第115話 タマの成長
一歩前に出たタマは、いつものように何処からともなく取り出した三味線を構えた。
相対する人面魚は、タマのことを矮小な存在だと見下しているのか、これといった攻撃の構えを取ることはない。そもそも身体が魚である以上、攻撃の構えなど取れるはずはないのだが、纏う雰囲気が舐め腐ったようなものなため、見下しているのだろうと予想している。
「ニャン!」
そんな人面魚の対応を気にすることなく、タマは手元の三味線をかき鳴らした。響く音色に合わせて、人面魚の肉体へと斬撃が襲い掛かる。しかしタマの攻撃力では、人面魚の鱗に傷を付けることはできないようで、人面魚の見下し度を上げたことしか、その攻撃で得たものはない。
唯一こちら側――当事者であるタマに対してプラスになったものといえば、今の攻撃方法では傷一つ付けることができないことが分かったということだろう。
「タマ、大丈夫そうか?」
「ニャン!」
攻撃が効いていないのにも拘わらず、タマに落ち込んでいる様子は見られない。それどころかやる気に燃えているようにすら思えた。
やる気さえあれば、必ず勝てるというわけではないが、やる気がなければ勝てるものも勝てなくなるため、やる気は勝利に必要不可欠な要素と言えるだろう。
「ニャン!」
タマは再び三味線をかき鳴らす。
先刻と同じように、人面魚の身体を音による不可視の斬撃が襲ったが、変わらず強固な鱗に阻まれてしまった。
「にゃーん」
やる気に溢れるタマも、二度も攻撃を完封されるのは、心が傷つくのだろう。タマが口にした鳴き声は、先刻までの凛々しい鳴き声と比べると、数段気落ちしたような弱めなものだった。
鳴き声は弱気でありながら、その瞳から戦闘に対する闘志というものが消えることはなく、どうやって突破しようかと考えているような思案顔をしていた。
「ニャン!」
タマは同じように三味線を鳴らす。
その動きにこれまでとの差異は感じられなかったが、発せられる音色には僅かな違いを感じられた。これまで何度も聴いてきたからこそ、感じられる僅かな音色の変化。それは一番付き合いの長い凜々花ですら、分かっていない様子だ。
これまでの戦闘から分かるように、タマの“線斬”は、音色の変化によって斬撃にも変化が起きる。これまでは悟空との合わせ技によって、音色の変化を可能としてきたが、今のタマは成長した。
今回放たれた“線斬”は、これまでの“線斬”を完封してきた人面魚の鱗に、薄っすらとだが傷を付けた。
「ニャーン!」
自分の成長を誇るかのように、タマが吠える。
それに合わせて、成長の証たる輝きを放つ。これまでゴン太とたぬ吉が経験してきた、魔物としての位が上がる進化。タマは勝利を掴むために、成長の輝きを己が身に宿した。
やがて輝きも止み、進化後のタマの姿が明らかになる。
ロシアンブルーのような毛色や尾が二股に分かれていることに変化はないが、二つの尾の先から青い炎が灯り、取り出した三味線の材料が若干だが高級そうになっていた。
「ニャン!」
再びタマが吠える。
目線が吠えた先に居るであろう人面魚に移ると、そこには若干冷や汗を流している人の顔があった。
進化したタマの内包するエネルギーを感じ取っているのだろう。見た目だけを見たら、タマの姿は脅威的には思えないからな。
「ニャン」
タマは三味線をかき鳴らしたが、人面魚が海の中に姿を消してしまったため、斬撃が当たることはなかった。
だが焦っていたとはいえ、野生の魔物が逃げ出すとは思えないため、直ぐに戻ってくるはずだ。タマもそれが分かっているようで、いつでも三味線を鳴らせるような構えを取っている。
「――」
割れた海の断面が揺れた。
それはタマの背後であり、死角となっている場所だ。断面から顔を出している人面魚は、口を大きく開いて巨大な水の塊を作り出してた。
それが人面魚の能力なのか……と頭に浮かんだのは一瞬だけで、直ぐにタマの身を案じる思考が頭の中を埋め尽くす。
俺が飛び出して己が身を挺してタマのことを守るか、それとも人面魚本体に攻撃を仕掛けて攻撃をキャンセルさせるか……という二択が頭に浮かぶが、どちらも確実性が薄く、実行に移るには危険度が高すぎた。
危険度が高すぎると思ってしまったことから、動き出すのがワンテンポ遅れてしまう。その数秒の躊躇は、人面魚に攻撃を許すのに足る時間だった。
「――」
巨大な水弾が、タマへと放たれる。
速度は遅いかもしれないが、その巨大さだけで脅威になり、人よりもさらに小さいタマに着弾すれば、ひとたまりもないだろう。
「ニャーン」
タマは冷静に鳴いた。
焦って振り向くようなことはなく、ただ二つの尾を揺らしているだけだ。
次回、タマ対人面魚の戦いに決着がつきます。
タマは古株であるゴン太とたぬ吉が進化したことで、心の中で焦りを感じていました。
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