ギルド『クトゥルー』
「よお、よく来たな仁」
フロンティアの西の平原に来ると、黒服の銀髪が手を振って来た。兄さんだ。
兄さんは銀髪に緑の目に変わっていたが、他はリアルとほとんど一緒だ。
元々が美形だから、手が加えられなかったのかもしれない。
「呼んでくれてありがとう、兄さん。すごい人数だね。」
「ああ、ギルドメンバーのほとんどだからな。」
兄さんの周りには30人近いプレイヤーがいる。男女比は男4:女1だろうか。
皆格好はバラバラだが、装備のどこかに3つの炎と黒と赤の石が描かれたマークがついていた。
「兄さんの名前といい、このマークといい、もしかして?」
「ああ。これが俺たちのギルド『クトゥルー』だ。」
文武両道、眉目秀麗の完璧超人な兄さんだが、欠点がある。それは趣味だ。
兄さんはホラーとSFの小説を好んで読む人だった。その両方を兼ね備えたクトゥルフ神話を知った時、その神話にのめりこんでいったのだ。家にもたくさんグッズが置いてある。よく母さんに捨てられそうになってはいるが・・・
「兄さん、この人数で何をするのさ?」
「ああ、それはだな・・・BBQだ!」
兄さんが「始めるぞ!」と合図すると周りの人たちが「よっしゃ!」「うぇーい」「了解」などと、各自返事をして準備を始めた。
戦士の男が石を取り出し、並べ始め、鍛冶師が上に鉄の網を乗せた。
石のかまどの中に弓使いがまきを入れ、魔術師が火をつける。
木工師が木のテーブルと椅子を取り出し、料理人は肉や野菜を並べている。
バーテンダー格好をした人が、テーブルの周りにカンテラを置いている。
椅子は足りないのか、岩の上に座っている人もいる。
ものの5分程度で準備は終わった。ずいぶん手馴れている。
「仁はオレンジジュースでいいか?」
グラスに入ったジュースを手渡される。
俺と兄さんは同じテーブルに着いた。
「・・・よし!皆、飲み物は渡ったな!では、乾杯!!」
『かんぱーい!!』
グラスやジョッキの打ち合わさる音が響き渡る。
赤髪の青年が肉を焼き始める。速い!一瞬で肉が焼けた。
そして、その肉を自分で食べた。
「っずるい!」
「ずるくはないさ。料理人の特権だよ。人のを焼いてばっかりだと、自分が食べられなくなってしまうからな。すぐ焼けるから、後で取りに行こう。」
「ねぇねぇ、ナイアー。その子、誰?」
琥珀色の長い髪をした女性がやって来た。
黒いバーテンダーのような服をしている。
「お、いいところに来たな、メープル。こいつは俺の弟だ。」
「弟って・・・仁君!?やだ、久しぶり!」
急に抱き着かれた。柔らかい・・・じゃない!誰だ、この人?
目を白黒させていると、兄さんが教えてくれた。
「仁、覚えているか?小学校の頃近所に住んでいた楓だ。」
「かえで・・・楓・・・楓、お姉ちゃん?」
思い出した!兄さんと遊ぶ時に、いつもいた女の子だ。
確か、お姉ちゃんと呼ぶように強制された記憶がある。
俺が思い出すと、メープルさんはニコニコの笑顔になった。
「そう、楓お姉ちゃんよー。ここではメープルって呼んでね。それにしても大きくなったわねぇ。」
「これは、アバターですよ・・・」
天然だったか?この人。
「ふふ、驚くのはまだまだこれからだぞ。おーい!トム!こっち来いよ!」
兄さんが呼ぶと、やせ形で長い青髪を後ろに束ねた、魔術師の青年が来た。
名前はトムソンとなっている。
「トムソン?・・・トムソン・・トムソンじゃないか!!」
「ジンク?ってジンクか!久しぶり。元気にしてた?」
「ああ、元気元気!元気にしてたよ。いやぁ、トムソンに会えるとは!」
「私の時とは態度が全然違うんですけどぉ・・・」
メープルさんが口をとがらせている。
仕方がない。俺とトムソンは盟友なのだ。
俺のことを初めてジンクと呼んだのがトムソンだったし、トムソンも俺がトムさんと言うのを間違った結果生まれたあだ名だ。
トムソンには兄さん達と遊ぶ時、よく面倒を見てもらったのだ。
「肉もらってきたぞー。」
「ありがとう。兄さん。」
兄さん木の皿に山盛りにした肉を持ってきた。
全て肉だ。野菜がない。後でもらって来よう。
小皿にあるたれを付けて食べる。美味い!肉が柔らかいのに噛み切れる。
脂が乗りすぎている訳でもない。
「美味しい! けど、このたれって、普段、家でも使ってるのじゃない?」
「ああ、これは協賛している食品メーカーのだからな。今度海外サーバーができるらしいから、向こうにも味を広めたいらしいぞ。」
兄さんが説明してくれる。海外サーバーか。
だけどこれって、たれが美味しいというよりか、肉が美味過ぎるんじゃないか?
メープルさんが、シャカシャカとシェーカーを振っている。
カクテルを作っているようだ。
「美味いな。」
「いいな、兄さん。ボクにも飲ませてよ。」
「ほら、これ仁君のよ。どうぞ。フフ・・・」
メープルさんは怪しく笑いながらグラスを渡してくれた。
俺はそれを飲む・・・飲もうとした。でも、どうした訳か全然飲めない。
「ぷ、あはははは!ごめんごめん、仁君まだ未成年だから飲めないのよ。ほら、こっち飲んで。」
笑いながらミルクを渡してくる。思い出した!
この人、昔からこうやって、からかってくる人だった。
「ジンク、むくれるなって。こっち来いよ。いいものやるぜ。」
「トムソン、むくれてないよ。でも、そっち行く。」
「ごめんごめんって。私も混ぜて。」
俺はトムソンの近くに寄った。
「ジンク、その格好だと、錬金術師だろ。これ、やるよ。」
『トムソンから職人の腕輪(良品)を受け取った。』
「トムソン、これ・・・」
「ああ、練習用で作ったやつだから、気にするな。」
「ふーん、仁は錬金術師だったな。何かいいアイテム作ったら、買ってやるよ。」
「まだ、研究中でね。結果が出たら教えるよ。」
「期待している。」
トムソンからは生産に使えそうなアクセサリーを貰った。
しかも良品だ。ありがたい。
初級ポーション改はまだ粗悪品だ。兄さんに見せられる段階ではない。
良品になったら買ってもらおうかな。
「マスター!肉がなくなりました!!」
「何ぃ!」
赤髪の料理人が叫んだ。肉がなくなったようだ。
そりゃあ皆して野菜も食べずに肉だけ食べてたらそうなるよな。
しかもこの料理、満腹感が無い。いくらでも食べられてしまう。
「じゃあ、狩り行くか!!ついて来い!」
『おう!』
「じゃ、僕も行って来るね。」
戦闘職の人たちでモンスターを狩るようだ。トムソンも行ってしまった。
この辺りには高さ2M、全長5M位の大きな牛のモンスターがいる。
予め肉を調達する目的で、ここでBBQをすることにしたのだろう。
「兄さん、速いなぁ。」
「ナイアーは、本当は戦士なのよ。レベルが上がりにくくなったからって、軽業師に転職しているからね。元のレベルが他の人よりも高いのよ。」
10人位で牛に攻撃している。兄さんは銀色の短剣を両手に装備していた。
1度に2回攻撃できるので、攻撃速度が速いのは分かる。
だが、周りの4倍位の速さで攻撃しているように見える。出鱈目である。
この後、大量の肉を兄さん達が持って来て宴が続いた。
一人がオカリナを吹き始めた。それに、フルートが同調した。
ヴァイオリンを弾き始めた人もいる。
落ち着いた曲だ。
「これは人でも演奏できそうな曲だね。」
「ああ、あれは実際に演奏しているんだよ。自動演奏よりも、自分で演奏した方が効果が高くなるからね。」
そうなのか。錬金術は鬼畜ゲーだと思ったが、音楽家も大変なようだ。
他の職業も大変な部分はあるのかもしれない。
「そろそろいい時間だな。お開きにするか。」
BBQを始めてから3時間程度経つ。
兄さんの合図で解散となった。
「今回の事、加奈に言うなよ。あいつ、絶対に拗ねるからな。」
「分かったよ。兄さん。」
兄さんが耳打ちしてきた。
(黙っていてもバレてしまうだろうな。)
そんな予感がしつつ、俺はログアウトした。
次回 多分生産回です。




