第116話 勝敗
不規則に揺れるタマの尾は、自然と俺たちの注目を集めた。
それは人面魚も例外ではなかったようで、ぼーっとして尾を見つめている。だが一度放たれた攻撃が止まるわけではなく、一定の速度を保ったままタマへと迫りつつあった。
しかしタマは尾を揺らすだけで、これといった対処を行うような様子を見せて来ない。だが一度信じた以上、タマが助けを求める声を上げない間は、手を出すつもりはない。
そして、その判断は正解であったようだ。
「ニャン」
タマが尾を揺らしながら鳴いた。
鳴き声に合わせて、尾の揺れ方に変化が生まれる。メトロノームのように規則的に動いていたはずの尾が、予測できない不規則な揺れへと変わっていた。
そして揺れが不規則になると、心の中で何とも言えない不安感が湧き上がってくる。これがタマが得た新たな能力だということは、誰の目からしても明らかだが、その詳細については一切分からない。
ただ尾を揺らすことで注目を集め、不安感を湧き上がらせるだけであれば、そこまでの強さではないのかもしれないが、まだ全貌が分からない以上、決めつけることは良くないだろう。そもそも巨大な水弾が迫って来ているのに、ただ不安感を湧き上がらせるだけの攻撃を行うというのは、とても不合理な選択だからな。
俺が思っていたように、タマは不合理な選択を採った訳ではなかった。湧き上がる不安感は、何とも言えない幸福感へと変わり、人目がなければ踊り出したくなるような、気持ちが湧き上がっている。
それは人面魚も同じだった。そして人面魚に羞恥心という感情はなく、言葉通り踊り出す。割れた海の断面を飛び出し、露出している海底でビチビチと跳ねていた。
その巨体が飛び出した際に、水弾は押し潰され、タマへ届くことはなかった。当然、この事態を引き起こしたタマが巻き込まれることはなく、余裕を持って移動している。
「ナーン」
タマは三味線を取り出し、キレイな音色をかき鳴らした。
先刻は初撃で逃げられてしまった高威力の“線斬”が、人面魚の強固な鱗に傷を付けて行く。
人面魚は大きなダメージを受けているはずだが、踊るように海底の上を跳ねている。あの巨体だ。跳ねるだけで地面が揺れているような気がしてくる。
「やっぱり進化って強いな」
「――なるだろうな」
「何か言い――」
「ニャン!」
俺の呟きに対し、エリザベスも何か呟いていたが、後半部分しか聞き取れなかったため、聞き返そうとしたが、人面魚が魔石に変わったため、聞き返すことができなかった。
その後は、タマのことを褒め散らかす必要があったため、結局エリザベスがなんと呟いたのか知ることはできなかった。
まあエリザベスの言葉は独り言のようだたため、特段知る必要はないだろう。
「よしよし、頑張ったな」
「ナーン」
露出した海底に寝転がるタマの腹を撫で回し、ただでさえ可愛らしい顔立ちをしているタマの顔をデロデロにさせた。
「ふぅ」
余は満足なり……とどこかのお偉い様のような口ぶりをしてみたが、凜々花たちは満足していないようだ……まあ当たり前だな。
「凜々花たちも撫でるか?」
「――はい!」
凜々花は嬉しそうな顔をしながら、デロデロの顔をしているタマの下へと駆け寄った。
しかしタマの下へと駆け寄ったのは、凜々花だけではなかった。麗華やまいちゃんは勿論のこと、エリザベスもタマの下へと駆け寄っている。タマの魅力は、ダンジョン協会の総裁ですら陥落させるのか……。
その後、数十分の間、タマを撫で回す時間が続いた。
タマへの興味が薄そうな柳生が、亀之助の護衛を続けたため、勿論危険はなかったはずだ。
満足いくまで撫で終えた女性陣は、とてもツヤツヤしている。そして撫でられた側であるタマは、目も当てられないほど伸び切っていた。その表情はとても満足そうなので、心配する必要はないだろう。
「ナーン」
「ほら、歩けないなら竜馬の背中に乗ってろ」
俺はタマのことを抱え、竜馬の背中へと乗せる。
人間とは違いお腹で乗るしかないため、乗り心地は最悪になるだろうが、気持ちいい思いをしたのだから我慢してくれよ。
「では進むとしようか」
「……今更威厳ある風に見せても無駄だろう」
「何か言ったか、柳生」
「何も言っていない」
柳生の言う通りだ。
あのツヤツヤした顔で、いくら威厳のある口ぶりをしてみせても、説得力など皆無。今までの華々しい戦歴を以てしても、威厳度はマイナス側に傾いている……そう思う程度には、撫でている時の顔は可愛らしかった。
「以降は私たちが戦うぞ」
エリザベスの問いかけに対し、従魔を代表してゴン太が返事した。
他の従魔たちも頷いているため、戦うつもりはないようだ……タマは首を縦に振ることすらできないみたいだが。
「改めて、進むとしよう」
今回は柳生が茶々を挟むことはなく、エリザベスは先陣切って進み始めた。
悟たちは無事に三十二階層を踏破することができるのだろうか!?
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