死者の言葉(2)
『……こうして生を失い、肉の体から離れてみると、いかに多くの事柄に縛られていたものだのう』
心なしか、晴れ晴れとしたようにグリエルは言う。
ノォトは頷く。それは自分もまた日頃から感じていたことだった。
自分たちは何かに縛られている。まるで生まれたその瞬間から、できることに制約がかけられているように。
竜の力を手に入れて、特にそのことを感じるようになった。
理解の及ぼす範囲が広くなるとともに、不可侵の領域があることを。
『しかし、一度死んだことで、その制約から放たれることとなった。いまだから、語ろう』
グリエルはにんまりと笑う。
まるで、初めからこれが目的であるかのようだった。死したいまに語るべくして、いままで生きてきたのか。
そう思うだけで、魔法使いという人物の果てを思い震える。
『ノォト、まずはお前に、この世を襲う災厄について話さねばなるまい。全てを語るにはあまりに時間がないが、戦乙女たる彼女が隣にいるならばわかるときが来るだろう』
そう前置きして、グリエルは語る。その厄災を歌った。
* * *
古より曰く 孤独なりし竜
永久より強く 黄金なりし勇
天地は結ばれ 橋は意味をなさず
彼の地が滅びゆくのを止めること能わず
日を喰む獣 跨るは死
地を這う魔物 蘇る王
悲しみの刃は翻り
輝きを堕とさん
花は眠り 空は陰る
落ちる雷 消える光
盛る炎 朽ちる樹木
竜は蘇り 黄金は滴る
世界は蛇によって無に還り
父と子は復讐に燃える
分かたれし二つはいま一つとなりて
戦は瞼を閉じるだろう
* * *
滔々と歌ったグリエル。聞き覚えがありながら、しかし内容は異なっていた。
世界の終焉、それは日を喰む獣のことなのだとノォトはリィンに教えられた。そのとき、人の王として立つのがノォトであってほしいとフィオネに言われた。
ふたつは結びついていたはずなのに、ノォトの中で何かが瓦解するのが聞こえた。
その詩に、驚いたのはリィンであった。
「まさか、それは……父が聞いたという予言?」
『左様だ、戦乙女の君。しかし、これとてその予言の一部にしか過ぎない。この予言より前には、この世の誕生が語られていたはずなのだ。全てを知るのは、大神オーディンのみ』
「しかし、私たち戦乙女とてその予言を聞くことは叶わなかった。それをなぜ、貴方が」
『儂もまた、目を得た者だからだ』
グリエルは言った。
目を得る、と。オーディンは無限の智慧と果てまで見通す片目のために、もう一方の目を代償としていると聞いている。己が見た光景を実現させるために、あらゆる手段を思い浮かべることができるという目だ。
なるほど、グリエルの運命を見通す目は、そのためであったからか。ノォトは納得しかけて、しかし引っかかるものがあった。
微笑むグリエルであったが、影もそこにあった。
『さすがに、気づくか。そうだ、儂はあるものを生贄に捧げた。王になるより前、我が子の一人を、捧げたのだ』
ノォトは息を飲んだ。
グリエルが、自分の養父であるブロムのように子を物として扱った。
それは魔法使いとしては正しい姿なのかもしれない。だが、その行為の悍ましさは、どうにもグリエルにそぐわない。
『かつては何も手段を選ばぬ者であった。しかし、力を得たその折に見た光景は……儂の行う全てを無意味に変えた。今ならわかる。オーディンが何をしようとしているのか。何のために争っているのか。ノォト、おぬしの一族が、どのような謀りごとの果てに死したのかもな』
「それは、我が一族が英霊になるために生まれる、ということか?」
「ノォト……」
それは薄々気づいていたのものの、決して口にはしなかったこと、口にはできなかったことだ。
オーディンの目的が、自分の配下たる英霊たちを増やすことなのだとしたら。
『左様。お主の一族は、大神オーディンの血を引き、そしてオーディンに捧げられるための一族であり、それは儂もまた同じだ。そして彼の手繰る策略は運命と名乗っている』
さらりと、彼は言う。大切なようで、そうではないこと。
残酷なことだが告げねばならぬ。グリエルはそう言った。
『ノォト、これから先どうするかはお主が決める。遠き昔に同じ血を受け継いだ者として、先行く我が子へと、伝えねばならない。子を売る狂気の血について。この世の終わりのことなど、もののついでだ。真に伝えるべきは、これから語ること』
ノォトは頷く。それは父のことであり、大神のことであり……いつか戦った、魔の狼のことである。
ひそやかな覚悟があった。




