36.事件?
「ほお、朝から先生とお二人で内船のホームセンターへ?」
待合室で、オレたちは本署の2人の刑事から質問を受けている。
警察官に連れられて待合室へ移動したとき、そこにいるのは神主の家族だけだと思っていたのだが、どうやら2人の刑事が混ざっていたのだ。星影神社の神主が、五十嵐と全く同じ状態で見つかったことから、連続性のある事件だと判断したらしい。五十嵐と知人であったこと、昨日星影神社を訪ねていることから、どうやら真っ先に疑われたようだ。
しかし、星影神社の神主が笹嶺神社に向かった頃には、先生と共に内船のホームセンターに向かっていたこと、ホームセンターのレシートが存在していることから、疑いは少し解けたようである。
刑事の疑わしそうな視線にイラついたのか、医者がオレに言った。
「オルダのこと、言ってもいいですか?」
あまり広めてほしくないという想いはあるが、仕方ない気もする。オレは頷いた。
刑事は「オルダ?」と聞いてきた。
「少々お待ちください」
と医者は立ち上がると二階へ行き、クッション材に包まれた緑色の石を持って降りてきた。五十嵐のカバンの中からそれだけを持って降りてきたようだ。そして、医者は刑事たちにその石を見せた。
「これがオルダです」
「ただの石が何か?」
医者は石をこすった。すると、表面にオルダが現れた。
「なんですか、これ」
刑事の質問に対し、今度はオレが答えた。
「その虫がオルダです。石に住んでいる虫です」
「こんな生物初めて見たぞ。これが何か?」
この質問に対して、なぜか医者が答えた。
「神主さんの家にも同じ石があるそうです。刑事さんは、人間による事件を想定されているのかもしれませんが、もしかしたら人間によるものではなく、このオルダによる可能性もあるかもしれません」
「は?」
「五十嵐さんの時にもお話ししましたが、医学的な観点で見ても不可解なんですよ。人間が目玉をえぐったのなら、必ず血が流れます。しかし、血が流れた様子はありません。薬品を使った様子もない。となると、常識では考えられないことが起きているのではないかと、私は思います」
「その常識では考えられないことが、このオルダの仕業だと言うのですか?」
「戸塚さん、稲塾大学の教授の件、お伝えいただけますか?」
突然振られて、オレは動揺したが、仕方なく答えることにした。
「稲塾大学の教授の件とは何ですか?」
「稲塾大学の岡田教授です。3か月ほど前、初夏の暑い時期に市営住宅で孤独死されたようです。発見されたのは死後数日経ってからで、暑さも相まって腐敗が相当進んでいたようなのですが、両目が腐って無くなっていたと」
刑事たちは息を呑んだ。
「目玉が?」
「どうやら死因は急性心不全であることや、完全な密室であったことから、事件性はないと判断されたようなのですが…。岡田教授は石の研究をされていて、オルダの研究もしていたようなのです」
刑事たちは顔を見合わせて、年配の方の刑事が質問してきた。
「なぜ、あなたが岡田教授のことをご存じなのですが? お知り合いですか?」
「えっと…。知人の知人と言いますか、岡田教授は親族がいらっしゃらなかったようで、オレの知人に連絡が行ったみたいで、オレはその人から聞いた感じです。その知人は、岡田教授からこの村のことを聞いていたようで、初めに今2階で寝てる五十嵐に村の調査を依頼したようなんですけど、連絡が取れなくなったとかで、オレが派遣された感じです」
「警察に行方不明届は出されなかったのですか?」
「オレたちはオルダを探すのが仕事で、見つかったら連絡を入れるというのが普通なので、数か月連絡がないからって行方不明届を出すってことはないかと」
「そうですか」
若い方の刑事が、年配の方の刑事に「どうします?」と耳打ちした。
年配の方の刑事は人差し指の甲を口の下に当て、少し考える仕草をした。
「事件性はある。しかし、犯人は人間ではない可能性がある…。それが本当ならば事故扱いになるかもな…」
オレたちは、居心地が悪そうに刑事たちを眺めている。
そこに静かに警察官が近づいてきて、医者にボソッと伝えた。
「五十嵐さんの件、どうやら、五十嵐さんに親族がいらっしゃらないようです」
医者は動揺して「え…医療費?」と答えた。
「そこ、何を話してる?」
こちらを見て刑事が言った。
警察官は「はっ」と姿勢を正して言った。
「五十嵐さんの親族がいないことを先生にお伝えしただけであります。3か月間ずっと診ていただいておりますので」
医者は刑事に聞いた。
「五十嵐さんがもし目を覚まさない場合、うちでずっと面倒見るんですかね? 医療費は村の税金で賄っている状況なのですけど」
年配の方の刑事は人差し指の甲を口の下に当て、再び考える仕草をした。癖なのだろう。
「親族がいないなら、彼をこの村に派遣した人に持っていただいたらどうでしょう?」
刑事はまるでいいことを思いついたとでも言いたげな顔で言った。
「それは村が請求するんですか? それとも警察の方で?」
刑事はオレを指した。
「おたく、交渉してもらえませんか?」
「え…」
「おたくがもし事故に遭ったら、自分で医療費払います? いや、払わないでしょう。派遣させた人に請求するでしょう。そういうことです」
どういう理屈だと思いながら、オレは「分かりました」とも「無理です」とも答えなかった。
年配の方の刑事が人差し指の甲を口の下に当て、再び考える仕草をした。
「オルダの生態に詳しい先生とかご存じですか?」
刑事はオレに言ってきた。
「一番詳しかったのは、おそらく亡くなった岡田教授だと思います。他に研究されている方はいらっしゃらないと思います」
「そうですか。おたくは、他に目玉が無くなったという話をご存じではないですか?」
そこでなぜか畑谷が答えた。
「俺たちは今それを探しているんす」
刑事たちは「?」という反応をした。
「なぜ五十嵐さんの目が無くなってしまったのか、なぜ起きないのか、それを今調べてるんす」
「ほぅ、それで分かったことはありましたか?」
「無いから、今日も調査しようと思ってたんす。もしかしたら、星影神社の神主さんが何か知ってるんじゃないかと思っていた矢先に、こんなことになってしまった感じっす」




