第十幕 星は、消えない
これは、星を見つけ、その星を喪い、探し続けるある少年の追憶。
第三部 ステラ・マリスへやがて続く、前日譚。
ーー暗闇で出会うほど、星は鮮烈に輝く。
俺が彼と出会ったのも深い暗闇の中だった。
「はあ....はあ....」
いつものように繰り返される治療と称したなんらかの実験。ひどい疲労感と恐怖と痛みで倒れそうな体を引きずって秘密基地へ歩く。
「.....だれ?」
秘密基地には先客がいた。
洞窟の中に唯一差し込む光の下の小さな花畑の中に真っ白な長い髪の子どもが立っていた。男か女かは正直よくわからない。
「お前こそ誰だよ?」
自分だけの秘密基地を取られたような気がして怒りが滲む。
「.....名前は、ない?なんだっけ、数字の羅列で呼ばれてたかな...ええと」
「なるほど、お前もあの研究所のやつか。俺にも名前はない。数字の羅列で呼ばれてる」
「....そうなんだ?」
白い子どもはきょとんと俺を見ている。
睫毛が長い、白い、細い。こんな子が研究所にいたなんて知らなかった。
「ぼくはほとんど眠っているから他の子どもに会うの初めて。実験の休憩でのんびりしていいよって言われて散歩してたら迷った」
「迷子か」
「うん。ね、触れていい?」
「へ?」
細い指が頬に触れる。そのまま身体中をぺたぺたと触り終えたあと、
「うん、きみは生きてる人だね!」
真っ白な子は無邪気に笑った。
「生きてる、けど」
「生きてる人に会うことあんまりないんだ。あ、研究所の博士たちは別」
「君は普段どこに?」
「塔の中かな。もっともほとんど眠ってるんだけど……」
「塔の中?」
そんな場所あったっけと首を傾げる。
「あるんだよ。森の中にね。でも困ったな。きみが知らないなら帰れない」
うつむく真っ白い子の手をそっと握る。
「大丈夫。そのうち嫌でもあいつらが迎えに来るよ。それより、こっち来いよ」
「……うん」
**
真っ白い子の手を引いて案内したのは洞窟の天井が少し崩れて、空が見える場所。
地下にある研究室で生まれたらしい俺は、本の中でしか空を知らない。
だから、この場所で本物の空を見たときには涙がこぼれたのだ。
「……わあ」
その景色をこの子にも見せたいと思った。
塔の中で暮らし、ほとんど眠っているのなら本物の空を見るのはきっと初めてだろうから。
「綺麗な赤色……」
「夕焼けって言うんだって。世界が夜になる前に空はこの色に染まるんだ」
「……」
真っ白い子は、空と俺の瞳を見比べるように交互に見て、
「きみの瞳は夕焼けと同じ色をしてる。夕焼けの時に沈んでいく太陽を夕陽って言うんだって。だから、決めた。きみの名前はユウヒ」
笑顔で俺に名前をつけた。
「じゃあ……ええと。お前は……白いからハク」
今でも思う。我ながらネーミングセンスが酷かったと。
でも、その子は嬉しそうに、
「ハク。えへへ。ハクか。数字の羅列じゃない名前って、こんなに嬉しいんだね!きみはユウヒ。ぼくはハク。ふたりだけの秘密の名前だね!」
ハク。
きみが笑った顔は素敵で、多分俺は一目惚れしたんだ。
……離れ離れになるまで結局男か女かはわからないままだったけど。
**
その後も俺とハクは何度かあの秘密基地で過ごした。
ハクも俺も、研究所の奴らに特に咎められることはなかった。
今にして思えば、一緒にいれたのはたったの一ヶ月に過ぎなかったけれど、それでも俺にとっては今でもあの子の存在は大きいままなのだ。
最後になったあの夜。
「……もうすぐ、夜が明けるね」
「……そうだな」
俺たちは流星群を見ながら、空が色づいて少しづつ星が消えていくのを見ていた。
「……願い事、できた?」
「……あれだけ星が降ってたんだ。ひとつぐらいには届いただろ」
「うん」
いつもよりハクは無口で、俺の肩にそっと寄りかかってただ空を見ていた。
「……星は、消えない」
「……ああ。太陽の光で見えないだけで、星は無くなったりしない。爆発して星屑になる遠い未来までは」
「……そうだね。でも今ぼくが言っているのはあの星だよ」
ハクが指さしたのは、夜明けの空にひとつだけ煌めく光。
「……えっと、なんだったか。金星、じゃなくてもっとこう……」
素敵な言い方があったような。
「……明けの明星。夜を導く宵の明星。朝を導く明けの明星。両方とも同じ金星なのに、何だか別の存在みたい」
「そうだ、明けの明星。ハクは本当物知りだよな。俺も電子書籍とか読んだほうがいいのかな」
ハクは少しだけ寂しそうに笑って、
「……どれだけ知識を得ても本物には敵わないよ。だから、もしいつか。いつか研究所を抜け出して自由に外に出れる時が来たなら……その時はまた……夜明けまで一緒に流星群を見てくれる?」
「ああ。必ず。ふたりでーー」
翌日の夜、研究所は燃え上がった。
そのどさくさの中で俺は自由を手に入れたけれど、ハクは行方不明になった。
ただ、壊れた研究所からハクの遺体は発見されなかった。
その時から、今まで俺はずっと信じている。
「……星は消えない」
終わりの見えない研究所での日々を照らした白く輝く星は今もどこかで輝いているのだと。
だから。
「……待ってろ、ハク。必ず、迎えにいくから」




