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第1話:トッシェ=ルシエ

 兵舎の中はなんとも微妙な空気に包まれていた。ジャン=ドローンが連れてきた傭兵はヤマドー=サルトルの知り合いも知り合いである川崎・利家(かわさき・としいえ)の持ちキャラであるトッシェ=ルシエであったからだ。トッシェ=ルシエとしても直属の上司である山道・聡(やまみち・さとる)の持ちキャラであるヤマドー=サルトルそのひとと出くわしたことで顔を引きつらせることとなる。


「あ、あの……。言い訳をさせてもらうと、俺っち、ちゃんと仕事を終えて、家からノブレスオブリージュ・オンラインに接続しているッスからね? 決して、『D.L.P.N』システムから脱出できない山道さんを見捨てたわけじゃないッスからね!?」


「へえ……。現実世界の僕の身体はやはり『D.L.P.N』システムに乗り込んだままだったんですね……。じゃあ、今の僕はどんな存在なんでしょうか……?」


「わ、わかんないッス……。てか、山道さんは今、どうなっているんッスか? 俺っちのほうが聞きたいくらいッス」


 トッシェ=ルシエにそう問われるヤマドー=サルトルであるが、どう応えていいのか判断に困る状況であった。ひとつ言えることは、この世界はやはりノブレスオブリージュ・オンラインと類似した何かであり、そして、ゲームそのものとは違うということだ。ヤマドー=サルトルから見れば、トッシェ=ルシエの表情はころころと変わっている。


 ゲーム内では、キャラの表情を変えるには基本的には『所作コマンド』を使わなければいけない。もちろん、プレイヤーの感情表現をゲーム内に反映する仕組みもシステムとして取り入れていることは取り入れているが、ここまで表現豊かにコロコロとは変えれない。今の技術として、オープンジェット型・ヘルメットに内臓されたセンサーにより、キーボードからの入力無しで、キャラクターの『喜怒哀楽』はある程度は表現できる。


 しかしながら、今、トッシェ=ルシエが顔に浮かべている『微妙なひきつり笑い』などはさすがに所作コマンドを使う以外、表現できないのだ。そもそもトッシェ=ルシエがそんなことをわざわざキーボード入力してまでして、表現しているとは到底考えられないヤマドー=サルトルであった。


「トッシェくん。つかぬことをお聞きしますけど、キーボードで顔の表情を変えています?」


「えっ? 何を言っているッスか? 俺っちがそんな面倒なことをすると思っているんッスか?」


 ヤマドー=サルトルはトッシェ=ルシエから予想通りの返答をもらい、はあああと深いため息をつく。トッシェ=ルシエとしては、なぜにヤマドー=サルトルに『/所作:深いため息』をされたのかがわからない。


「合わせて聞きますけど、今、『/所作:怪訝な表情』のコマンドを打ちました?」


「えっ? 何を言っているんッスか? さっきも言ったッスけど、俺っちがそんなマメな性格じゃないことくらい、長年の付き合いでわかっているッスよね?」


「長年の付き合いだからこそ、聞いているのですよ……。トッシェ=ルシエくん。良い知らせと悪い知らせがあります。どちらから聞きたいですか?」


 トッシェ=ルシエはヤマドー=サルトルが何を言わんとしているか、察することが出来ないでいた。それもそうだろう。トッシェ=ルシエとしては、ヤマドー=サルトルはいつの間にやら、『D.L.P.N』システムの呪縛から解き放たれ、どこかしこから、ノブレスオブリージュ・オンラインに接続しているとこの時は考えていたのだ。なので、自分はゲームの世界にログインしているだけだと、そう考えていたからだ。


「ルナ=マフィーエさん。アズキ=ユメルさん。このひとは僕の知人です。是非、挨拶をしてください……」


「ふむ。ヤマミチの知人であったか。これは挨拶が遅れて申し訳ないのじゃ。わらわの名前はルナ=マフィーエ。種族は半狐半人(ハーフ・ダ・コーン)森の魔女(フォレスト・ウイッチ)の職業についているのじゃ。あと、将来的にヤマミチの第二夫人へと格上げされる予定なのじゃ」


「あちきはアズキ=ユメルだニャン。種族は半猫半人(ハーフ・ダ・ニャン)ニャー。職業は一人前・修道女(シスター)なのニャン。好きな物は骨付きお肉ニャン。もし、それを持っているなら、あちきに寄こすニャー。あちきの好感度が爆上がりになるのニャン」


 ルナ=マフィーエとアズキ=ユメルがトッシェ=ルシエに一礼し、それぞれ自己紹介をする。された側のトッシェ=ルシエも彼女らに一礼し


「これは丁寧な紹介をありがとうッス。俺っちは……って、あれ!? プレイヤー側のアバターに半狐半人(ハーフ・ダ・コーン)半猫半人(ハーフ・ダ・ニャン)って、いつ実装されたんッスか!?」


 トッシェ=ルシエの表情は驚愕へと変貌していた。それもそうだろう。半狐半人(ハーフ・ダ・コーン)などのアバターは従者NPC専用であり、プレイヤーのアバター実装はされていなかったはずだからだ。もちろん、実装するかどうかは今現在、開発チームで話し合われていることはいる最中である。それゆえ、自分はいったい、何者と会話しているのか、わからない状態なのである。


「はい。これがトッシェ=ルシエくんに伝えたかった良い知らせです。そして、同時に悪い知らせともなります。めでたく、あなたも『D.L.P.N』システムに巻き込まれたのですよ……」


「どういうことッスか!? 俺っちは自宅のさらに自分の汚部屋にあるPCから接続しているんッスよ!? 『D.L.P.N』システムがある会社からどんだけ離れていると思っているんッスか!?」


「論より証拠ですよ……。彼女たちは従者NPCではありません。立派にこの世界に生きている住人達です。たぶんですけど、トッシェくんは今、メニュー画面を開くことはおろか、コマンドも何も打ち込めなくなってますよ?」


 トッシェ=ルシエはヤマドー=サルトルにそう言われ、慌てて、指先を動かし、コントローラのボタンをカチカチと押す。しかし、これは感覚的な話であった。彼は気づいたのだ。自分は何も両手で握ってないと。さらには、ゲーム内の自分のキャラが必死にそこに無いコントローラを掴もうと、両手を変な形にして、空気を揉んでいることを。


「こ、これって、かなりやばい状態になっているんじゃないッスか……? VR中毒とはまた別の何かに……」

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