82.オレからの質問
香川さんは口の下に人差し指をあてたまま、腕組みのような体制をとり、そのまま黙り込んだ。
何やら考えているようなので、オレは気になったことを口にすることにした。
「あの、伺ってもいいですか?」
オレが言うと、住職はオレの方を見た。
「岡田教授は亡くなった時点で近親者がいないという話だったんですが、先ほど一度目の契約解除で倒れた時に家族の意向でお見舞いに行けなかったと話されましたよね。ご結婚されてたんですか?」
「教授は大学を辞めるまで独身でした。30までは大学院でひたすら研究し、肩書を上げるべく研究に勤しんでいて、婚期を逃したと言っていました。あの時のご家族はお母様でした」
「今はもう亡くなられている?」
「それは分かりません。1年後には退職されて、その後のことは…」
「では、教授がオルダと一度目の研究をされてから、大学を退職されるまでの間、倒れていた期間を除いて調査の名目で遠くに行かれたことはありましたか? 富山県の境海岸、兵庫県の加保坂、岡山県の大佐山あたり」
「5年以上前で記憶も定かではないですが、教授と最後に調査に出たのが糸魚川だったはずですので、大学では行っていないと思います。プライベートで行かれたかは分かりませんが…」
ふと、思った。検索で引っかかった写真は50歳くらいに見えたが、あれが最新の姿とは限らない。
「教授は今年おいくつだったんですか?」
「私の一回り上だったはずなので、59歳でしょうか」
「辞められたのは54歳くらい?」
「そのくらいだったと思います」
「教授は散財するタイプでしたか?」
「難しい質問ですね。ギャンブルで散財するタイプではないです。先ほども言ったとおり研究熱心な方で、石の世界ではそれなりに知られた人で、石以外に興味が無くて、何日も同じ服を着ても平気なくらい無頓着でした。ただ、気になる石は手に入れたい癖があって、研究室の予算では賄えない部分は自腹で購入してしまっていました。それでも教授で独身なので、貯金は有ったんじゃないかとは思いますが」
「教授をやられていた当時、どんな家に住んでいたかご存知ですか?」
「東京の西の方のマンションだったかと思います。国立とか。家に行ったことはないですが、実家暮らしであったはずです」
オレは、隣の畑谷に小声で聞いた。
「畑谷君はどこの人だっけ?」
「千葉の松戸っす」
「教授は松戸の団地に引っ越してきたということか」
なぜ松戸…? オーナーから売れそうにない石を貰っていたという話だから、定期的に秋葉原に来ていたのだろう。利便性か? しかし国立から秋葉原と、松戸から秋葉原では違っても10~15分くらいの差のような気がする。
まあ、それは今回の件には大きく影響しないだろうと思い、考えないことにした。再び住職に質問した。
「教授は運転されなかったですか? 実はオレがこの村に来るときに乗ったタクシーの運転手から、教授を乗せた話を聞いたんですよ。だから電車を使ってきたのだと思うんですが」
「教授は運転免許を取らなかったようです。教習所に通うタイミングを逸したとかで。結婚を逃した理由と同じだと思います」
「では、教授はここから歩いて笹嶺神社に行かれたということですね」
「はい、案内したときも歩いていくと仰っていました」
「教えたのルートは、この道をひたすら真っすぐ歩いていくルートですよね? 星影神社の前を通る」
「はい」
このルート沿いを歩けば、黙光寺のオルダと共鳴することは無いが、星影神社は共鳴しそうである。元々岡田教授の持ち物であった畑谷のオルダが共鳴したということは、星影神社の神社のオルダとは挨拶をしたことがなかったということだ。
一方で考えられるのは、畑谷のオルダは教授が持っていただけで、契約を結んでいなかった可能性である。教授は別のオルダと契約を結んでいて、星影神社のオルダがオークションにかけられたときにたまたま会場を訪れていて、事前に挨拶を済ませていた可能性である。その場合は、星影神社を素通りしていても不思議はない。
ただ、そうなると、畑谷のノートが笹嶺神社のオルダと挨拶済みであった理由が分からない。
そうだ。そういえば聞いていなかった。
「香川さん」
オレは口の下に手をあてながら話を聞いていた香川さんに話しかけた。
「岡田教授は根屋家の娘さんから根音村の話を聞いた可能性があるという話でしたよね」
「そうです」
「でも、住職の話では、教授は呪いの石がどこにあるか把握していなかった」
そう言って住職を見ると、住職は「はい」と答えた。
「笹嶺神社と答えた時の岡田教授の反応はいかがでしたか?」
「普通に受け入れただけだったような。笹嶺神社はどこにあるかと聞かれて終わりました」
「笹嶺神社を知っている様子はなかったですか?」
「言われてみれば、笹嶺神社と答えた時に少し口元が笑ったような気がします。その時は特に気にしなかったですが、教授にしたら珍しい表情だったように思います」
ここに香川さんが入ってきた。
「ちょっと失礼しますね。聞かせてください。この寺と根屋家の関係教えていただけませんか?」
「根屋家は、うちの檀家でした。代々の墓もそこの墓地にあります」
「では、根屋家が千代の呪いと考えられる情報を集めていたこともご存知でしたか?」
「正しく伝わっているか疑問は残りますが、呪いの石に触った人をうちで祈祷していたようなので、どこかで情報が共有されていた可能性はあります。ただ、オルダとの契約の方法や、契約解除の方法はうちには伝わっていなかったです」
心松寺の住職の話はこれで終わった。




