10.村役場で
既に膀胱が限界に近付いている。オレは村役場に入ると真っすぐ受付に急いだ。
「すみません、トイレをお借りしたいのですが」
受付に座っていた白髪交じりの女性がオレにつられて慌てたように、向かって左側に手を向けた。
「あ、はい、奥の非常口のマークの手前にあります」
「ありがとうございます」
オレは足早にトイレに向かい、用を足した後、受付に戻った。
「すみません、ありがとうございました」
「ああ、はい」
受付の女性は少々素っ気ない態度だ。
木造の役場はさながら中学校の職員室という雰囲気で、初めての場所にも関わらず、懐かしい気持ちになった。少々耳の遠そうなおじいさんが別の窓口で何かの説明を受けているが、全く話が通じていなさそうなのが気になってしまう。
「この村の個人タクシーのことをお尋ねしたいのですが」
「はい」
「今も健在ですか?」
「は? 清水さんですか?」
「お名前は知らないです。すみません。この村唯一の個人タクシーがあると聞いたのですが、高齢の方で今営業しているか分からないと伺ったものですから」
「利用客が少ないので殆ど隠居されてますけど、廃業はしてないですよ」
オレはホッとしたような、不安が増したような複雑な想いになった。滅多に運転していない人の車で、あの山間の道を走るのは怖い。
「そうだ、コミュニティーバスの時刻表ありますか?」
受付の女性はあからさまな作り笑顔で、
「時刻表は入口の掲示板にあります」
オレは振り返って入口を見た。確かに掲示板に時刻表のようなものが貼られている。
「ちなみに、コミュニティーバスは県外の人間も利用できますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「金額は?」
「井出駅までですかね? 一律千円です」
「え…」
タクシーと比べると破格の安さである。タクシーを利用できないのならば、コミュニティバスを利用しても良さそうだ。となると、五十嵐が戻らない理由はタクシーがないという理由ではなさそうだと思った。
「あの、つかぬことをお伺いしますが、3か月くらい前に、20代前半くらいの茶髪の男が来ませんでしたか?」
受付の女性の表情が一瞬曇った。
「茶髪の男性…?」
「御存じですか?」
「…少々お待ちください」
受付の女性は奥の事務スペースの方に入っていき、書類棚の前に座る初老の女性に声をかけた。すると、その女性とともに戻ってきた。
「こちらの男性です」
受付の女性は、初老の女性に言った。すると、初老の女性は一枚の写真をオレに差し出した。
「茶髪の男性とは、この方でお間違いないですか?」
写真には、ベッドで眠っている五十嵐が写っていた。少しばかり痩せていて、右目の辺りがあざの様に青く、少しへこんでいるように見えた。オレは小さく頷いて、
「死んでる?」
初老の女性は首を大きく横に振り、ホッとしたように息を吐いた。
「亡くなってないです。眠っているだけです。良かった」
「良かった?」
「この方の身元が全く分からなくて困っていたのです」
「え…どういう状況なんですか?」
「ある場所で倒れておりまして、命に別状はないのですが、今なお眠ったままでして…」
「眠ったまま?」
「ご案内いたします」




