目覚めの刻(1)
目を覚ましたノォトは、軋む体を持ち上げた。
邪竜が目の前に倒れているはずだが、どうしてかその姿はなかった。地面に残っている血痕が戦いに勝利したことを物語っていた。
自分の体を見る。ぼろぼろであったが、傷は不思議なことにすべて塞がっていた。血を失ったことの倦怠感もなく、むしろ血の通う感覚さえわかるほどだった。
防具はすでにぼろぼろだった。傷一つつかない魔剣の方が異様だとも言えた。
立ち上がって、周囲を見渡した。黄金はそこにあった。しかし、自ら発するような輝きは失われている。ただの黄金になっている。それでもひとすくいすれば一人が一生を過ごす分の価値があることには変わりない。
しかしグラニに載せるにしても限度があるだろう。すべてを運ぶには何往復かしなければならない。
ついで、指を見た。そこにはノォトが身につけていなかったはずの、黄金の指環があった。今度は、この指環から光を発しているように見えた。
ノォトは魔剣だけを握って立ち上がった。
疲れまではとれていないようだった。重い体を引きずって、洞窟の出口を目指す。
夕暮れどきに入ったはずだったが、外は明るくなっていた。一夜を明かしたか、と思うが正確な時間はわからなかった。
何しろ、邪竜との戦いはまるで永遠のように感じられた。眠っていた時間もどれほどかわからない。
日の光が眩しかった。夜が明けて、あまり時間も経っていないのだろう。日がそこまで高く昇っていない。
向こうから何かが駆けてくるのが見えた。荒野であるから、身を隠すものもないからすぐにわかった。
「グラニ!」
ノォトもまた駆け寄って、グラニの首を抱きしめた。
友との再会に心が和らいだ。
しばらく彼の毛を撫でて、心を落ち着ける。
頼もしい友がいないことに不安を覚えていたが、生きのびたことの感動の方が大きい。
そして遅れて、ブロムがやってきた。ノォトを労うこともなく、一目散に洞窟へと向かっていく。
いかにも彼らしいと笑って待っていると、戸惑った様子で戻ってくる。
「おかしい、邪竜の姿も、黄金の輝きも失われている」
「確かに邪竜の姿は失われていたが、黄金が輝きを失うことはないだろう」
ノォトは言った。邪竜は確かにこの手で倒した。しかし黄金の輝きについては……。
はたと気づく。ブロムは初めから黄金の輝き……ノォトの指環の力を狙っていたのではないだろうか。
黄金の財産は、ノォトにくれてやるつもりだった。しかし彼が魔法使いとして、あるいは一人のひととして求めていたのは竜の力なのではないだろうか。
そして、その予感は的中していたようだった。ノォトの指にある輝きを目にすると、ブロムは形相を変えた。
「ノォト、その指環はどうした?」
「邪竜を討つときに手に入れた。いや、力を貸してくれたのだ」
そうとしか言いようがなかった。力を貸してくれた、というのが正しいのかはわからなかったが。
ノォトが指を見せると、ブロムは手を伸ばした。
「おお、それこそは紛れもなく、フレイヤのごとき輝き! 真なる黄金の輝きよ! ノォト、それを渡すのだ」
自分の指に手をかける。しかし、そこで止まった。
本当に渡していいのだろうか。あの男に、この指環を。
これは膨大な力を秘めている。これを、私利私欲にまみれた男が持っていいのだろうか。
それを言えば、ノォトもひとのことは言えないだろう。それでも嫌な予感がした。
手放してはいけない。そうしてしまえば、大変なことが起こる。
再び邪竜が生まれてしまう。また誰かが犠牲となる。
そう考えるだけで、渡さないには十分な理由になった。
そしてこれが、ノォトの初めての我儘だった。
「これを渡すことはできない」
「ほう? 養父たる私に逆らうのか?」
「そうだ。俺は俺の意思で、お前の願いを断ろう」
ノォトの反逆だった。そしてそれは、己こそが王であると示す行為だった。
ブロムはその手に魔力を込めた。ノォトは、その魔法をどうしてか恐れなかった。
邪竜と比較してか。なるほど確かに、邪竜の吐く炎に比べれば、大したことのないものだろう。
だが、防具を身に付けていないノォトは、矢の一つでも受けてしまえば致命傷になる。それが魔法となればなおさら、防ぐのが厳しくなろう。
ましてや相手はブロムである。魔法使いとして卓越している彼の一撃は、必殺と言っても過言ではない。
「来い」
グラニの前に立って、ノォトは言った。
光が放たれる。純粋な魔力の一撃だ。ノォトはそれを胸に受けた。
金属をぶつけたような、大きな音がした。いくつもの技術が用いられた炸裂弾だった。
「なに……!?」
だが、ノォトは立っている。それどころか傷ひとつ負っていない。
まるで魔法がかき消えたかのようだった。




