まず恋から始めよう
◇◆◇
それからアイリスはどうしたか。
レインと妖精、神父のユタと脳筋のマックスに見守られ穏やかに療養した。
もう両親を怖れて気を張らなくていい。偉そうな話し方をする必要もない。アイリスは本来の姿を取り戻し、真っ白な髪は絹のようにサラサラに、灰色だった瞳は青が混じった銀色に変わった。
レイン達の様子をうかがいながら、だんだん笑顔を見せるようになるアイリスの愛らしさに、レインはイチコロだった。
もっと喜んでほしい。そしてあわよくば距離を縮めたいと、悩んだレインは再びマックスに相談することにした。
「いいか、レイン。自惚れるなよ。天使ちゃんの中で今のお前の評価は履き慣れた靴より下だ。天使ちゃんは他に頼る者がいないから仕方なくレインに懐いているにすぎない」
「く、靴以下? …そ、そうだよな…」
「なんならレインより俺のほうが懐かれてるな」
マックスは目覚めたアイリスに会った瞬間、本物の天使より可愛いと褒めたたえ、誰もいない教会の聖堂でアイリスを全力で高い高いしたり背中におぶって走り回ったりし、戸惑うアイリスに「俺のことはアニキと呼べ」と親指を立てた。家族愛を求めるアイリスの心をガッチリ掴んだ。
あっという間にアイリスのアニキポジを手に入れた脳筋マックスは、腕組みをして目を閉じ、レインに助言した。
「まず飯だ。飯をたくさん食わせろ。それから質のいい睡眠。最高の寝具で一日8時間以上寝かせろ。
そして筋トレだ」
「ち、ちょっと待った。それ、俺必要なくなるよな?アイリスの健康作りには賛成だけど、俺がアイリスと仲良くなるにはどうしたらいいんだって、それを聞きたいんだけど」
「そうか、それなら俺じゃなくて天使ちゃんに聞け。レインと一緒に何をやりたいか聞いてこい。何もやりたくないと言われたら、お前は大人しく身を引いて消えろ」
「手厳しい…」
しかし的を射ることを言う脳筋だった。
「まずは天使ちゃんのお気に入りの枕くらいまで評価を上げろ。天使ちゃんが言うことには全てイエスと言え」
「わかったよ」
頼れる脳筋、もといマックスに背中を押され、レインはアイリスの生活を整え、やりたいことを叶えることにした。
レインがあれこれと気にかけてくれるので、アイリスは戸惑いつつも嬉しくなった。やりたいことがないかと聞かれたので、下町に行きたいと小さな声で答えた。
「もちろん、とっておきの穴場に連れていくよ!」
レインはアイリスを変装させて、下町をデートした。
露店をぶらぶらしたり、買い食いをするのは初めての経験でアイリスはとても楽しかった。
それから毎日散歩した。人目につくとアイリスの存在がバレるかもしれないので、いつも早朝か夜にレインと手を繋いで近くの森や公園を歩いた。
「アイリスのことをたくさん教えて」
レインが聞いてくれるので、アイリスは一生懸命話した。
自分には得意なこともないし、人に誇れるようなエピソードは何もない。でも勉強はたくさんしたから他国の言語や風土については少し知っている。
「アイリスは博識ですごいな。君の話を聞いていたら、外国に行きたくなったよ」
「レインは魔法も剣も上手だし、旅に出てもきっと大丈夫だよ」
「本当?じゃあ一緒に行ってくれる?」
「え?」
アイリスが目を丸くすると、レインは目を細めてアイリスを見ていた。
「一緒に行こうよ。ここにないものをたくさん見に行こう」
「……うん」
アイリスははにかんで笑った。レインと一緒に旅をすることを想像したら、胸の真ん中に陽が差したようにぽかぽかした。
しかし数日後、不幸にもアイリスの存在は明るみになってしまった。
たまたま教会の前で倒れた急病人をアイリスが光魔法で助けたところ、それがお忍びで町に来ていたこの国の王子だったのである。
持病の喘息が治った王子はいたく感激し、アイリスを馬車に乗せて王宮まで連れていってしまった。そして城では百年ぶりに光の子が現れたと大騒ぎになった。
「そうか、君は伯爵家の子息だったのか」
王子に聞かれて身分詐称できず、アイリスは身元を明かしてしまったので、その事実は瞬く間に広まった。
「それは結構。なんとめでたいことだ。光の子だったということなら、このまま王子と婚約して末長くこの国を守護してもらいたい」
萎縮して小さくなっているアイリスを見て、庇護欲を掻き立てられた王様と王妃は、光の子を自分達の側においておこうと話し始めた。
広間で王族と家来達に取り囲まれ、怯えるアイリス。このままではレイン達に会えなくなると不安になり、必死で訴えた。
「僕は帰りたいんです…」
「帰る?伯爵家にかい?」
王子が聞くと、アイリスは慌てて首を横に振った。
しかし、そこに都合よくアイリスの父親が現れた。
たまたま王宮にいてアイリスのことを聞きつけた父親は大袈裟に喜び、両手を広げてアイリスに歩みよった。
「アイリス、お前が光魔法の保有者だったとは。今まで気づかなくてすまなかった。みんな帰りを待っているよ、さぁうちに帰ろう」
「ひっ」
光の子は神殿から保護され、その親は莫大な財産と地位が約束される。目がギラついている父親を見てアイリスは真っ青になり、震えて後ずさった。
「お前に厳しくしたのは、全部お前のためを思ってだったんだよ。わかってくれるな」
アイリスはふるふると首を横に振った。父親にぶたれても、怒鳴られても、以前なら下を向いて耐えられたのに、今またその環境に戻ると思っただけで身体が震えた。
アイリスがあまりに怯えるので、王子と周りで見ている者達はおかしいと思い始めた。
しかし父親はアイリスに駆け寄り、無理やり腕を引いて連れ帰ろうとする。
「……ゃめて」
恐怖で気絶しそうになるアイリスが声を絞り出したとき、広間の扉が音を立てて開いた。
「アイリスに触るなクソ野郎!!」
レインが飛び込んできて父親をぶん殴り、回し蹴りをきめた。
「アイリス、大丈夫か?!」
「レイン……」
ブルブル震えているアイリスを見てレインは激昂し、アイリスを抱き寄せて王様を睨んだ。
「このジジイはずっとアイリスを苦しめてたんだ!帰らせるなんて冗談じゃない!」
「その通りです」
そのときレインの後ろから神父の友人ユタが現れ、分厚い紙束を掲げながら口を開く。
「アイリス君が生まれてからの伯爵の行いは許されるものではありません。貴族なら子供に魔力特性を適切に受けさせる義務があります。それを怠り、神殿が光の子を保護する機会を奪いました。その間伯爵は毎日のようにアイリス君を出来損ないと責め続け、しまいには自らの罪をアイリス君になすりつけました」
ユタが一つ目の紙束を床に投げる。
「アイリス君にレインを殺せと命じておいて、自分は何も知らないと証言していましたよね。これは私が調べた伯爵家の内情と使用人達からの証言書です」
そう言ってユタは二つ目の紙束を床に投げ、最後の分厚い紙束をその辺に立っていた王様の家臣に押し付けた。
「他にも伯爵は方々から資金援助を受けては借金を踏み倒し、決められた以上の納税を領民に課して貧しい者達を痛めつけています。王族の懐刀が聞いて
呆れますね」
かけていないメガネをくいっと上げる動作をするユタ。
家臣から紙束を受け取り、中を確認した王様は目を怒らせた。
「なんということだ…王家の信頼を裏切るとは。すぐに伯爵を捕らえろ!」
王様の護衛騎士達が伯爵に向かっていく。
「クソ!何故この私が裁かれなければならない?!」
追い詰められたアイリスの父親は闇魔法を使い、騎士達を吹き飛ばした。
「何もかもお前達のせいだ!!」
そう叫んでアイリスとレインに攻撃を放つ。
しかしアイリスの作ったアミュレットによって攻撃は当たらずに消滅した。
「天使ちゃんに何してんだテメェ!?」
突然野太い声が聞こえ、遅れて登場した脳筋マックスが父親に突進していく。
「なんだこの男は?!」
父親は魔法で攻撃するが、マックスの動きは速すぎて目で追えない。
闇魔法の魔弾を身体能力だけでらくらくとかわしたマックスは、父親の頭を掴み背負い投げした。
「オラァ!!」
「ぐわあっ」
父親が壁に突き刺さって気絶する。ぴくぴくと足を動かす父親を見てマックスはふん、と鼻を鳴らした。
「大丈夫かい、天使ちゃん」
振り返ってキメ顔で笑ったマックスに、アイリスは目をうるうるさせて頷いた。
「ありがとうアニキ」
アニキ……たどたどしく口にするアイリスの姿を見て、その場にいた全員が一時自分がアイリスにアニキと呼ばれる妄想をした。
「アイリス、もう大丈夫だ。怖い思いをさせてごめんな」
「レインも助けてくれてありがとう」
涙を浮かべたアイリスに、レインはポケットの中から銀色の腕輪を取り出した。
「これを買いに行っていて、駆けつけるのが遅くなったんだ。ごめんな、アミュレットのお礼に、俺もアイリスにお守りを渡したくて」
大きなダイヤが嵌め込まれた腕輪は保護魔法がかかっており、危険を察知したときにレインの指輪に伝わるという。
腕輪を差し出されたアイリスは驚いて、それから嬉しくなって微笑んだ。
「……レイン、ありが」
「そしてこれは身を隠すための魔法がかかったアメシストのペンダント」
「これもくれるの?」
「それと解毒薬が仕込まれた真珠のピアス。魔除けのトパーズの髪飾り。手が冷えないようにする毛皮の手袋」
レイン次々にプレゼントをアイリスに手渡していく。
「そしてこれだ。俺とお揃いの指輪。これはただの指輪なんだけど、もらってくれる?」
周りからあげすぎじゃ…という視線を感じるが、レインは装飾品を身につけたアイリスがますます綺麗になったと感じ満足げだった。
「こんなにいっぱい…僕、人からものをもらうの、生まれて初めて」
思えば、アイリスには両親から何かもらった記憶がなかった。
レインが自分のために選んでくれた贈り物だと思うと、アイリスは一層嬉しかった。
はにかんで笑うアイリスの言葉を聞いた王様達は、アイリスが不憫すぎて泣いた。
「でも、こんなにいっぱい、お金がかかるよね。子爵様に無理を言ったの?大丈夫?」
アイリスが不安になって聞くと、レインは笑って頷いた。
「大丈夫だ。これは一週間前に買った宝くじがたまたま当たった金で買った。それからたまたま森で拾った小汚い石が、たまたま貴重な宝石だったから宝石商で換金したし、さっきたまたま道で見つけたキツネの像に、リンゴを供えたら恩返しに金塊をもらったんだ」
これで美味いものを食べよう、と金の延べ棒を見せてくるレインに、アイリスは目を丸くした。
「レインって、本当にすごいんだね」
「えっそういう感想?」
ユタが後ろでまた呟いているが、レインは気にせずアイリスとしっかり手を繋いだ。
「俺の金運は全部アイリスのおかげなんだよ。アイリス、一緒に冒険者になろうよ。そして知らない国を旅して、楽しいと思えることをたくさん見つけよう」
「レイン……」
「俺、アイリスのことが好きなんだ。だから、君のことをもっとよく知りたい。俺のことも知ってほしい。そして、ちょっとずつ俺のことを好きになってほしい」
好きだと言われて、アイリスは息を呑んだ。
胸に込み上げたのは喜びだった。
レインに好きだと言われて、自分がレインのことを好きだったのだと気がついた。
ずっと好きだったのだ、自分の方が。
ずっと前からレインのことが。
「俺と一緒に来てくれる?」
「うん……僕も、レインと一緒に行きたいよ」
涙を浮かべて微笑むと、レインは満面の笑みを浮かべて抱きしめてくれた。そしてアイリスの手を引いて駆け出していく。
「そうと決まったら準備しよう!まずはどこに行く?海か?雪山か?」
「雪がいい。僕雪だるまを作ってみたいんだ」
「可愛いなぁ!!いいよ!!すぐ行こう!」
「おいアニキを忘れるな!俺も行く!」
「僕も忘れないでほしいですね」
走り出した二人の後を、ユタとマックスが追いかけていった。
広間の人々は呆気に取られたまま、誰も彼らを止められない。
「アイリス、雪だるまを作ったら、もう一回君に告白してもいい?」
レインが出した大声に、アイリスは笑いながら答えた。
「うん!いいよ! でも僕、もうレインのことが好きだよ!」
そうじゃなかったら、命をかけてアミュレットを渡したりしない。
アイリスの返事を聞いたレインは飛び上がって驚いて、そして走りながらアイリスを振り返った。
「なんだって?!じゃあ俺は君にキスしてもいいのか?」
「いいよ!」
「っしゃ!!」
高々とガッツポーズを掲げたレインが、アイリスと手を繋ぎながら王宮の廊下を駆け抜ける。
賑やかに笑いながら走っていく彼らの後ろ姿を見送った人々は顔を見合わせ、誰からともなく手を叩いた。
──こうして闇魔法を使えない天使は、やがて世界中に光をもたらしていく。
「ワ、ワタシノコト、ワスレナイデ!!」
※ うっかり昼寝していた妖精は、またしても光ノ子を見失いそうになり、慌てて馬車を追いかけたとか。
おわり
お付き合いありがとうございました!御伽話風に、最後は神視点でまとめてみました。
長くなって書けなかったネタ
・弟と和解(今まで本当は仲良くしたかったというアイリスに「お兄ちゃん…」となる)、失恋した弟は最終的に脳筋マックスに弟子入りする
・レインの金運で稼いだ金で親が踏み倒した借金を返済、領民にも返す
・神父の庭でリリンの実が取り放題になり神殿が聖地認定する
子爵と恋人も深掘りしたかったです。
※すみません、小ジャンルのタグ付け間違ってました(汗)異世界に修正しました。




