第120話 【魔境群馬ダンジョン群・三十五階層】
そんな終わりの見えないダンジョンに対し、俺は僅かな絶望感を抱いていた。だが光はやってくる。
まあその光は、三十五階層の偽物の太陽が照らしているものであり、希望の光のような物ではないけどな。
「三十五階層だというのに、スライム?」
「スライムを舐めない方がいい。海外の研究者が言うには、魔物の中で最も力のふり幅があるのが、スライムらしいからな」
俺のスライムを舐めている発言に対し、エリザベスは嗜める。
確かにこんな階層に来てまで、単に弱いスライムが出てくるはずがない。
そして三十五階層に相応しい実力をスライムが有していることが、直ぐに判明した。
スライムの身体から数百に上る細い触手が生み出される。その触手は弾丸に迫る速度で一直線に進み、何かに接触すると速度を維持したまま軌道を変えていた。
そんな圧倒的な弾幕がコロシアム中を行きかっているのにも拘らず、冷静に状況を俯瞰して見れるのには理由がある。そもそも理由がなければ、いくら最強の盾である山城ですら捌き切れないからな。
その理由とは、山城がスキルを使用したのだ。少なくとも触手の攻撃力では突破できない防御力を持つ結界を、俺たちに対して張ってくれた。そのお陰で冷静に状況を見ることができている。
今も大量の触手が結界を打ち付けて、耳が痛くなるほどの轟音が鳴り響いているが、割れる気配は一切感じられない。
「すごい弾幕だな」
「だが捌くのは容易い」
柳生とエリザベスが話しているように、結界内に居るのは俺と凜々花、まいちゃんと麗華、そして従魔たちだけだ。【先駆者】たちは結界の外で正面から触手を捌き続けていた。
柳生は刀。鍔鳴りを鳴らし続けることにより、反響音から触手の位置を把握し続け、神速レベルの斬撃で斬り落としている。
エリザベスは魔法。両手にハリケーンを生み出せるレベルのエネルギーを纏い、迫る触手を殴り壊している。
雪村は電撃。戻りつつあるテンションに任せて、大量の電撃を発することにより、触手を焼き焦がしている。
鬼道は大剣。恵まれた強靭な肉体で大剣を振り回し、迫り来る触手を木っ端みじんに破壊している。
山城は大楯。山城だけは防御に徹していた。迫る触手を大楯でいなしながら、手の空いている【先駆者】の方へと軌道を調整している。
「そろそろ終わるか?」
誰かの呟き。
【先駆者】たちが触手を破壊することによって、スライムの体積が元より半分近く小さくなっている。身体が極端に小さくなるまで使い続けるとは思えないため、そんな言葉を呟いたのだろう。
だが未踏破領域の魔物は甘くなかった。
確かに触手による弾幕は、本体が一定のサイズまで小さくなったのを境に、急激に密度が減った。だが眼にも見えないほど――糸のように細くなった触手が、変わらず俺たちの身体を貫かんとしている。
「大丈夫か!」
「――危ういな」
「チッ、見えないな」
「はぁはぁテンション持ってくれよ!」
「……」
元から触手を視認せずに戦っていた柳生を除いた先駆者たちの額から、冷や汗と思われるものが垂れ始めている。
彼らの焦りは、俺たちの敗北に一歩近づいたのと同義であるため、俺も先駆者と同じように額から冷や汗を流していた。
「チッ、使うぞ!」
先ほどから舌打ちを鳴らし続けていた鬼道がキレた。
彼女は大剣をスライムへと投げつける。ミサイルにも匹敵する速度で投げられた大剣だったが、スライムは軽々避けていた。
鬼道は武器を失ったのにも拘らず、笑みを浮かべている。彼女は己の豊かな胸に手を置く。眩い光。光量は空に光る偽物の陽光にも迫るはずだが、直視している瞳が焼かれることはない。
それどころか酷使してきた瞳が癒されるような感覚を齎してくれる、いわば癒しの光だ。
「はぁ、それを使うのはまだ早いだろう」
エリザベスの呆れるような声。
それに合わせるかのように、癒しの光は力を失っていく。元々鬼道が立っていたはずの場所。だが別人が立っていた。
元が200センチ超あったはずの身長が、150センチ程度まで縮んでおり、肌が赤く染まっている。額から生えていた先端だけが赤く、残りは白っぽかったツノも、真っ赤に染まっていた。
鬼。そう形容するのが最適であろうと思う姿をしているが、肌で感じるエネルギーは鬼では留まらない。
鬼神。俺みたいな存在が、人に対して神と呼ぶのは烏滸がましいのかもしれないが、俺の乏しい語彙では鬼神と表現する他なかった。
「では行くとしよう」
消えた。
最初は今までのように消えたと思わせる速度で移動したと思っていたが、空気が動いていない。今までのような突風が吹き荒れることなく、鬼道は姿を消している。
遅れて突風が吹き荒れた。だがその風は、鬼道の移動が齎したものではなく、彼女がスライムのことを殴りつけた際に発生したものだ。
「一撃……」
あれほど先駆者たちが攻めあぐねていたスライム。鬼道はそんな相手を、スキルの使用から数秒で蹴りを付けた。
まさに鬼神。神と表現しない方が、罰当たりだろう。
「ふぅ」
鬼道は息を漏らしながら、元の姿へと戻る。
「次に行こう」
「いや休憩を挟む」
鬼道は階段を降りようとしたが、エリザベスが肩を掴み止める。
俺はその時まで分からなかったが、肩を掴まれた鬼道が倒れた。考えれば分かるが、あれほどまで強力な力を温存しているのには理由がある。消耗が極端に激しい。それがあの神に近付く力の代償なのだ。
「はぁはぁ、寝る」
鬼道は大の字で寝た。
変な人だな。
お前も大概だ
脳内のイマジナリー鬼道に怒られた気がする。
鬼道が持つ力の一端が明らかになりました。
ブックマークと★★★★★をお願いします




