第295話 大海
近付けば近づくほど、蛸足の迎撃は密度を増している。
速度的には俺の方が断然勝っているが、逃げ場を塞がれてしまえば、速さで勝っていても意味を成さない。
「――っ」
触手が腹部に掠った。
出血を伴う訳ではないが、あばら骨を何本か持っていかれている。結局【六道】を使用しなかったわけだが、結果的には正解だったようだ。まあ【六道】を使用していた場合、同じように攻撃が掠っていたかどうかなんて、誰にも分からない話だけどな。
「……」
痛みで空気を吐き出しそうになってしまったが、攻め立てられる城門の如き硬さで口を結び、押し開けようとする酸素を押し戻した。
体内の酸素濃度がかなり下がって来てる。
これ以上は後遺症になりかねない。この一撃で決めなければ、死。これはもう確定事項だ。そもそもこの一撃で決めたとしても、海面まで浮上できるかすら危ういだろう。
「……」
拳に熱を集める。
炎を放出できるだけの熱は集まっているが、ここで炎を出したとしても、直ぐに鎮火して、体力の無駄でしかないため、インパクトの瞬間、そこが勝負の時だ。
「……」
クラーケンの目の前。
その言葉の通り、数センチ先にクラーケンの目がある。
「――!」
拳を振り抜く。
その瞬間、最大火力まで炎を噴出した。炎はクラーケンの海水に適応している肉体を焼いていく。海中に居るせいで匂いはしてこないが、ここが地上だったなら、蛸を焼いたいい香りがしてくるだろう。そう思う程度には良い加減で焦げている。
「――ッ」
生命活動にトドメを刺せたのか、判断が付かない。
だがこれ以上は本当に無理だ。直ぐに海面から顔を出さなければ、本当に溺死してしまう。全力で推進力を生み、過去最高速度で海面へと向かった。よく火事場の馬鹿力と言うが、死に瀕した時が一番力を出せるというのは間違いではないようだ。
海面へと進む速度は、かなり出ている。
このまま順調に海面へと至ることができれば、おそらく後遺症なしで地上に出れるはずだ。まあ順調に行けばの話だけどな。
「……」
……何らかの横槍を受けると思って、気を引き締めていたが、何も起こることなく、海面が見えて来た。
それが嬉しいことに違いはないのだが、なんだか拍子抜けだ。魔物の襲撃を受けることもなければ、あの女の襲撃を受けることもなかった。そもそもあの女を含めて、みんなどこへ行ったんだ? 落水したとはいえ、脅威的な身体能力を持つ者たちだ。そう簡単に溺死するとは思えない。
「ぷはっ……居ないな」
先に氷上へと上がっていると予想していたが、その予想に反して誰の姿もない。再び海中へ身を投じ、凜々花たちのことを探すのは簡単だ。しかしそれを繰り返したせいで体力を消耗して、敵だけが姿を現したら、俺は負ける可能性の方が高い。
であれば、今俺がすべき行動は、凜々花たちのことを信じて、対スケルトンに向けて万全の状況を作ることだ。
「ふぅ……はぁ……」
クラーケンとの戦いで、消耗した体力を取り戻す。
深呼吸程度で全てが戻ってくるとは思っていないが、多少は戻ってくるだろう。せめて、あの女の骨を破壊できる程度には、体力を戻さなければ……。
そんなことを目標に定め、深呼吸をする。
海面はおろか、地上も氷に包まれているが、特に喉が冷気でやられるといったことは起きていない。これは麗華のお陰ではなく、ただ単純に、口内に熱を巡らせて、喉へ至る前に温めているからに過ぎない。
「ふぅ……はぁ……よし」
応急措置はこの程度でいいだろう。
あとはこの戦場に置いて、未だに残り続けているクジラスケルトンと、その背中に乗り続けているスケルトンの氷像を破壊しておくか。
「一体一体倒していくのは面倒だし、一気に破壊しておくか」
拳に炎を灯した。
「“火拳・改”」
巨大な炎の拳が、数多のスケルトン氷像たちを呑み込んだ。
炎は麗華の氷ごとスケルトンを溶かし、鉄でできているであろう甲板をも破壊した。だがスケルトンたちとは違って、麗華の力によって氷漬けにされていない、クジラスケルトンには傷一つ付けられなかった。背中で放った“火拳・改”によって、クジラスケルトンにも熱が伝わっているはずだが、灰になるどころか焦げてすらいない。
「どういうことなんだ……」
『――』
「――ッ!?」
思わず耳を塞いでしまった。
ここから離れたところにあるまいちゃんのところまで届いているのではないかと、そう思ってしまうほどに巨大なクジラの声。目の前のスケルトンが出しているというのは、誰が見ても明らかであるが、俺は止める術を持っていない。
『――』
スケルトンは鳴き続けている。
これが無意味な行動とは思えない。俺の警戒度は、最大まで引き上げられた。
凜々花たちが行方不明になってしまった原因は!?
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