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ArcanaReWrite  作者: 上月琴葉
第三部ステラ・マリス
14/33

第十二幕 再会、暗転

 風が気持ちいい。


 陽が傾いて沈みゆくトリチェッロ区で初めて迎える夕暮れ。


 ホテルのプライベートビーチの一角でひとり海を眺めていた。


「……ふう」


 海の色も空の色も高天区に行くために渡った海の色より青い。


「忙しい一日だったなあ」


 手に持ったシトラスサイダーをひとくち。


 慣れない昼間に動き回った宵霧は戻るなり部屋で仮眠中。


 莱人さんは調べ物があるとかでパソコンと睨めっこ。


 ホテルの敷地内で夜以外なら危険もないだろうとのことで僕の散歩は許可されたのだった。


 波の音が聞こえる。世界はどこまでも穏やかだった。


 ベンチに座っているのは僕ひとりだけ。


 太陽が、静かに沈み、夜を連れてくる。


「……?」


 ふと、奇妙な感覚を覚えた。


 遠い昔、どこかで。誰かと、こんな、夕焼け空をーー


「っ!」


 痛い。頭が痛い。どうして急に。


「……大丈夫か?ハク」


「……だれ……」


 痛みをこらえて顔を上げると、同じぐらいの歳に見える少年が心配そうに覗き込んでいた。


「……立てるか?」


「……うん……」


 彼はよろける僕に肩を貸してくれる。


「……ハクが泊まってるホテルまで送るよ。ホテルの名前は?あ、俺は勇陽」


 ーーゆうひ。ゆうひってだれだろう。それよりもなぜこの人は僕のことをハクと呼ぶの……?


 勇陽と名乗った少年は僕をホテルに送り届けてくれた。目的地につき痛みが引いたところで、疑問を口にする。


「ありがとう、勇陽さん。でも、僕は【ハク】って名前じゃないんだ。僕は天乃 紡だよ」


「え?」


 僕はこの時なにか、とてもまずいことを言ったらしかった。


「嘘だよな?だってその名前は俺たちふたりだけの……秘密の……」


 彼は言葉を失い、瞳には涙が滲んでいる。


「……ごめん。僕の記憶は欠けていて……きみは、誰なの?僕の過去を……知っているの?」


「……お前なんて……大嫌いだ!!」


「え?」


 押し殺した叫びのような言葉を叩きつけて、彼は夕闇に融けてしまう。


 突然のことで、体が動かなかった。


「勇陽……さん……君は、誰なの……?僕にとっての君は……なんだったの?」


 そして君にとって、かつての僕はーーなんだったの……?


 疑問と叫び声がぐるぐる回る。落ち着かないまま、空になったシトラスサイダーの容器をロビーのゴミ箱に捨てて、逃げるように部屋に戻った。


「……」


 ーーあの時僕は、嘘をついてでも彼に合わせるべきだったんだろうか。


 温かい飲み物が飲みたくなってカフェラテを淹れる。


「……過去なんて、僕の方が知りたいよ。……考えないようにしてきたのに」


 今の生活に不満はない。


 過去がなくたって現在を積み重ねれば新たな思い出はいくらだって作れる。


 そう言い聞かせて、走ってきた。


 莱人たちの思い出話に少しだけ痛む胸を隠し通してきたのに。


「……余計なことしないでよ……」


 胸の奥がモヤモヤする。初めての不快感をかき消してしまうために、カフェラテを一口飲んだ。


**


「あああ……オレは……オレは……」


 一方その頃。


 勇陽と名乗った少年は激しい自己嫌悪に陥っていた。


「一番悪いのは覚えてないハクだけど……あの日から長い時間経ってるわけだし」


 その間にもし本人の意思とは関係なく記憶が欠ける何かがあったとしたら。


「い、今すぐ謝りに……」


「落ち着いて、勇陽くん」


 思わず席を立とうとした勇陽をそっと押し留めるのはダークブラウンの髪の青年。


 勇陽とパフェはトリチェッロ区の喫茶店で出会った。


 その後高級レストランに移動して互いの事情を話し、協力関係を結んだのだった。


 翌日、紡の一件で勇陽をひとりで送り出し、半泣きで帰ってきた彼をパフェは気に入った喫茶店で慰めている。


「あ、そうですよね……もう夜になるし、ハクも疲れてるかも」


「【鏡像】の件もあるし、夜に動くのはあんまり良くない。しかし、なんというか青春だ。……勇陽くんはよほどあの子が大事なんだね。シーフードピッツアを一枚追加で」


「……大事です。希望のない日々の中に現れた彼はオレの【星】なんです。パフェさん、大袈裟だって笑いますか?」


「笑ったりしないよ。人の真剣な想いを笑う方が失礼だと思う」


 パフェはそう言うと、カフェラテを一口飲んだ。甘さが足りなかったらしく、大量のシロップを追加する。


「勇陽くんと紡くんの関係は把握したけど、君は今どこに?トリチェッロ区に来れば紡くんに会えると知っていたような感じがしてね」


「mYtHにいます。まあ長からは探し人が見つかったら抜けていいからその人のそばにいてあげなさいって言われてるんですけど……占いが得意なメンバーに占ってもらったらトリチェッロ区に行けば会えるって言われて。長も【鏡像】事件が気になってたみたいで、すぐ」


「長も動いているってことはちょっと予想外だったけど。【鏡像】事件は見た目よりずっとやばい案件だってことは俺も同意かな」


 お待たせしました、の声と共にピッツアが運ばれてくる。パフェは慣れた様子で切り分けると、勇陽に食べるように促した。


「やばい案件ってどうしてですか?いえその、人がいなくなって特に怪我を負うこともなく戻ってくるだけって聞いているので……」


「うん、新聞や記事にはそう書いてあるね。ただ、莱人くんや俺は別の可能性を考えている」


「別の……?」


「場所を変えようか。【鏡像】事件を調査するならあの子とは知り合っておいた方がいいからね」


**


「はーい、次のお客様はー……」


 トリチェッロ区の北地区。街を見下ろす小高い丘にその館はある。


 ホテルが建つまでは陽当たりの良かっただろう洋館は、今はホテルの影に沈んでいた。昼でも暗い道は水路に浮かぶ灯りで照らされている。


 パフェは真っ直ぐに勇陽と共に洋館の玄関に向かう。


「【水鏡の魔女】さん、今からちょっとお茶会ってできるかな?」


「予約でいっぱいだから無理……って……」


 玄関のドアを開けた【水鏡の魔女】は固まった。


「って……え、ええええええ?」


「ど、どうしたんだ?」


 次の瞬間慌てふためく【水鏡の魔女】に勇陽は困惑した。


「……その様子だと俺のこと知ってるのかな?【童話】のリーダー、【お菓子の魔法使い】、パフェです」


「し、知らないはずがありません!パフェ様が直々にこの館に??と、とりあえず中へお入りください!そちらの部屋でお待ちください!」


「……予約なしの訪問だったから無理かなーって思ってたけどいけたね!」


「ふ、普通はダメだと思うんですが……」


 この人、色々と只者じゃないなと勇陽が実感していると、【水鏡の魔女】が姿を現した。


「お待たせいたしました。【水鏡の魔女】キラリティ・スペッキオ。【童話の魔女】の力を継がれたパフェ様。ご用件をお伺いします」


「その前にカフェラテだけ淹れてもらっていいかな。あと、お皿も。人数分のドルチェを買ってきたから」


「はい、すぐに」


 キラリティは手慣れた様子で食器と飲み物をテーブルに並べた。


「それではまずはいただきます。本場のティラミス!味が楽しみだ」


「い、いただきます……」


 勇陽も、キラリティもまさか本当にパフェがお茶会を始めるとは思わなかったが、食べながら会話をするよりはマナー的にも正しいので先にティラミスを食べ切ってしまうことにした。


 本場のティラミスは洋酒が効いていて、滑らかなマスカルポーネチーズとコーヒーのビターな味わい。パフェはそっとカフェラテに砂糖を足して食べ進めた。


「それじゃ、さくっと本題。【鏡像】事件について君の知っていることを話してほしい」


「ボクに聞いたのは正解です。なぜなら、【鏡像】の襲撃事件の当事者だからです」


**


 その日は満月だった。


 仕事を終えて玄関の戸締りをして、ふと夕食を買っていないことに気づいた。


 トリチェッロ区の北地区の店は閉まるのが早いが、観光客向けのショッピングモールはまだ開いている時間だ。


 運河を渡る船に乗ってショッピングモールに向かい、買い出しを終えて家に帰る途中だった。いつものように満月が運河に映っている。


「え?」


 だが、この日は奇妙なことが起こった。


 水に映る満月の色が、急に緋色に変わったのだ。そして、辺りから音が消え、気配を感じて振り向くと、


「……」


自分と全く同じ姿をした影がたたずんでいた。


「【鏡像?】」


 【鏡像】は、何も言わずにどこからか現れた鎌を掲げる。


 その鎌の一閃をキラリティは必死で飛びのいて避ける。


「このっ!喰らえ!」


 そして代わりに水弾を相手に向けて放つ初級呪文アクアバレットで応戦した。


「……」


 水弾が【鏡像】を撃ち抜くと同時に【鏡像】は水になって消え、世界が揺らいだ。


「……やったか」


 改めて空を見る。


 月は変わらず白く輝き、水面に映る月も同じ色をしていた。


**


「……なるほど。詳しくありがとう」


 パフェは納得したように頷いた。


「とりあえず【鏡像】事件の被害者は戦闘能力を持つキラリティ以外は【鏡像】と入れ替わってると俺は思う。あと、確かめるのは簡単だよ。助け出した後の話にはなるけど、【本人】が失踪した日より未来の出来事を聞けばいい。未来の出来事を知っている方が【鏡像】ということになる」


「ええ、ボクも同じ見解です。ここ、トリチェッロ区には【異層】がある。そしてその異層は【鏡の世界】と呼ばれていて……【水鏡の魔女】はこの世界と鏡の世界の境界を守る【番人】の家系なんです」


 でも、と勇陽はキラリティに問う。


「キラリティさんが【番人】なら鏡の世界への道を開けるのはトリチェッロ区ではあなただけのはずです。あなたが犯人じゃないというなら、他に鏡の世界への道を開ける存在がいるってことになる。心当たりは?」


 キラリティはしばらく考えた末、


「……現時点ではわからない。犯人がいるかどうかも。意図的に起こしているのか、それとも何かの過程で起きてしまっているのかも。だけど、【番人】はスペッキオ家だけのはずです。……ただ……他の区まではわかりません。アルビオン区には妖精がいますし、黒曜石の鏡の精霊に守られた区や、神鏡、他の【魔女】。トリチェッロ区の区核石アクアマリンは幻影を見せるとも言われます……候補も可能性も多すぎて」


「とりあえずキラリティは俺の味方ってことでいいかな?勇陽くんも」


 パフェがぽん、とキラリティの肩を叩く。


「もちろんです!パフェ様を裏切るなどありえません!」


「オレも、パフェさんが味方なら心強いです」


 こうしてパフェ、勇陽、キラリティの協力関係が成立した直後。


「おや」


 振動したパフェのデバイス。発信者は宝 莱人。


「莱人?」


 パフェが呼びかけるが、莱人からの返事はない。


「……莱人さん、パフェさんを待たせたら悪いっす。それにもうこの件は僕たちだけじゃどうにもならないっすよ」


「……悪い。もしもし、莱人だ。単刀直入に言うけど、最悪の事態だーー」


 次の言葉に、その場にいた全員が衝撃を受けた。


「……紡が、【鏡像】にやられた」



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