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ArcanaReWrite  作者: 上月琴葉
第一部
2/38

第一幕 カタリベ、はじめました。

 ーー声が聴こえる。身体中に流れ込んでくる何かが僕に語りかけてくる。


 眠りの中で僕はただ、それらの声を聞いている。


「こんなこともう辞めさせるべきだ。あの男の考えには賛同できない」


「わたくしも同意見ですけれど、【因子】を宝石に封じられた身では何もできませんわ」


「良いぜ、もっと続けろよ!【因子】を山ほど取り込んだら最強のヤツが出来るだろ?」


「私がとりあえず生命維持を。この子が耐えられるかは別ですけど……」


 ある時、絶え間なく続いていた会話がふっと消えた。


 無音の白の中で僕はただ佇んでいる。


「おーい」


 静寂を破るのは聞き覚えのない誰かの声。


「起きろー」


 僕だって、目覚めたい。だけど目覚め方がわからない。


「いつまでも眠っててもつまんないだろ?ほら、こいつもふもふだぞー」


 白の世界にもふもふした二足歩行の鳥が現れる。


 鳥は僕を導くように歩き出す。


 もふもふ。もふもふってどんな感じなのかな。


 鳥の後をついていく。白い光が強くなり、何も見えなくなった。


「もふもふ……」


「お、起きた」


「もふもふ……は……」


 目に映ったのは知らない天井だった。もふもふした鳥はどこに行ったのだろう?


「ほら。とりあえずぬいぐるみだけど。とうがらしぺんぎんスパイシー!!の限定品だぞー」


 指先にもふもふしたものが触れた。もっと触れたくて体を起こす。


「おはよう。えっと……なんて呼べば良いんだ?」


「【失敗作】」


 いつも呼ばれていた名前を口にすると、見知らぬ男の人は明らかにしかめっ面になる。


「それは名前じゃないよ。仕方ない。ここは俺が名付けよう。苗字もあった方がいいし……天乃 紡。よし、お前は今日から紡だ」


「ツムギ。僕は、ツムギ……」


 初めてもらった名前を何度も口にする。素敵な響きだ。


「俺は宝 萊人。ライトって呼んでくれ。どこか痛いとことかはないか?チューブはなるべく丁寧に外したけど、あの日は急いでたから……」


「どこも痛くないです。今までずっと身体中痛かったからむしろ変な感じですけど」


「そりゃ何より。じゃあ着替えて食堂で朝ごはんだ。……もしかして服の着方がわからないとかある?」


「……うん」


 僕の世界は培養槽の中にしかなかったから、頷くしかなかった。


**


「着いた」


「何だろう……いい匂いがする……」


 萊人と紡は図書艦の屋上にある食堂にやってきた。


 紡は落ち着かない様子でスパイシーのぬいぐるみを抱きしめている。


「もしかして食事も初めて?」


「うん……多分ライトが外したチューブで生命維持もしてたんだと思う」


「じゃあとりあえず気になるものを食べてみる?食堂のご飯はタダなんだし。好物があった方が人生楽しいし」


 紡は少しずつ気になるものを皿に盛り付けていく。


「席は緋弦ちゃんたちにとってもらってる。ほら、あそこ」


「は、はい」


 萊人に促されて、紡はテーブルについた。


「あ、目が覚めたんや。よかったー。あ、宵霧は昼間は寝てるから夕食の時に紹介するな?あたしは金山緋弦や。隣にいるのは香宮津紫穂。よろしゅうな」


「あ、えっと僕は天乃 紡。ライトに名付けてもらって……」


「紡か。あまり固くならないでくれ」


 紫穂の視線が紡の抱いているスパイシーぬいぐるみに注がれる。


「……鳥は好きか?」


「もふもふな鳥はきっと好きです。このぬいぐるみ、落ち着きます」


「……そうか。……鳥はいいぞ」


 紫穂はとびきりの笑顔で言って、すっと視線を逸らした。


「じゃあいただきます」


 紡も萊人たちに合わせて小さくいただきます、と手を合わせる。


 スプーンで取ってきた食べ物をすくって口に運ぶ。


「あ……美味しい」


「初めての食事が美味しくて何よりだよ。極端に美味しくないものがあったら言ってね。【属性因子】が体質に合わないってことだからその【属性因子】を含むものはあんまり食べちゃだめなんだ」


「【属性因子】……?」


 紡は初めて聞いた様子で首を傾げる。


「あー……ツムギはこの世界についての知識がないんだよね。カリキュラムで詳しくはやってもらうとして……簡単に説明するとね」


 ーーこの世界はシルクスと呼ばれている。


 言い伝えによれば、この世界には遥か昔には精霊という存在がいたらしい。


 それから数千年の時が経ち、人と精霊は住む世界を完全に分かつ。


 ただし、それでも世界に根付いた【因子】は消えることがなかった。


 その【因子】を受け継ぐシルクスの人間たちはいつからか【属性因子】を食らうようになった。基本的に、自分の【因子】と引き合う【属性因子】のみしか接種できず、合わないものを食べると【因子アレルギー】を引き起こす。


 そのため生まれてすぐに自分の【因子】検査を受けるのだと。


「ツムギは【因子】検査自体ができなかったからね。栄養失調と衰弱がひどかったから……今日やっと起きたばかりなんだよ」


「ならば食堂に連れてきたのは何故だ?」


「人生初めての食事は楽しい方がいいって東雲様の方針だよ。一応最低限の血液検査はしてるし、食堂のメニューも調整してもらってる」


「そうやなあ。食事は楽しく、美味しくや。で、気に入ったもんはあった?」


「気になるものはあるんです。スパイシーっていうぬいぐるみってとうがらしぺんぎんって鳥らしいんですけど、【とうがらし】ってどれですか?」


 目を輝かせる紡に、緋弦は鮮やかな赤色の料理を差し出す。


「とうがらしは調味料みたいなもんで直接はあんまり食べんのや。これ、麻婆豆腐。東華区の名物料理なんやけど、辛いで?無理はせんとき?」


「いただきます。あ、美味しい」


 紡はぱくぱくと麻婆豆腐を口に運び満足そうにすぐに食べ終えた。


「……な、なあ緋弦。あの色だいぶ辛さレベル高かったんじゃ」


「せやな。でも紡は美味しそうに食べとる。好物、決定やな?」


「うん、食の好みは人それぞれだね……ああ、幸せそうな顔だ……」


 紡の好物がとうがらしを使った料理だと明らかになった瞬間だった。


**


 紡はまだ本調子ではないようで、食堂から戻ると部屋で疲れたように眠ってしまった。


 一方、東雲に呼び出された萊人は一枚の紙を見て頭を悩ませていた。


「これが紡の検査結果だ」


「……これ、何かの間違いじゃ」


 通常、人間ごとに適合する【因子】は決まっている。その【因子】は多くてもふたつ。だが、目の前の紙に記されていたのは、横並びの耐性値グラフ。


「私も流石に検査用機械の故障かと一瞬目を疑ったよ。だが、エンジニアに聞いてもメカニックに聞いても故障箇所は見つからず、再検査の結果も同じだった。紡は、すべての【因子】に適正を持っている。悪くいえば最大級の厄ネタだが、よくいうならば最高の【可能性】といったところさ」


「……そうですね、最高の【可能性】だ。厄ネタは正直俺もだって東雲さんは気づいてるでしょ?ただでさえ、培養槽の中で苦痛にだけ耐えて来た子です。白は何色にだって染まる。MyThの被験体の【失敗作】……それが確かにあの子の生まれて来た理由だし、肩書きなんだろうけど、俺は……【失敗作】なんて思いたくも呼びたくもないんです」


 東雲は小さくため息をつき、そして微笑む。


「当たり前だ。これから仲間になる人間を【失敗作】などと呼ぶ人間がrOMaNのどこにいる?いたら私がぶん殴るので安心していい。萊人、私は紡をカタリベにする。お前のチームで面倒見てやってくれ。カリキュラムは検査結果で調整してあとで送る。いいじゃないか。波瀾万丈な方が物語は楽しい。ここのメンバーもカタリベも訳ありと厄ネタしかいないしな!私を含めて!」


「そうですね。じゃ、戻ります。紡が起きてるかもしれないし」


 萊人は紙を手に足早に東雲の元を去った。


 ひとり残された東雲は窓の外に広がる青を見つめる。


「MyThが絡んでるなら……私自身にも決して無関係じゃない。それにあの者たちにとっては【失敗作】でも、世界や私たちにとってそうだとは限らないからな……」


**


 萊人が部屋に戻ると、紡はまだ眠っていた。


 起き上がれるようにはなったものの、まだ点滴のチューブを外すことはできないと医療班からも言われている。


「……大丈夫だよ。今はわからないことばっかりだろうけど、俺やチームの奴らがついてる。少しずつでいいから、しっかり寝て元気になって」


 萊人はそっと眠る紡の手を両手で包んだ。


「寝て欲しいのは萊人さんもっすよ。僕は体質的に夜は寝れないんで朝までこの子の面倒はしっかり見てますから寝てください。しかし全因子適正っすか……守護鉱石とかアルカナの方の適合検査はまだなんすよね?」


「体力が戻ってからだね。でも宵霧。君がそう言うってことはなんか特別なアルカナとか鉱石のマナを感じる?」


「……明らかになるまではここだけの話にして欲しいんですけど。この子の守護鉱石は……オパールっすよ。そしてそれに関わるアルカナは今のところひとつ。ーー【愚者】。今まで保持者の見つかってなかったアルカナです。まあ【世界】もいたかいないか都市伝説が残るのみって感じっすけど」


「……オパール……か。確かにこの子には相応しい鉱石ではある。そして神話ではかなり特別な鉱石精霊たちの長だよね……」


 宵霧は部屋にあったモニタを立ち上げ、【精霊神話】の動画アーカイブを再生した。


**


 かつて世界はふたつであった。


 人間界ジェンティア、精霊界ソウル・エーム。


【精霊戦争】の際、ふたつの世界は手を取り合った。


 終戦ののち、新たな精霊の女王は世界を繋ぐ扉を閉ざす。


 それから千年を超える時が流れ、この世界はシルクスと呼ばれるようになった。


 帝国が各地に侵攻する戦乱の中、【精霊の印】を持つ者たちは各国の王族に伝わる【聖鍵】を用いて、世界に混乱をもたらすものを打ち砕いた。


 シルクスの地に平和が戻るとともに、【精霊】は過去の伝承となった。


 だが、この世界に遺されたマナーーこの時代で【因子】と呼ばれるものたちはもはや世界の理となり、消えることはなかった。


 この世界に生きるもの、存在するものにはすべて【因子】が含まれている。


 そして【因子】を食べて生きている。


 文明の発達とともに、【因子】の科学的な研究が進んだ。


 その中で発見されたのが、【アルカナ】と呼ばれる【伝承因子】と理論上存在されると思われる【神話因子】である。


 これらは食物に含まれる【属性因子】とは異なるものである。


【伝承因子】はいわば、超能力の顕現を可能にする力だ。


 古くは【精霊の印】と呼ばれていたという。


 数千年後の現代シルクスにもこれらの能力者が存在すると言われている。


 動画の再生が終わり、宵霧はファイルを閉じる。


「ま、見ての通り普通の神話にはまず出てこないっす。ただ、僕の家系はちょっと特殊で、特別に書庫のデータベースに残ってたんですよ」


 ーー僕たちは貴方たちを忘れない。


 イージス、リート、マリア、フェリット


 語られざる犠牲者、マナの扉を開いた者の名を。


 画面に表示されたのはたった三行の短い文。


 宵霧の家系の初代当主が遺したとされる日記の一部。


「で、精霊戦争の神話って研究者がこの時代でも普通にいるんすよ。中にはかなり詳細な研究を遺してた人もいましてね。ハーフエルフやエルフなど長命の種族の研究者って見方もあるんですけど。これはこの時代の研究者が、アルファゼーレって人の日記を研究して書いた本の電子版です」


 ハーフエルフと半竜の夫婦は、面白い話をしてくれる。


 特に精霊戦争の頃の話を聞くと、今出回ってる本には書かれていないことが色々と明らかになる。


 あのふたりは精霊戦争に参加でもしてたんだろうか。


「今日はね、ある小さな村の祠の話をするわ」


 ハーフエルフは静かに唇を開いた。


「私たちはどうしてもその村に行きたかったの。知ったきっかけは特級雪ひよこのたまごプリンなんだけどね。私も彼も甘いものが好きだから食べてみたくて。時間もかかったけど、予約しても一か月待ちだったから薬草採取も兼ねて村を回っていたのだけどーー」


 私たちが村を回っていた時、雪ひよこ舎の横の畑にある小さな祠からとても懐かしい気配を感じたの。


 そこで、村長さんに祠について聞いてみると、彼は突然泣き出してしまった。


 しばらくして落ち着いたあと、場所を移してから祠について教えてくれたわ。


「あの祠に祀ってあるのはかつて自らを犠牲にこの村を守った兄弟のピアスです。兄の名はフロディ、弟の名はニエルド。素性はわかりませんでしたが、優れた農家であり、とても優しい子達でした」


 その名前に私とマトリは思わず息を呑んだ。


【扉守】は人間から精霊になったのと、彼ら自身の性格もあってか自身の過去については、みんなあまり隠す気がなかった。


 その名前は、【扉守】のイージスとリートが、まだ人間として人間界にいた時のものだったのだから。


 見せてもらったピアスは、オパールとダイアモンド。


 小さいけれど強い煌めきを持つ宝石だった。


**


 宵霧はファイルを閉じ、別のファイルを開くと静かに言った。


「……そう、イージスとリートとフロディとニエルドは実質同一人物。それも【扉守】なんていう重要ポジションっす。僕は暇な時になんとなく気になったんでこのピアスの行方を調べてみたんですけど、大体二〇年前です。ある博物館で盗難事件があったことがわかった。そしてその時に盗まれたものはーーピアスなんですよ」


 ーー双子のピアス、盗まれる。


 本日未明、博物館から「双子のピアス」が盗まれているのを職員が見つけた。


 同博物館ではかつて「双子のピアス」のもうひとつだったオパールのピアスも盗まれており、防犯対策はその時から非常に強固なものだった。


 警察は行方を捜索している。


 「双子のピアス」は【精霊戦争】時代から伝わるとされる非常に価値が高いものとされる一方で、引き離して飾ると不幸を呼ぶなどとの都市伝説も有名。


 専門家は「都市伝説はともかく、考古学上の価値は非常に高い。無事に見つかることを願う」と話している。


「……萊人さん。僕の一族はこのピアスの持ち主の同一人物に初代当主が命を助けられた関係で、彼にまつわるものは感じ取れるんです。あんた、ピアス持ってますよね。そして、紡も持ってる。だから、紡のこと助けたんですよね?」


 萊人は静かに目を細める。


「持ってたらどうする?まあ残念ながらもうピアスの形じゃないんだけどね」


「……別にどうもしません。むしろ双子のピアスが再会してくれたら少なくとも不幸を呼ぶ効果は消えるので。ただ、ちょっと流石に自分の感覚が信用できなかったんで聞いてみたんすよ。……萊人さん、紡のこともだけどあんたも死なないでくださいよ。フロディとニエルド、ろくな最期じゃなかったんすから。【扉守】だって神話のなかでは【罪人】呼ばわりっすからね……ま、あの人たちは気にしないんでしょうけど」


 宵霧はモニタの電源を落とす。


 灯りのない部屋を、窓から月だけが静かに照らしていた。


「萊人さんの守護鉱石、本当はダイアモンドだったんすね。心配しなくても誰にも言わないっすよ。僕が【月の子ども】じゃなかったらわかるはずないことですから。rOMaNなんて訳ありしかいないし」


「ありがとう。宵霧。一応言っとくと双子のピアスを盗んだのは俺じゃないからね」


「そこまで疑ってないっすよ……萊人さんミステリアスだけど、曲がったことはしないじゃないですか。それに、ピアスの持ち主たちも多分怒ることはないっす。むしろ、ふたりを助けたいって思ってると思いますよ」


「……ん……ありが……と……」


 不意に紡が寝言を呟き、やがて何事もなかったようにふたたび寝息が聞こえてきた。


**


 それから数週間後。


「はい。もう大丈夫ね。明日からはカタリベ訓練のカリキュラムに参加してもらいます。詳しいことは萊人さんから説明してもらってね」


「あ、ありがとうございます。がんばります」


 すっかり体力を取り戻した紡は定期検診を終えて食堂に向かっていた。


 時間帯のせいか食堂に人はまばら。検診や検査は思ったより長引いた。


 早い話、紡が色々と前代未聞だったからである。


 どの【属性因子】にも耐性があり、守護鉱石はオパール、アルカナは今まで所持者の記録がない【愚者】。デバイスである【栞】の調整にも多大な時間がかかった。


「……お腹すいた……」


「……トマトと肉、それにパン。ボリューミーなハンバーガーとかおすすめっすよ……」


「……わ?」


 紡は突然後ろからかけられた声に驚いて振り向く。


 そこには目にハイライトのない黒い服で全身を覆った少年がトレーを持って立っていた。


「ああ、驚かせるつもりはなかったんだけど……月読宵霧っす。体質の都合で昼間寝てるんで夜にしか会わないと思うけどまあ、その、よろしく……」


「宵霧だね。紡って呼んで。ハンバーガーって初めて聞いたから食べてみたい。どれか教えて?」


「うっ……笑顔が眩しい……ああ、これっす。今日の日替わりはチーズスパイシーバーガー。唐辛子入ってるけど紡は唐辛子大丈夫っすか?」


「むしろ大好きだよ唐辛子!」


「……そ、そうっすか。じゃあ席はとってあるんで……良かったら」


「うん。よろしく」


 席に座った紡に宵霧はハンバーガーの食べ方を教える。


 紡は気合を入れると恐る恐るハンバーガーにかぶりつく。


 口の中で弾ける肉汁、トロトロのチーズにシャキシャキレタス、そしてピリッとした唐辛子。それにふわふわのパン。それらが混ざり合った味と食感は美味しくて独特だと紡は思う。


「おいしい。宵霧はハンバーガー好きなの?」


「好きっすね。基本デバイスいじってたりゲームしてるんで片手で手を汚さすに食べられるものが好きっす。penバーガーもいいんすけど食堂のハンバーガーのほうがボリュームあって美味いんで」


「ゲーム?」


「ああ、興味あったら教えるっす。あと【栞】の使い方も。萊人さんあんまりデバイス操作上手くないんで」


「ありがとう。教えて欲しい。僕は知らないことだらけだから……あんまりここの人に迷惑かけたくないなあって」


「じゃ食事終わったら紡の部屋にいきますか」


**


「【栞】は基本的には市販の携帯デバイスと何も変わらないっす。ここが通話機能。同じデバイス持ってて登録してる相手と連絡が取れます。


次にバーチャルネット。仮想空間に接続して情報集めたりできるっす。で、ゲームはここ。プリインストールされてるビブリオファンタジアをやってみますか」


 宵霧は手慣れた様子でビブリオファンタジアを操作していく。


 紡も見よう見まねでなんとかまともに戦えるようになった。


 彼いわくビブファンは国民的ゲームなので基本やっておくといいし萊人はじめチームメンバーは全員やっているとのこと。


 最後に宵霧とフレンドになってビブファンをログアウトした。


「楽しかった。それにマスコットが可愛い」


「マスコット?雪ひよこっすか?グッズいろいろ出てるし、紡が正式にカタリベになってチームメンバーになったらお祝いでプレゼントするっすよ」


「そういえば明日からカタリベ訓練って言ってた。頑張る」


「じゃ今日は早く寝るほうがおすすめっすよ。じゃあ、また」


「またね」


 もふもふの雪ひよこぬいぐるみを目標に掲げ、紡は訓練に挑む。


 モチベーションは、大事。


**


 それから一ヶ月の訓練を経て、カタリベ試験の当日。


 落ち着かない様子で紡は目を覚まし、直後【栞】が鳴った。


「ああツムギ。試験当日だが紙魚種が街中に出たので悪いが実戦試験になる。制服を着て【栞】を持ってすぐに本部玄関に集合だ」


「はい!」


 紡は手早く支度を済ませて玄関に向かった。


「おはよ。紙魚種が出たってんでよろしゅうな。まあ回復はあたしに任せといて。宵霧は朝は動けんから紫穂と萊人さんがサポートや。大丈夫、紙魚種の中でもそこまで強い相手やない」


「ああ、初戦には相応しい相手だ。緊張しなくてもいい。先陣は私が切ろう」


「ツムギ、大丈夫だよ。君ならできる」


「はい!」


 紙魚種。


 現代シルクスで最も一般的なモンスター。


 紙魚と呼ばれてはいるが魚以外にも様々な形を持つ。


 倒すと紙切れに変わるのが共通の特徴。


 今日現れたのはねばねばドロドロしたいわゆるスライムである。


「スライムか。弱いが武器が効きづらい。まあ私は……」


 紫穂の構えた刀が紅の炎を纏う。


「焼くが」


 彼女はそう言うなりスライムに駆け寄り、炎を纏った刀で次々に切り裂いていく。


 燃え上がったスライムはすぐに紙切れに戻って灰になる。


 初手で半分以上数を減らしたもののまだ数が多い。


「じゃ、俺は撃ち抜くってことで」


 くるり、と銃を回して萊人は正確にスライムのコアを撃ち抜く。


 紙切れが舞い、スライムの数がわずかになった時、異変は起こった。


「ライト!紫穂!下がって……スライムの様子がおかしい!」


 紡はふたりを下がらせて、受け取ったばかりの片手剣を握りしめる。


 生き残ったスライムたちが集まって巨大化した。


「紙魚種ジャイアントスライムってとこやね……お、宵霧から通信や」


『起きた。で、そいつの弱点分析したっす。炎だけどデカすぎて紫穂の攻撃だとコアまで届かないっす。そこで、紡。どんな【属性因子】でも宿せるんなら、今から送る【雪ひよこ】の氷の因子ーー【リク因子】を借りて凍らせて」


「……ぴよ」


「わ」


 紡の目の前に現れた雪ひよこが、ぴょんと彼の肩に乗る。


「……感じる。氷の息吹……」


 紡の片手剣の刀身が冷気を纏う。


「いくぞ!ジャイアントスライム!」


 彼は迷わずにジャイアントスライムに駆け寄り、冷気を纏わせた刃で一閃。


 ぷるぷると震えて傷を修復しようとするスライムの傷口に畳み掛けるように剣を突き刺す。


 冷気が少しずつジャイアントスライムの内部を満たしていき、動きが鈍くなる。


 だが、まだコアには届かない。雪ひよこが苦しそうにぴよ、と鳴く。


 もう少し。もう少しで届く。もう少しだけ強い冷気があれば……


 ーーでは、伝承に語られる美しき雪の女王が助力いたしましょう。


「な、何?」


 紡の想いに応えるように、冷気が女性の形をとる。


「ありがとう……力を借りるよ……!」


 紡の片手剣の刀身がアイスブルーに煌めき、氷を纏う。


 彼は一度突き立てた剣を傷口から引き抜くと、ジャイアントスライムのコアに思いっきり突き刺した。


 瞬間急速冷凍。固まって氷像と化したスライムのコアから剣を抜いてそのまま跳躍。落下速度の威力も加えて真っ二つ。


 ジャイアントスライムが消えた後には真っ二つになった紙片が一枚落ちていた。


「ふう……」


 着地した紡はすぐに肩の雪ひよこの様子を確かめる。


 もふもふの毛が指先に触れると、雪ひよこは元気にぴよっと鳴いた。


「戦闘終了だな。紡、お疲れ様。当然試験は合格だ。帰ってゆっくり休むといい」


「勝った……んだ……」


 東雲からの通信を聴いた直後、ふらついた紡を萊人が支えた。


「勝ったよ。でも顔色が悪い。疲れたなら無理しなくていいんだ。病み上がりなんだから……」


「うん……じゃあ……そう……する……」


 紡は言い残すと気を失った。


**


「ふむ……」


 その頃モニタの前でMyThの長は考え込んでいた。


「すべての【属性因子】に耐性があると言うことはすべての【伝承因子】や【神話因子】にも対応できる可能性を持つと言うこと……しかしあの【失敗作】の実験記録や耐性検査を見ても平凡なものだったし、何よりも守護鉱石が違ったはず……」


 本来の能力が覚醒したのか、それとも……


「……まだわかりませんね。そして収穫の時期でもない。東雲が育ててくれるならしばらくは任せましょう。どのみち【神】の顕現には時間がかかるし、こちらももう失敗はできないのですから……」


**


 同じ頃、東雲も紡の戦闘映像を前に言葉を失っていた。


「【因子解放】の方法はまだ教えていないはずだ……いや、あの存在は【精霊】……?世界の壁を超えて紡の呼びかけに応えたと言うなら……【伝承顕現】とでも呼ぶべきか……いや、問題はそこじゃない。彼は何者なんだ……そしてMyThは何を作ろうとしていた……?」


「東雲様……」


「ああ、取り乱してすまない。だが、さすがに驚いたよ……オパールとはそこまで特別な鉱石なのか?宝飾店で普通に売っているが……」


「いえ、普通は地の因子の一般的な鉱物に過ぎないはずです……」


「まあいい。紡はカタリベ試験に見事に合格した。今は戦力が増えたことを素直に祝おう。明日は開けておけ。rOMaN新人歓迎パーティだ」


**


「ツムギ……」


 その頃萊人は気を失ってそのまま眠る紡の手を握っていた。


「様子はどうっすか?顔色はだいぶ良くなっているみたいですね」


「宵霧。正直あの冷気を纏わせた存在をどう思う?」


「……紛れもなく精霊っす。それもかなりの上位精霊。雪ひよこの【属性因子】を触媒に更に上位存在を呼び寄せる……【伝承顕現】ってとこっすかね……破格の力ですよ。それこそ……」


「伝承に語られる【管理者】クラスって言いたいんだろ?とはいえ流石にフロディもニエルドも【扉守】もここまでの力はないと思うんだよね……」


「……【扉守】はマナの扉を開いた罪で【転生の魂】になった。そこでなんかあったんすかね……さすがに僕らに知る方法はないですし……紡は紡っすよ。仲間としてそばにいればいい」


「そうだね。それでいい。明日のパーティは思い切り楽しもう」


 夜が更けていく。


 月はまだ運命を語らない。いや、語ることはない。


 ーーこれは、紡の【物語】だから。



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