第298話 天井のシミ
知らない天井だ。
目を開けて、直ぐに入って来た視覚情報は梁。今俺が居るのは木造建築内なのだろう。どこを見ても木でできた物ばかり。旧文明が滅んだ以上、建築に木材を使用するというのは当然と言えば当然なのだが、今見ているのはとても歴史を感じる天井だ。
上半身を起こそうとしたが、全く動かない。
身体が機能的に動かないというよりも、なんだか全身に重りをつけられていて、動かせないと表現するのが正しい気がする。
目線を天井から、両手両足に移せば、その原因を知ることは容易だろう。しかしなんだか見たくない気もする。理由は勘としか言えない。
だが見なければ何も進まない。それだけは分かる。
恐る恐る目線を下げ、自分の四肢を視界に入れた。そこに自分の四肢はなかった。欠損ではない。四肢を覆い隠すように、何かがそこにあった――いや、居た。
「――」
声を出そうとしたが、出なかった。
これに関しては、普通に喉が逝ってしまったのだろう。声を出させまいとするには、口を物理的に塞ぐ必要がある。それをされていないのであれば、喉が逝ったとしか考えられない。
「……」
なんとか四肢を動かそうとするが、全く動かない。
なんて重たい――ッ!?
四肢を覆い隠している者たちが、一斉に握る力を強めて来やがった。全身が軋んで、悲鳴を上げてやがる。かなり強くなった自負があったが、思い違いだった。俺はまだまだか弱い人間だったみたいだ。
「――」
「女の子に重いはないだろう、悟」
「――」
「必死に言い訳をしているみたいだが、残念なことに私たちは聞こえていない。謝罪があるまでこの体勢を取らせてもらうぞ」
左腕を陣取っているのは、凜々花。
膂力は俺の方が上だと思っていたが、俺は左腕を全く動かせていない……膂力でも敗けているのか。
「悟は女心ってものを、全く分かっていなさそうだもんね」
「――」
声が聞こえて来た右腕の方へと目線を移す。
そこにはこの国のトップであるはずの、まいちゃんこと舞子が右腕を必死に握り締めていた。こちらもまた、全く動かせない。意味が分からないな。戦闘を専門としている凜々花ならまだしも、後衛のヒーラー的役割をしているまいちゃんすら、動かすことができないなんて、俺はなんて貧弱なんだ。
「悟はバカ。昔から変だった」
「麗華、昔を語るのであれば、私を超えてからにしてもらおう」
「……凜々花、世界が変わった後も、悟と一緒に居た。つまり私の勝ち」
両足を拘束している麗華と左腕を拘束している凜々花が、急に喧嘩を始めてしまった。本当に止めて欲しい。しかもその原因が俺。マジで止めてくれ。ただでさえ疲労が溜まっているというのに、いらない疲労を与えないでくれ。
「はぁ? 麗華、私はそれ以前はずっと一緒に居た。冒険者に引き入れたのだって、黒過社を止める理由になったのだって私が理由だ。それを覆せるだけの理由を持って来てから、悟の昔を語ってくれ」
二人とも、俺の人生の一割にも満たない時間しか過ごしていないぞ。
一緒に居た時間だって、俺の人生からしたら誤差のようなものだ。その僅かな差を理由に、麗華のことを煽るのは止めろ。なんてことを口に出せたら良かったんだが、今の俺は喋れない。ただ傍観しているしか、俺にできることはなかった。
「じゃあ凜々花が知らない、悟を教える」
「私は悟の全てを知っているから、そんなことは無理だな」
話が変わった。
傍観なんてしていられない。つまり二人は、俺の秘密を暴露するってことだろう。そんなことは断じて許していけない。どうにかして止めなければならない。
しかし今の膂力では、こいつらを退かすことはできない。つまりどうにかして膂力を上げて、この拘束から逃れなければならない……つまり自己強化が必要ということだ。
「……」
【シンクロ】を使用した。
借りたのは悟空の“赫猛”だ。身体能力を上げれば、なんとか逃れられるはずだ……そう思ったが、身体から赤いオーラが出て来ない。体力は十分にあるはずだ。疲労は溜まったままでも、多少は休めているはず。シンクロで“赫猛”を使うのは、今となってはそこまで燃費の悪いものではないはずだが……。
「悟、スキルなんて使わせるわけないじゃん。だって今の悟は、全身の筋肉がボロボロになっていて、私たちが退いたとしても、立ち上がることすらできないと思うよ。私が回復しようとしても、現状維持が限界だなんて、ほんとどれだけの無理をしたのやら」
「――」
腕を再生させることができるまいちゃんですら、現状維持が限界だなんて……俺はほぼ死んだようなものなのだろう。だから言葉も発せられないのか……。
モディクとの死闘が残したものは、大きな後遺症であった。
ブックマークと★★★★★をお願いします




