79.鐘
清水さんは村役場に戻り、オレは刑事たちと共に心松寺に向かった。もちろん畑谷も同行だ。
向かう前、オレたちが知っている心松寺の情報を刑事たちに共有した。この村の寺で唯一千代の呪いとは無関係に建立された寺であること、他の寺が建てられるまで呪いにかかった村人たちの祈祷を行っていたこと、笹嶺神社の慰霊祭については詳しくなかったこと。
「千代の呪いと全く無関係というわけではない寺ということですな」
話を聞いて、香川さんは言った。
そしてオレたちは心松寺に到着した。道を挟んだ反対側に車を停めて降りた時だった。五十嵐が言っていた印象的な鐘は、敷地の左奥にある梵鐘だろうと思っていたが、
「五十嵐さんが言ってたのはこれですかね」
松井さんが門の上部を指した。門は二階建てのようになっており、上の段に小さな鐘があった。一度目に通りかかった時は寺側を歩いていて、二度目に訪れた時は寺側に車を停めていたこともあって、門の上部には気づいていなかった。
「寺側を歩いているとこの鐘見えないです。オレ、気づいてなかったです。五十嵐が言っていた鐘は、境内の奥にある鐘楼だと思ってました。でも、それではパっと見で印象に残る気がしないですよね」
香川さんは門の入り口から見える奥の鐘楼を覗き込んだ。そして、門の上の鐘を見上げて、口の下に人差し指をあてた。加賀さんはそのまま寺と反対側、つまりオレたちがいる側の家の表札を見た。
「こっちか」
香川さんに釣られて、オレたちも振り返った。そこには『佐伯』という表札の家があった。『佐伯』の下には『心松寺』という表札もあった。
「住職さんのおうちですね」
香川さんはそう言ってインターフォンを押した。
少しして、「はい」という女性の声が返ってきた。
「富士宮署の者です。お話をお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
インターフォンの奥が黙り込んだのが分かった。
「もしもーし、ドアを開けていただけませんか?」
香川さんは言う。
インターフォンがプチと切れた。その後1~2分何の音沙汰もなかった。
「誰かと連絡取ってるかな?」
香川さんは言った。
「誰かと?」
オレが返すと、香川さんは頷いて、
「誰かに相談しているとか。裏口から逃げるということもないでしょう。何か動きあるか?」
香川さんは、いつの間にか裏口が見える場所に移動していた松井さんに言った。
すると松井さんが返した。
「いいえ、今のところ動きは無いです」
香川さんは、「さて」と言って口の下に人差し指をあてた。そして、くるりと体を回転させて、心松寺の方を見た。
「来ましたな」
香川さんの視線の先に、門から出てくる坊主頭の住職の姿があった。
住職はオレたちに一度会釈をしてから、道を渡って、こちらにやってきた。
「家にお入りください」
住職はそう言って、オレたちを家の中に通した。
比較的古そうな作りの家が多い村の中で、珍しく最近…といってもおそらく築20年程度は経っているだろうが、新しめの2階建て一軒家である。玄関を入ると、来客が来る事前提の造りになっており、土間から靴のまま入れる来客室のような部屋に通された。
6人掛けのテーブルにオレたちを座らせ、住職は立ったまま聞いた。
「富士宮署の刑事さんが、うちにどのような御用で?」
香川さんは住職の方を向いて口を開いた。
「まず、初めにお伺いしたいことは、稲塾大学のご出身ということで」
住職は怪訝そうな顔をして、「ええ」と答えた。
「岡田教授の助手をされていたとお伺いしました」
香川さんの話を聞いて、住職は背中で息をしたような動きをした。
「どのような研究をされていたか、お聞かせいただけますか?」
「石です。石の研究をしておりました」
「岡田教授はオルダに関する研究をされていたようですが、佐伯さんもご一緒に研究されていたのですか?」
「なぜ、そこまでご存知なのでしょうか」
「オルダの研究に携わっておられましたか?」
住職は鼻で大きく息を吐いた。
「大学ではオルダの研究は一切されておりません。趣味の一環で研究されていました」
「とても珍しい虫ですよね。なぜ、大学で研究を行っていないのでしょう。研究にふさわしいものだと思うのですが?」
「教授はゼミの学生にはオルダの存在をあまり知られたくないようでした」
「どのような理由で?」
「さあ、私には分かりません」
香川さんは口の下に人差し指をあてた。
「では、話を変えます。三か月ほど前に笹嶺神社で男性が倒れていたことはご存知ですか?」
「はい」
「その後三か月ほどの間、診療所で眠った状態が続いていたのですが、昨日目が覚めまして」
住職の眉が一瞬ピクリと動いた。
それを香川さんは見逃していなかったようで、
「不思議な反応されましたな」
住職は平静を装い
「何のことでしょう?」
と返した。
「まあ、いいでしょう。その男性が、笹嶺神社を訪れる前に最後に会った人を教えてくださいまして」
住職の眉が再びピクリと動いた。
「この家に住む50代くらいの女性だと言うんです」
住職は平静を装ったが、王子に廊下の方でガチャガチャと何かが揺れる音がした。
香川さんは廊下の方を見た。
「先ほどインターフォンに出られた女性ですか?」
住職は一度ため息のような息をついて、「ええ」と答えた。
「その女性にお話をお伺いしたいのですが」
住職は一度小さく唇を噛んだ。そして、入口の方に向かい、廊下の方を見た。その先で何が行われているか分からなかったが、住職がこちらに向き直ると、その後ろから女性が現れた。60代ではないが、40代でもなさそうな、50代くらいに見える。五十嵐が言っていたオバサンはこの人だろう。
「姉です」
と言って、住職はオバサンを部屋の中に入れた。
するとオバサンはカクっと膝を落とし、その場に座り込んで泣き始めた。
「すみません、本当にすみませんでした」




