ドヴェルグの炉(1)
声が聞こえた気がした。いつのまにか目の前は真っ暗で、けれども仄かな暖かさを感じていた。
夢は覚めたのだ、と思うのもつかの間、またもここはどこなのかという疑問が浮かんだ。自分は冷たい谷底の川に流されていたはずだ。けれどもいま、ノォトは暖かい感覚があった。少なくとも、水の中ではなさそうだ。
うっすら、眼を開ける。薄い光があった。それは日の光ではなく、火の光だろう。
体が揺れる。誰かの手によって、揺らされている。ぼんやりとした思考で、それだけがわかった。
いよいよ、冥府から迎えでもきたのか、と思った。最後に見た夢は、嬉しいのか悲しいのかわからないものであったから、もう少しましなものを見せてほしかった、などと意味のないことを考える。例えば、戦乙女の夢とか。
(馬鹿馬鹿しい)
散々見たはずだろう、そしていまだって夢見ているだろう。そう思いながらも、少しだけ自己嫌悪に陥った。
体を揺らす手が強くなった。仕方ない、そろそろ起きるかと思ったときだった。
「起きなさい! 起きてるの、わかってるんだからね!」
そういって、拳が降ってきた。とっさにノォトはその拳を受け止める。寝ぼけていた頭が、一気に晴れた。
体を起こして、眼を開く。拳の主人はやはりフィオネだった。彼女は怒った形相を浮かべている。ノォトはその拳を握った手をそっと離した。
「なによ、気持ち悪い笑みを浮かべてくれちゃって。いい夢でも見たわけ?」
「そんないい夢ではなかった」
「へえ? 女の子の夢でしょ、どうせ。王子様なんだから、女の子も選り取り見取りなんでしょうね! まったく心配して損した」
「心配してくれたのか」
ノォトがそう言うと、フィオネは枕をノォトの顔に叩きつけてどこかへ行ってしまう。
そこでようやく、ここがどこかの一室であることを知った。寝台の上で寝かされていたようだ。そして部屋も、一面が岩壁であり穴の中を思わせた。
「おいおい、可愛い嬢ちゃんに意地悪をしてやるな」
声がした。部屋の入り口に、小さな影がある。ドヴェルグだとすぐにわかった。
彼はずかずかと入ってくると、ノォトの横に立つ。そして上から下まで眺めて、ため息を吐いた。
「ノォトと言っていたか。あの嬢ちゃんに感謝しな。エルフのくせに、俺らドヴェルグに頭を下げて面倒を見させたんだ」
「そうだったのか……」
それは悪いことをしたな、とノォトは一人反省をする。今度会ったときはきちんと感謝の言葉を述べなくてはとも思った。
「そちらこそ、感謝する。死を覚悟していた」
「いくら俺らが忌み嫌うエルフとはいえ、可愛い女の子の頼みは断れない。採掘場近くに流れてきたお前を見つけたときは、俺らはみんな殺すか放っておくべきだと言っていたからな。だが、あの嬢ちゃんがやってきて、頭を下げてきた。あのエルフがだぞ。信じられるか?」
ノォトは、前なら頷いていただろう。人とドヴェルグの仲は悪くない。ブロックのような人の世界に流れてくるドヴェルグもいないわけではなく、彼らは総じて様々な技術に精通する者だから、有益なことをたくさん教えてくれる。だが、エルフとドヴェルグの仲は悪く、人とエルフもよほどなことでもない限り接点はない。
ゆえに、自分たちはエルフを誇り高く、行き過ぎると傲慢であるような印象を受けるのだが、ノォトの中でその思い込みはフィオネと過ごすことで変わってきていた。彼女は数あるエルフの中でも、特別だと。
「まあ、お前を助けた理由はそれだけじゃない」
そう言って、ドヴェルグは手紙を取り出した。その手紙は濡れてぼろぼろになっていたが、間違いなくノォトがブロックからもらったものであった。
「こいつを読めとあの子が言うもんだからな。まあ、読んでびっくりしたぞ」
ぱらぱらと、手紙を広げたドヴェルグ。それを流して読んでいた。
ノォトは思わず、口を開く。
「それは旅をしていたドヴェルグ、ブロックからもらったものだ。ドヴェルグの国に住まう彼の弟、エイトリに渡せと言われた」
「ああ、だからな」
ドヴェルグは自分のことを指差す。いやらしい笑みを浮かべて、いった。
「俺がこの国の王の一人にしてブロックの弟、エイトリだ。兄の友人たるお前を歓迎しよう」




