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BREAK!! (龍輝×薫)Reboot  作者: AKIRA


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1/8

Act1 廊下の隅、阿修羅の影

 夜の埠頭。潮風が龍輝の頬を刺す。

リムジンの窓が僅かに下がり、薫の白い指先から封筒が差し出される。


「はい、今日の報酬」


龍輝はその手紙を奪い取るように受け取ると、汚れた指が紙を汚さないように、慎重に封を切った。小学校で習った文字を、暗い街灯の下で一つずつ辿る。


『龍輝、元気でやっていますか?私のことは心配しないで』


たったこれだけ。けれども龍輝はこの文字の羅列を、世界で最も尊い経典のように見つめた。

彼の中に残る母親の記憶。それは温かい抱擁でも、優しい子守歌でもない。

冷たくて硬い、廊下の板の感触だ。


加納家の本家。巨大な「阿修羅像」が睨みをきかせる大広間。

その華やかな喧騒から切り離された、廊下の最後尾、影が溜まる隅。

そこが、龍輝と使用人である母親に許された唯一の居場所だった。


母親はいつも、床に額を擦り付けるようにして平伏していた。龍輝は加納の血を引きながら、決して中に入ることを許されない「(けが)れ」として、ただひたすらに低姿勢を貫く背中。

同じく龍輝は、その母親の隣で正座し、磨き上げられた床の木目だけを見つめていた。


「……こら、龍輝、決して顔を上げちゃダメ。……私たちは石になるのよ」


母親の細い指が、龍輝の手を痛いほど握りしめていた。彼女は言葉で愛を語る余裕などなかった。ただ、誰よりも低く、誰よりも卑屈に振る舞うことで、息子が「処分」されるのを防いでいた。


だからこそ。

今、手の中にあるこの「手紙」は、龍輝にとって奇跡だった。


あの長い廊下で、石のように黙り込み、床に額を押し当てていた母親が、自分の為に「言葉」を紡いでいる。

「元気でやっていますか?」という短い問いかけ。

それは、あの冷たい廊下で、彼女が必死に飲み込み続けていた、血を吐くような愛情の結晶だと、龍輝は妄信していた。


「……母さん」


龍輝は手紙をぎゅっと握り締める。

薫は、車内からその様子を無表情に見つめていた。龍輝がこの手紙に依存すればするほど、彼は「阿修羅の廊下」から自分を引き上げてくれた薫に、魂を売り渡していく。


(……九条 龍輝。……次はもっと大きな仕事を期待しているわね)


「……次も、お願いするわ」

「……分かっている。何でもやる」


龍輝の瞳に宿るのは、理性でも知性でもない。

「もう二度と、母さんに床を舐めさせない」という、呪いにも似た一途な殺意だった。


その様子を、数キロ先のモニター越しに航聖が「演算」していることは、まだ龍輝は気づいてはいない。

今、この埠頭にあるのは、薫という飼い主と、手紙という鎖で繋がれた一匹の「猟犬」の姿だけだった。

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