで鉄槌でも喰らったかのように、その生きる死者の頭はベシャリと下方向に砕け散る。肉片と骨片が舞い散っていく中、ヤマドー=サルトルは振り下ろした戦斧を今度は下から斜め上へとかち上げる。
その勢いを持ってして、2体目の生きる死者の横っ腹に振動する戦斧の凶刃を叩き込み、斜め下からその生きる死者を一刀両断するのであった。
「ふふっ! これは良い感触ですよっ! さあ、3体目と行きますかっ! って、あっれ!? 身体が動きませんよ!?」
ヤマドー=サルトルがもう一度、上段構えに戦斧を構え直すのであるが、いきなり、そこで身体が硬直してしまうのであった。これはいったいぜんたい、どういうことだ? と思うのであるが、ヤマドー=サルトルの意思に逆らうかのように、身体は言うことを聞かなくなってしまったのである。
身体が硬直してしまったトッシェ=ルシエとヤマドー=サルトルに向かって、難を逃れた生きる死者の1体がニヤリと笑う。そいつはボロボロの長剣を振り上げて、ヤマドー=サルトルの右肩へとそれを振り下ろす。ヤマドー=サルトルはその攻撃に対して、何も出来ず、間抜けにもその単純な振り下ろし攻撃を喰らってしまうのであった。
ヤマドー=サルトルが運が良かったことと言えば、動けぬ身であるのに、頭を狙われず、全身鎧に包まれた胴体部分を狙われたことであろう。しかし、その攻撃を喰らった後、ヤマドー=サルトルの身体は硬直から抜け出し、いつも通り、動けるようになる。
ヤマドー=サルトルは今起こった現象を不思議に思う他無かった。何故に続けて3撃目を叩きこめなかったのか、意味が不明だったのだ。しかし、その理由を探る前に後方に控えていたルナ=マフィーエが詠唱を終えて、攻撃魔法を発動する。
「『森林火災』発動なのじゃっ! さあ、生きる死者の群れよっ! 全員、廃になってしまえなのじゃっ!」




