第2話:明かされる恋愛事情
――VR中毒:これは本格的VR・MMO・RPGが世の中に浸透していくにつれて、現実世界と仮想現実世界との区別がつかなくなってしまった者たちにつけられる病名であった。この状態に陥った人間は危ないお薬で脳がおかしくなってしまった状態に酷似しており、VR中毒を抜けさせるためにも、それ専用の特別な病院の個室で1カ月ほど隔離しなければならなくなる。
患者自身による自傷を防ぐためにも、その個室にはベッドとトイレ以外には何も無く、さらには周りをコンクリートの壁に囲まれ、頑丈な鉄扉で施錠されているという徹底的に世の中から隔離されている場所に患者を放り込む決まりとなっている。
しかし、トッシェ=ルシエとしては、今、自分が陥っている状況からはVR中毒とは無縁である気がしてならなかった。意識ははっきりとしているし、おかしな言動をとっているわけでもない。ただ、『この世界に居る』という感覚だけが、彼に襲いかかるのみである。
「俺っち、どうなっちまったんッスか? VR中毒じゃなかったら、いったい、どういう状況に陥ったんッスか!?」
「僕にそれがわかれば苦労はありません。けれど、ひとつ言えることは、僕と出会ってしまったために、トッシェくんも、こちらの世界に足を踏み入れたとしか言いようがありません……」
「原因はヤマドーさんにあるわけッスね!? じゃあ、ヤマドーさんをどうにかすれば、この状況からは脱することが出来るようになるわけッスね!?」
トッシェ=ルシエはヤマドー=サルトルの襟首を掴み、彼の身体を前後に大きく揺らす。しかし、ヤマドー=サルトルはそんな慌てふためる彼を、まるで可哀想なヒトを見るかのような目で見る。トッシェ=ルシエはそんな彼の憐れむような表情を見て、全身から力が抜けていくのであった。そして、へなへなと膝を崩して、その場にへたり込むことになる。
「おいおい、トッシェが崩れ落ちたのじゃが、大丈夫なのかえ?」
「きっと、お腹が空きすぎて、錯乱しているだけニャン。最近は喰うにも困る世情なのニャン。依頼を受けて、それをこなせば、腹いっぱい喰えると思っていたのに、アテが外れたんじゃないかニャン?」
事情をよくわかっていないルナ=マフィーエとアズキ=ユメルがそう言い出すが、その言葉はトッシェ=ルシエには届かない。彼はヒックヒック……としゃくり声をあげ、今にも大泣きしそうであったのだ。
「こんなのあんまりッスよ……。俺っち、このクエストをさくさくとクリアして、報酬をもらったら、サクラコさんとゲーム内でお買い物をする予定だったのに……」
「えっ!? 今、聞き捨てならないことを言いましたよね!? そのサクラコの中身って、もしかして緒方・桜子さんです!?」
「ウッス……。その通りッス。なんとか彼女とお近づきになって、運営用キャラとは別に、ユバ・サクラコってキャラを作ってもらったんッスよ……。んで、この土日にゲーム内でデートと洒落込むつもりだったんッス……」
ヤマドー=サルトルは唖然としていた。社会人の常識のひとつとして、『社内恋愛はご法度』というのがある。別に恋愛するのは構わないのだ。しかし、破局してもらっては困るのだ。ちゃんと責任を取るのなら、何の問題も無い。だからといって、社内恋愛をしている男女の全てが結婚とういう名のゴールに到達するわけがない。だからこそ、職場の上司は社内恋愛に敏感でなければならないのだ。
それなのに、いつの間に、川崎・利家と緒方・桜子がそんな仲に発展していたのか、まったく気づいていないという、山道・聡は上司失格な状況になっていたわけである。
ヤマドー=サルトルはなるべく動揺を隠しつつ、ごほんとわざとらしく咳をつき
「ええっと……。もし、現実世界に戻れたら、緒方・桜子さんと川崎・利家くん2人には、厳重注意をさせてもらいますけど!?」
「ウッス……。それは覚悟の上ッス……。サクラコちゃんは俺が責任を持って、カロッシェ・臼井からの毒牙から守ってみせるッス」
「ちょっと待ってください!? なんで、そこでカロッシェくんの名前が出てくるんですぅ!?」
一難去って、また一難とはまさにこのことであった。トッシェ=ルシエの口からカロッシェ・臼井の名前が出たことに驚愕するヤマドー=サルトルであった。そんな彼の表情を見て、トッシェ=ルシエは何言ってんだこいつ? と怪訝な表情になる。
「えっ……? 俺っちとサクラコさんのことより、サクラコさんとカロッシェ・臼井の噂のほうがよっぽど開発・運営チームで広まっているんッスけど……」
ヤマドー=サルトルは左手の指でこめかみを押さえつつ、さらに右手を突き出して、トッシェ=ルシエにそれ以上は言うなとばかりに、静止をかける。いっそのこと、このまま、この世界に居座り続けて、現実世界から解き離れたいと思ってしまうのは考えすぎなのだろうか?
カロッシェ・臼井と言えば、好青年とは真逆な男である。そんな彼が緒方・桜子に言い寄っていたところへ、白馬に跨る騎士が如くにさっそうと現れた川崎・利家なのだろう。そんな騎士然とした川崎・利家に心を奪われかけているのが緒方・桜子なのであろうと、そう推測する山道・聡である。
「大体、どういう状況になっているのかはわかりました……。はあ……。僕はなんと愚かな上司なのでしょうか……」
「ん? ヤマミチ。傍から聞いていると、楽しそうなことになっているようじゃな? ここは齢300のお姉さんがそこのトッシェ=ルシエの相談に乗るのじゃぞ?」
「ちょっと待ってくださーーーい!? 半狐半人で、さらには齢300のお姉さんとか、誰得の設定をお持ちなんですかーーー!?」
「半狐半人は長命種だから、300歳はニンゲン族でいうところの21歳くらいだニャン。ぎりぎりおばさんと呼べない微妙な年頃ニャンね」
ルナ=マフィーエの年齢について解説してくれるアズキ=ユメルであるが、ヤマドー=サルトルとしては、問題はそこでは無いとツッコミを入れたい気分であった。真の問題は、『300歳、なのじゃ、ロリババア』の3拍子がそろってこそなのに、ルナ=マフィーエは、ロリどころか、豊満なおっぱいをお持ちで、さらにはお姉さんキャラであることなのだ。




