目覚めの刻(2)
ノォトは己の為したことを、きちんと理解をしているわけではない。
だが確信があった。竜の力とは孤独の力だ。それは魔法をも断絶するものだ。
巨人の持つ権能に匹敵するものだろう、とノォトは考えている。
もちろん、推論でしかない。魔法などについて通り一遍の知識を持っているが、ブロムには及ばない。
フィオネにいつか会ったときに聞こう、程度にしか考えていなかった。
魔剣を握って、一歩近づく。
ブロムは恐れおののいて、魔法を連打した。
そのことごとくをノォトは無効化していく。
まるで鋼の鎧を纏っているようにブロムには見えただろうか。
「そうかそれが竜の力か! あの邪竜が無敵を誇っていた理由か! なるほど、防御という概念もおこがましいな。いや、それはまるで……」
ブロムは一人で納得しているようだった。
それにもお構いなしに、ノォトはブロムへとせまった。一度、魔剣を軽く振るえばブロムはひっくり返る。
馬から落ちて尻餅をついたブロムに、魔剣を突きつける。
突き立った輝く魔剣は、その冴えを首筋へ向けていた。
ひっ、と息を飲んだブロム。
鍛冶師であり魔法使いである彼は刃を向けられたことなど、ほとんどないのだろう。
「貴様、ノォト、育ての親に刃を向けるのか!」
「そうだ」
「ふん。王というのは欲に溺れればみなそうなるのか。フンディングも、アルヴァルトもそうだったであろう。お前の目指す王はそういうものなのか?」
「違う。俺は彼らではない」
「であればこの剣を引くのだ。冷徹なる者の誹りを受けたくなければな」
早くするんだ、ノォト。
ブロムはそう言い続けた。だが、ノォトは従わない。
もうこの男の言葉には踊らされない。
「ブロム、お前は言ったな。邪竜を倒せと。その成果と、邪竜の黄金でお前は王になると」
それは旅立つ前からずっと言い続けていたことだった。
「見ろ、俺は邪竜を倒した。そして黄金を手に入れた。俺が王に足らぬものはあるか?」
「養父を労わる優しさはどうした」
ノォトは魔剣を引いた。ブロムはほっとしたようにため息を吐く。
そしてブロムを立ち上がらせると、ノォトは言った。
「慈悲は見せた。お前の罪過を問うことはしない。だが、次はない」
「どういう意味だ?」
「俺の黄金を、お前がどうする権利はない。俺は俺のために、黄金を使う。そして我が財を脅かそうとした罪を、一度は許そうと言った」
なんと傲慢な! とブロムは言った。
そうだろう、と思う。自分には自分の法があった。
慈悲は与えよう。これまでの恩に応えよう。望むのなら、ともに来てほしかった。
だが、この男と自分の道は交わらない。
であれば、その道は阻むまい。生きて欲しいと願った。
「生きろ、養父ブロムよ。黄金の一握りがあれば、自由に暮らすこともできよう。それを以って、俺はお前への思いを証明しよう」
ノォトができる、唯一の報いだった。
もはや子ではいられない。決別の時だと思った。
背中を向けた。もう会うこともないだろう。別れの言葉は不要だ。
普通ではないだろう。だがノォトは養父への思いを捨て切れなかった。
「ふざけるな! 何のためにお前を育てたと思っている!」
ブロムがそう叫んだ。
振り向くことなく、ノォトはその言葉を聞く。
「あの忌々しき邪竜を討つためだ! あの美しい黄金の輝きを手に入れるためだ! お前はそのための物だった! あれこそが求めていたもの。あれこそがこの世の真理だ! なぜだ、なぜそれの扱い方も知らない者が、手に入れるのだ」
魔力の高まりを感じた。ブロムがルーンを刻んでいる。
彼とて、それは無意味だとわかっているだろう。それでもやらずにはいられないのは、意地か。
ノォトはブロムの姿に、邪竜を見た。彼の言っていることはノォトを思ってのことではない。すべて自分のことなのだ。
誰かに抱く感情を、ひとのものにして語っているだけだ。
「養父よ」
ノォトは魔剣を構える。ブロムは、目を見開いていた。
「次はないと言ったはずだ」
そして、風よりも早く魔剣を振り抜いた。
荒野に血が飛び散った。魔法ごと術者を斬ってみせた。
ブロムは倒れる。悲鳴をあげることもなく、一振りのもとに。
痛みもなく斬ったことを、慈悲だ、などとは言わない。それほどノォトは優しくはない。
一方で、自分の手で親を殺めた。そのことに躊躇いがなかったと言えば嘘になる。
「人は……物なんかじゃない」
以前は、逃げられなかった。
今は、逃げないことを選んだ。
それはとても大きな違いのように思えた。
ノォトは空を見上げる。
そして誓う。
二度と、自分のような者が生まれない世界にしようと。




