死者の言葉(3)
ノォトの一族は、オーディンから続く血筋である。
それは養父より伝え聞いていたことであった。
グリエルと話しながら、その歴史を確認する。
遡ること祖父の代において、多くの出来事があったという。
まず、祖父が生まれるときのことだ。曽祖父と曽祖母の二人はなかなか子宝に恵まれなかった。天に祈り、その真摯な祈りは果たして届いた。ある日、美しい娘がやってきて黄金の林檎を渡す。「この林檎を食せば、子は生まれるでしょう」と。
そして祖父は王として名を馳せ、さらには父とその兄弟を産んだ。
やがて魔剣〈夜明けの剣〉をめぐる争いがあり、祖父と父の兄弟は死んでしまった。
父はそれから幾度となく戦い、王として君臨し、やがて母との愛のために死んだ。
ノォトの理解はそれまでであった。
『如何にも。それは真実であるが、全てではない』
「全てでは、ない?」
『左様。この世にあるありとあらゆる争いも、全てが全て、オーディンの仕組んだものだ』
ぶるり、と震えたのはリィンだった。
彼女は唇をわななかせている。顔も真っ青であった。
「リィン……」
「いいえ、聞いてください、ノォトさま。いずれ話さなければならず、そして貴方が聞かなければならないことです。私には、とても口にはできないことなのですから」
死をも覚悟するかのような言い振りであった。
それに、とリィンは続ける。
「知って、ほしいのです」
そう言われると、わかった、としかノォトは返すことができない。
『始めの争いは、ある氏族に魔剣が投じられたことだった。魔剣は血を浴びるほどに鋭さを増すものであった。その銘は〈千血の剣〉。これにより強さを求めた王は戦を幾度も行った。あるいは、願いを叶えると謳って投じられた魔剣もあった。銘は〈螺旋の剣〉。幾人もの戦士の手を渡り、争いを絶えさせなかった』
わかるな? とグリエルは言う。
『全ては戦いを起こすため。人の意識がすべて戦いへと向くようにするため。そして、その中に、オーディンは多くの血を”混ぜた”。言わずともわかるだろう、自身の血をだ。より優れた英霊として生み出すために……』
それこそがノォトの継いでいる血であった。
戦いへと向かう本能と、冷酷ながらも血を好む気性であった。
そして、人々が争いを求めるのもすべて、大神オーディンが仕組んだこと。
ノォトはくらり、ときた。しかしそれは、予期していないことでは決してなかった。
『ノォト、おぬしの父君もそうであった』
かつてと同じように、グリエルは言った。
『父君は、己が子を捧げた。戦うために、家族の復讐をするために。刃を通さぬ獣の皮を、子に縫い付けたのだ。まずは熊を。次に狼を。やがてその子は、何とも似つかわぬ獣へと成り果てた。子を捧げたのだよ、戦いのために』
ノォトの脳裏に、蘇ったものがあった。
幾度となく戦った魔狼のことだ。
姿を変え、手を変え、人ならざる身でありながら人の技と思考を使う獣。倒れたときに見せた、父によく似た顔立ち。
彼の正体こそが、異母兄だ。
はは、と力なく笑う。兄弟だったのだ。紛れもない兄弟を、ノォトはこの手にかけていたのだ。
それこそが血の宿命なのだと、思い知らされる。
「そうか。この世のあまねく全ては、運命の輪の中だったか……」
『人の中にはすでに、オーディンの軛が埋め込まれている』
軛とは言い得て妙だ。ノォトは思った。
自分たちは飼われている。死ぬために生きている。大神オーディンはそう刻んでいるのだ。人の肉体に。
ノォトの中にあったわだかまりの正体はこれだったのだ。たどり着こうとすると、いつも起こる頭痛も、オーディンによる阻害であったのだ。
『ふむ……もはや時間がないな。どうやら伝えるべきことを伝えた今、儂の投影体がここに存在する意味を失くそうとしている』
グリエルはそう言った。
しかし不思議と、嘆いてなどいない。いいや、死を迎えた彼にとって嘆きなどもはや無用なものなのだろう。
『ノォトよ。これだけは言っておく。進むしかない。進んだ先にしか、答えはない』
そう言って、グリエルは消えた。まるで霧が払われたかのようだった。
ノォトはがくりとうなだれる。
残った彼の遺体に祈りを捧げた。
祈る神も信じられないままに。
ノォトとリィンは、翌日にはもう帰路についていた。
運命からは逃れられない。
予言に歌われる滅びの運命も、そうだ。
大神オーディンは滅びを最後という最後で食い止めるべく、運命を逆手にとって、人々を苦しめると知っていて、英霊が生み出される仕組みを作ったのだ。
果たして、かの大神がそこまでしているものに、自分のような矮小な存在がどれほどのことができるのか。
自分の手に、リィンの手が重ねられた。指にはめられた黄金が、ノォトを冷静にする。
震えることはもうなかった彼女であったが、憂げな顔を浮かべている。
大丈夫、と口にした。決してそんなことはないはずだ。それでもそう言ったのは、たとえ嘘でもそれが、前に進む理由になるからだった。
「結末は誰の手にも渡っていない」
リィンが言った。ノォトは彼女の顔を見た。
「まだ何も、終わってない。終わってないなら、諦めない」
短く、力強く。誰かを責めることなく、決意をするように。
そしてそれはノォトの決意でもあった。
何も終わっていないのだから。進んだ先にしか答えはないのだから。
頭を巡らせる。多くの困難があった。
破滅の予言。
血の宿命。
オーディンの計画。
ヘルの恋。
ロキの野望。
けれども。ノォトはまだ諦めない。諦めてはならないのだ。
フィオネに託された人の王とはすなわち、そういうことなのだろうと思ったから。




