第3話:魔法の荷物入れ
ギャーギャーワーワーと騒ぐ4人を遠目に見ていたジャン=ドローンがごほんとわざとらしく咳をつく。そして、4人の注目を自分に集めて言う。
「ええと……。自分が連れてきた相手は何か不都合有りだったかな? なんなら、もう一度クエストボードで依頼を貼り付けてくるが?」
「いえいえ!? めっそうもございませんっ! 不服とかそういう次元の話をしているわけではなくてですね?」
ヤマドー=サルトルがしどろもどろになりながら、ジャン=ドローン相手に弁明を開始しようとする。だが、ジャン=ドローンはヤマドー=サルトルに右手を突き出し、それを静止させる。
「こちらとしてもあまり時間がないのはわかるよな? じゃあ、徒党として問題無いのであれば、準備を整えて、シノン銅山に向かってほしいのだが?」
ジャン=ドローンの言い方は相手に四の五の言わせる気は無いといった威圧感を伴っていた。ヤマドー=サルトルは釈然としない面持ちであったが、はあああ……とひとつため息をつき
「さて、依頼者がこう言われているのです。僕たちは僕たちで出来ることをしましょう。よくよく考えれば、最初から僕たちに拒否権なんて存在しませんでしたよ、あーあー!」
ヤマドー=サルトルのやや芝居かがった言い様に苦笑せざるをえないジャン=ドローンであった。不服を申しているように見えるが、実のところ、こちらを激昂させようとしているのは見え見えの態度である。これは一杯喰らわせられてはたまらないなと思ったジャン=ドローンは会釈程度の軽い一礼をし
「気分を害してしまったようであれば謝ろう。しかしながら、これは正式な依頼であるゆえに、傭兵と雇用者の契約とも考えてほしいわけだ」
「わかってます。そして、僕たちの一番の報酬は貴方たちにかけられた嫌疑を晴らす絶好の機会であることも。本来なら自分の手で他の傭兵を見つけ出さなければならないのに、それすらも手配してもらっただけでも、ありがたい気分ですよ。というわけで、回復薬とか強壮薬、それに食料とかもついでにもらっていっていいですか?」
ジャン=ドローンはヤマドー=サルトルの言いに、ほぅ……と口から漏らしてしまう。この男、飄々とした受け答えに徹している割には、相手の見るべきところ、相手に頼むべきところをきっちりと判別していることに。『能ある鷹は爪を隠す』。ジャン=ドローンがヤマドー=サルトルに受け取った印象はそれであった。
「よろしい。食料は三日分。強壮薬や回復薬については、適当に見繕って、その辺に転がっている魔法の荷物入れに詰め込んでいきたまえ。まあ、過分に持っていったからといって、それはキミたちへの報酬として計算させてもらっておくよ」
(へえ……。クエストボードだけでなく、プレイヤー御用達の魔法の荷物入れもこの世界には存在するんですね……。これは何かと便利な世界ですよ。ドラエ〇んの四次元ポケットよろしくのアイテムが存在するのは心強いです)
ヤマドー=サルトルは、この世界の成り立ちが一体どういったものかと考察に頭の中をもっていかれそうになる。だが、その崇高な思索はアズキ=ユメルによって、遮られてしまう。
「なんで、食料が三日分だけなのニャン? お薬関係のほうがよっぽど値が張るというのに、食料をけちる理由がわからないんだニャン!」
「アズキ、おぬしはアホか何か? なのじゃ。そんなの、この依頼を三日以内に終わらせてこいとの思惑があるからじゃ。そこから逆算するに、オレルアン争奪戦はわらわが思っているよりも早く行なわれるわけじゃな?」
ヤマドー=サルトルはもちろん、食料三日分の意味をなんとなく察していた。それをルナ=マフィーエによって言葉にされたことにより、それは皆の共通意識へと変わる。
「あーっ、そういうことなのかニャン。これはあちきの不手際なんだニャン。わかりましたニャン。依頼をこなした後に、たっぷりと食料を報酬代わりにもらうってことにしておくニャン!」
アズキ=ユメルは元気いっぱいにジャン=ドローンに宣言をする。ジャン=ドローンは顎先を右手の人差し指でコリコリと掻きながら苦笑しつつ
「ははは……。その時はお手柔らかに頼むよ……。キミたちが依頼をこなしてくれれば、こちらも大勢の傭兵たちを雇うことになるから、そのひとたちの分まで合戦時の食糧配給を行わなければならないからね?」
ジャン=ドローンが念のためにアズキ=ユメルに対して釘をさしておく。ここから考えられることはジャンヌ=ダルク側は食料に回す資金もカツカツであることの証左となろうとヤマドー=サルトルは考える。
(よくよく考えたら、ノブレスオブリージュ・オンラインの合戦って、雇い主側ではなくて、合戦に参加するプレイヤー側が強壮薬、回復薬、そして食料を集めて、集荷場に預ける形ですよね……。なんでこの点は日本の戦国時代風になっているんでしょうか? 改めて考えると不思議ですね?)
ヤマドー=サルトルはいったいどうしてこういうシステムにしたんだろう? と不思議でたまらなかった。ノブレスオブリージュ・オンラインの根幹的なシステムは初代GMのマメシバさんとその関係者たちが考案したもののはずだ。
ヤマドー=サルトル自身は今から10年前は他のゲームの開発者とノブレスオブリージュ・オンラインの開発者という二束の草鞋を履くというような感じであった。しかしながら、2代目GMにナベシマさんが就任した折に開発者の一員として正式にノブレスオブリージュ・オンラインの開発チームへと転属したのである。それゆえ、ノブレスオブリージュ・オンラインの初期も初期の原案についてはあまりわかっていないという事態に陥らざるをえない結果となっている。
初期も初期に関わってないことはヤマドー=サルトルにとっては、大きな重しとなる。自分は所詮、外様の人間だという意識がどこかにある。それが、ヤマドー=サルトルの罪になるのかどうかは、今になってもわからずじまいであった。
「ほっ……。こっちの世界に引きずり込まれた時にもしかしたら、色々と魔法の荷物入れに入れておいた物が無くなっているんじゃないかと危惧していたッスけど、大半は残っているみたいッス。ヤマドーさん、俺っちの分は自分で確保できているみたいだから、安心してほしいッス」




