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烈日王に極光の歌  作者: ジョシュア
愛の歌
90/102

死者の言葉(1)

 ノォトはグラ二を走らせる。

 灰の馬は、二年の時を経てその体はさらに大きくなり、脚の速さにも磨きがかかっていた。

 リィンを乗せていても、脚力は劣ることなく、まっすぐにグリエルの城へと向かった。


 数日も経った頃に、二人はグリエルの城へと到着する。

 消息を絶った他国の王子が、見知らぬ美しい女性を連れて城へやってくる。そのことに驚いた衛兵であったが、グリエルからの手紙を見せると、中にまですんなりと案内される。


「王は先ほど、崩御されました」

「……そうか」


 ノォトたちを案内する兵士の一人が言った。

 それは仕方のないことだと思った。連絡を寄越した時点で、すでに死の間際にいたのだから、これだけ時間が経ってしまえばそれもあり得るとは思っていた。

 一方で、グリエルならばそのことさえ予見していたのではとも思う。にも関わらず、ノォトに自分の死の刻を知らせたからには、何か意図があるはずだ。

 部屋の前まで案内される。グリエルの寝室であった。

 ……死者の眠る部屋へと入る。

 そのことが、ノォトは戦場へ向かうよりも恐ろしく感じられた。

 震えた手で戸を開けた。

 広い質素な部屋に、眠っているのはグリエル一人。

 王の寝室であるが娯楽の調度品などは一切なく、彼の性格がうかがえた。


「この方が……」

「ああ。賢王グリエル。俺と父を導いてくれた男だ」


 リィンに向けて言う。

 しかし、その姿はノォトがよく見知ったものではない。以前にもまして痩せ細っていて、面影は残っているが、言われなければ他人だと思ってしまう。

 果たして、本当の年齢はいくつなのだろうか。ともすれば百どころか二百と言われても驚きはしない。

 それほどまでの威厳が彼にはあった。その上で親しみやすい人であったことを、ノォトはよく覚えている。

 もとより、飾りのような王であった。彼の整えた治政体制が上手くいき、先見の明が優れた者を選出し続けた。崩御後百年は安泰であろうとさえ言われている。

 けれども、この死をきっかけに変わることはたくさんある。ともすれば、彼が見た未来さえも変えてしまいそうなほどに。


「ノォトさま。私にはわかりませんが……不思議と、理解はできます。この方は優れた方なのですね」


 リィンはそう言った。


「この身は戦士を導く者。ですから、彼がどのような戦士であったかはわかります。戦場に立つよりも、玉座に座ることを戦いとし、その玉座から様々な差配を行い、戦わずして勝つことを至上とした者なのでしょう。それは我らが父が尊ぶものではありませんが、人としてとても正しいものなのだと、今の私にはわかります」


 今の、とリィンは言った。

 戦乙女としての尺度ではなく、人としての尺度で測り、素晴らしいと賞賛する。

 それがこの二年で、リィンが得たものであった。

 けれども、ノォトは首を横に振った。


「正しい、なんてことはないだろう。彼を前にして言うのは良くないかもしれないが。きっと、グリエルとて苦渋の決断が多くあったはずだ」


 村一つを捨てざるを得なかったこと。

 無情を貫いて奇襲という手段を選ばざるを得なかったこと。

 あるいは糧食を制限し、あるときは貿易さえを用いて、相手に飢えを強いたことだってある。

 それが人を率いる者としての、責務だと信じて。

 善だとか、悪だとか、決して小さくないそれらを飲み込んで、ときに非情な決断をすることが、王なのである。

 自分の目指す道はそれではない。そう決断していまがあるが、そうした決断をしてきた王たちへの畏敬の念はなくなっていない。


『言うようになったのう、ノォト』


 声が響いた。それは耳から聞こえたものではなかった。まるで、直接に理解させられたかのような感覚がした。

 ノォトとリィンは、思わず辺りを見渡す。

 いいや、わかっている。この声の主が誰なのか。


「グリエル!」

『いかにも』


 すうっと、それは姿を現した。

 光だった。あるいは、日に透かした布のようでもあった。

 霊体とも云うべき姿にグリエルはなっていた。


『ついに至ったか、ノォト。それに隣にいるのは、戦乙女ヴァルキリーか。戦士でない儂はついぞ出会うことは叶わないと思っていたが、思わぬところで対面することなったな』


 死んだというのに、呑気な声だった。

 むしろこうして生を終えたあとだからこそ、穏当であれるのだろうか。

 唖然とするノォトとリィン。自分たちを芸当で驚かすことができるのは、この世においていないと思っていた。


「そんな、霊体の召喚……それも自らの姿を? いいえ、我が父であっても死者の召喚は女神ヘルの許しを得なければならなかった。であれば、これは意識体を投射している?」

『さすがは戦乙女よ。魔法への造詣が深い。いかにも、私は自らの残された意識をこの時に投射している。しかし、影に過ぎない故、いずれ消えるしかあるまい。そのことを許してほしい』


 あくまで謙遜をするようにグリエルは言った。

 魔法のことをある程度理解しているが、ノォトの目から見れば、それは神域にある魔法のように思えた。

 だが、時間があまりないということは理解できる。

 ノォトはじっと待った。グリエルは目を閉じ、むしろ若々しく、笑ったのであった。

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