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35 それぞれの日常

 王都のスラムにいた子供たちの集められた、第二メタゾール領にある大きな家。

 アンネリーゼに拾われてから、オレの生活は一変した。


 まず、俺たち二十人はみんなで名前を付け合った。


 名前を付ける前に、俺たち中で喋れるのは、十五歳くらいの男の子、十三歳くらいの女の子。九歳くらいの男の子、そしてオレだけだ。

 残りの十六人は言葉も分からない。三歳から十三歳くらいの子が十六人いるのだけど、そいつらを差しおいて一歳のオレが喋れるってのは皮肉なもんだ。十三歳でほとんど喋れないってのは、言語の習得が難しそうだな…。

 ちなみにオレに言葉を教えてくれたのは、十三歳くらいの女の子だ。この子はしっかり喋れる。オレみたいに生まれてすぐに捨てられたんじゃなくて、小さい頃は親と一緒にすごしたのかもな。

 でもオレだって文法をなんとか理解したくらいであり、圧倒的に語彙が足りない。


 まあとにかく、最初は言葉の分かる四人で名前を付けあったんだ。でも、この世界の名前がどんなのか知らないので、困り果てていたら…、


『この世界の名前には、こういうものがあります』

「えっ」


 アンネリーゼに渡されたタブレットにアンネリーゼが表示された。ビデオチャット?いや…、これ、よく見るとCGだ…。かなりクオリティ高い…。CGってこういうものだって知っていないと区別できないだろう。


 CGは置いておいて、一緒に男の名前と女の名前のリストが表示された。読み方も分からないから、タブレットのアンネリーゼがひとつひとつ読み上げてくれた。その中から自分たちで気に入ったやつを選んだ。


 オレの名前はカルボス

 十五歳の男の子はコデイン。

 オレに言葉を教えてくれた十三歳の女の子はルル。

 九歳の男の子はアダム。


 あとの子は言葉が分からないので、名前とはなんなのか説明するところから始めたから、名前を付けるのが大変だった。


『まずは言葉を覚えましょう。あなたは転生者ですから、あなたには転生者向けの教育プログラムを適用します。前世の言葉の辞書や翻訳機能なども提供しますが、翻訳に頼ってばかりではいけませんよ』

「転生者ぷろぐりゃむ?」


『はい。あなたのような転生者が生まれることを期待して用意された教育プログラムです。ほとんどの勉強はこのタブレットでできますよ。学校に行く必要があるのは、実技や運動くらいです』


 すげー…。前世の学校より高度な教育なのでは…。


 本来、オレの歳なら、保育園に通う歳だ。保育園は無料なので、そこでばぶばぶしていれば、一日中ぬくぬく暮らしていられる。実際に、三歳の子は保育園に通っている。

 でもそうじゃないんだ。オレは早く魔法を覚えて、アンネリーゼの役に立ちたいんだ。


 タブレットで学べる一般教養は小学校から高校の内容、そして、理系大学レベルまであった…。カリキュラムを見ると、だいたい高校二年生までやった覚えがある。

 おれは前世で高校二年で死んだのかな…。


 言葉の勉強は必要だけど、他の一般教養はほぼ必要ない。何はともあれまずは魔法だ!


『あなたはすでに精霊の加護を受けています。これはタブレットのフロントカメラであなたを撮影している映像です。あなたの周りに、白や赤の光が見えるでしょう』


「ホントだ…」


 この世界には精霊というものが存在し、オレはいつのまにか精霊の加護を受けていたらしい。魔力が強くなれば、精霊が見えるらしい。

 精霊の育て方と、自分の魔力の高め方について説明された。寝る前に魔力が尽きる寸前まで精霊に魔力を与えるだけだ。

 魔力の成長は、使った魔力の量に比例し、年齢プラス一におよそ反比例するらしい。なるほど、若いほど有利なわけだ。

 簡単にいうと、十五歳のコデインと比べると、一歳のオレは八倍ほど魔力の成長が早いってことだ。


 そんなことを言われても、最年長のコデインですら理解できるかあやしい。それに魔力を尽きる寸前まで使うと、気持ち悪くなる。それなのに魔力を毎晩欠かさずに鍛えるのなんて転生者くらいのもんだろう。

 それがアンネリーゼのチートレベルの魔法の秘密か…。生まれつきチートレベルだったワケじゃないんだ。


 それに、魔法を使うのには、望む結果のイメージの他に、そこに至る過程のイメージが必要だ。なぜ火が起こるのか、なぜ水ができるのか、それをイメージすると、魔法の威力は簡単に数倍に増大する。この点も、前世の特撮やアニメをイメージできる転生者に有利な点だな。おれも早くチート魔法使いになりたいぜ。


 身体強化という魔法も便利だ。オレはまだ一歳程度の幼児だから、よちよち歩きだし、重い物を持ったりもできなかった。

 でも身体強化を使うと、オレの力はいっきに二倍になって、よちよち歩きもすぐに卒業した。ただ、力を入れる瞬間だけうまく魔力を込めないと、あっという間に魔力が尽きて気持ち悪くなってしまう。


 治療魔法も使えるようになった。これも、前世の高校で生物学をちょっとやったおかげだな。血管とか骨とかを意識するだけで、治療魔法の効率は格段に上がる。

 アンネリーゼは怪我で手足を失ったオレの仲間たちを癒やしてくれた。そして、奇形児だったオレに腕をくれた…。治療とかいうレベルじゃない。あの境地に達するには、どれだけ修行すればいいんだろう…。

 オレの右腕はまだあまり自由に動かないが、それでも身体強化の魔法と合わせると、一般的な一歳児くらいにはなったと思う。つまりまだ、ものを掴むのもままならないということだ。まだまだ赤ん坊なのだから筋力は成長するし、身体強化も合わせればそのうちまともに使えるようになるだろう。


 他にも、火とか水とか、魔法を使えば簡単に出すことができる。魔法って楽しい!この世界ってファンタジー世界だったんだ!




 オレには、魔法を覚えてアンネリーゼの隣に立つという目標があるのだけど、オレを助けてくれた仲間を見捨てるわけにはいかない。

 オレは自分で勉強しながら、他の子の勉強を手伝うようになった。


 十歳以上の子は農業の仕事をしていたりもする。農業にしてはかなり高給取りだと思う。俺たちはそのお金で食っていっている。

 そう、アンネリーゼは俺たちに食い物を与えてくれたわけではなく、生きるすべを身につける機会を与えてくれただけだ。稼げるようになったら、タブレットや家の代金も返済しろという。でも、無期限だし利子などもないし、タダでくれたのと何ら変わりない。


 十歳以上の子の給料は、俺たちが食っていくのに十分な金額だ。野菜や肉、パンや米を買える。

 だけど、誰も調理方法を知らない。高校生だったオレはたいした料理など知らないが、それでもオレがいちばん料理できそうだ…。一歳児にメシを作らせるんじゃないよ…。キッチンに立つのだって、椅子が必要になるような高さだ。


「これを切ればいいの?」

「そう。一口で食べられるくらいに」


 オレはまだ右腕がろくに動かない。それにオレの力では包丁を握れない。切るのはルルに任せた。


『その持ち方では危ないです。タブレットをキッチンに置いてください。切り方のお手本を見せます』

「「えっ…」」


 このタブレットのCG…、エージェント・アンネリーゼというらしいけど、勉強に限らず、生活の知恵でも何でも教えてくれる…。


 オレのタブレットとルルのタブレットに、野菜の持ち方や包丁の握り方などの映像が流れた。CGのアンネリーゼが実演してくれている。

 エージェント・アンネリーゼは、いかにも女教師という感じの、ミニのタイトスカートのスーツを着ている。そんな服着てキッチンに立たないだろう…。

 でも…、スワイプすると、いろいろな角度で見られる。これはローアングルで見るのが礼儀だろう。


『これ以上の開示は許可できません』


 むー。水平より下の視点にできなかった…。

 オレのスマホに映っているエージェント・アンネリーゼはスカートの後ろを手で押さえて、中を見られないようにしている。


「何それー。そんなところから見られるのー?ホントだ。スカートの中、見られるね!」

「えっ…、なんで…、オレの、できなかったよ…」


『ここから先は女性にしか開示されません』


 どういうことだ…。男用には機能制限があるのか…。


「そんなぁ…。ちょっと貸して…、いたっ…」


 ルルのタブレット触れたら、静電気が走ったようにバチっときた…。


『他人のタブレットのお触りは厳禁です。くだらないことをしていないで、包丁の使い方を覚えてください』


 手厳しいぜ、エージェント・アンネリーゼ…。このさげすむような目がまた良い…。ゲームだったら普通見られるだろ…。

 気を取り直して、元のアングルに戻した。


 でも、アンネリーゼは胸が大きすぎて、明らかにまな板が見えてないと思う。CGだからしょうがない。

 これじゃ本人は料理できないんだろうな。指を切ったり、真っ黒焦げなものができたりする属性を持っているに違いない。

 あれ?馬車の中で料理してくれたような…。あれはきっとメイドさんが作ったんだ…。


 オレはガスコンロのような機械にフライパンを乗せて、ガスコンロのスイッチを回した。こういうところは前世と同じだから分かる。

 もちろん調理器具代も返済対象だ。


『中火にしましょう。中火とはコンロのつまみを……。

 あと一分したら塩を小さじ一杯入れてください。……そろそろです』


 なんだかいい匂いのスープができあがった…。


「うめー!」

「すげー!これお前らで作ったのか!」


 コデインとアダムがガツガツ食ってる。


「「「「「わあああ!」」」」」


 まだ言葉を覚えていない子たちも、歓喜の声。


「ええ!タブレットのアンネリーゼ様の言うとおりに、カルボスと一緒に作ったのよ。ねっ?」

「うん。ルルと一緒にちゅくった」




「ここって何をする部屋かしら」

「ここは身体を洗う場所」


 ここはお風呂だ。男湯と女湯がある。それぞれ十人くらい入れそうだ。俺たちに丁度いい。

 でもこんなに大きな風呂に湯を貯めたら、かなり水道代とかガス代とかかかるんじゃなかろうか…。


『水道代の代わりに水の魔力代、ガス代の代わりに火の魔力代を支払う必要があります』

「げっ…」


 エージェント・アンネリーゼが、風呂を見て不安そうにしているオレに気がついて、オレの疑問に答えてくれた。


『ですがあまり心配はありません。この風呂いっぱいのお湯を貯めて、水の魔力代は銅貨三枚、火の魔力代は銅貨一・五枚です。皆さんの日当の三パーセント程度ですね』

「マジで…。やしゅい…」


『水代を節約するよりも、清潔にして病気を防ぐことが大事です。風邪をひいては、明日の稼ぎもままなりませんよ』

「わかった!」


 ここは前世よりも贅沢だ。


『この地域、第二メタゾール領のエネルギーは、再生可能エネルギーによる発電と、魔導炉という魔道具によってまかなわれています。魔導炉とは……』


 エネルギーを無限に生み出すなんてすごい…。前世は省エネとか環境破壊にうるさい世界だったけど、この世界ではそんなことも考えなくていいのか。


 まあそれはさておき、お風呂に入ることにした。


「ねー、シャワーってやつ、使い方分かんない。こっちに入っていい?」

「えっ、ルル、それはまじゅいって…」


 ルルは泡が付いたまま、女湯から男湯に移動してきた。身体を洗ったら、とても綺麗で可愛くなった。ここに来るまでも腰布だけで上半身何も着ていなかったはずなのに、今はもう一枚脱いだという感じだ…。きっと今までは分厚い垢や泥でも着ていたんだろう…。


「レバーを上げるとシャワー、しゃげると下からみじゅがでるよ」

「ありがとう!カルボス!」

「うん」


 笑顔でお礼を言うルル。裸で男湯に乗り込んできちゃう十三歳くらいの女の子、ルル。

 あれ…、オレはこういうときどうすればいいんだっけ…。オレはルルにマズいと言っておきながら、女の子が男湯に入ってきて何がマズいのか…、忘れてしまった…。


 さっきもエージェント・アンネリーゼをローアングルで見ようとしたのは、あくまで義務感とか礼儀であって、なぜ見なければならないのか思い出せない。


 オレには知識が残っていても思い出をまったく思い出せないから、それと一緒に前世に置いてきてしまったのだろう…。まあいいや…。


 風呂には鏡があった。オレは自分の姿を初めて見た。髪は茶色。前世における西洋人。

 ひょろひょろで今にも死にそうだ。みんな同じだけど。でも、これからは暖かいご飯を食べて、身体を鍛えて、こんなみすぼらしい姿とはおさらばするんだ。



 この家には他にも、温水洗浄付き便器や掃除機、洗濯機、炊飯器などの、前世で見かけた家電が目白押しだ。馴染みのあるものが多いけど、洗濯機なんかは前世でも使ったことがなかったから、エージェント・アンネリーゼに使い方を教えてもらっている。


 生活が楽しい。みんなと生きていくすべを学べるのが楽しい。

 エージェント・アンネリーゼに魔法の使い方を教えてもらうのも楽しい。威力が上がってきたら、学校の実技の授業に出るといいってさ。


 最初は、てっきり孤児院みたいなところに放り込まれるのかと思っていた。でも実際は、子供だけで暮らすことになった。

 最初は不安だった。でも生活の知恵はスマホのアンネリーゼが教えてくれるからなんとかなりそうだ。




 ほんとうに、今までのスラムの暮らしとは天と地ほどの差だ。今まで住んでたスラムは何だったのかと思うほど、この世界の文明は進んでいるじゃないか…。前世の科学文明とこの世界の魔法が混ざったような文明だ。このスマホとかエージェント・アンネリーゼとかも高性能すぎだろう…。

 俺以外の子はここの生活に大満足だろう。


 でもオレは知っている。アンネリーゼは貴族なんだ。公爵という地位らしい。エージェント・アンネリーゼが教えてくれた。

 オレはアンネリーゼに並びたい。オレが貴族の仲間入りをしたいのかどうかは分からない。ただ側にいて役に立てるようになりたい。執事や護衛でもいい。


 アンネリーゼは、俺たち以外にも、スラムにいたやつを片っ端からこの農業地域に連れてきて、仕事を与えているらしい。

 どうせ来てくれるならもっと早くスラムに来てくれればよかったのにとも思ったけど、アンネリーゼがスラムに来たのは、スラムのある王都を自由にできる権限を得たのが、つい最近だったからしい。

 つい最近、王の交代があり、マイアという女が王になったということだ。その新しいマイア王の右腕がアンネリーゼってことだ。

 新しい王の政策の一環として、スラムに初めてテコ入れすることになったのだろう。

 だから、文句は言えない。来てくれただけでもありがたい。来てくれなかったら…、マイア王とアンネリーゼがいなければ、オレはいつ自殺してもおかしくなかった。


 せっかく仲間やアンネリーゼが繋いでくれた命だ。そして、目標もできた。オレはこの世界で精一杯生きていこう。




 オレはいつも家にこもって魔法の授業を受けていたのだけど、十代の子たちがどういう仕事をしているのか知りたくて、外に出てみた。というか、ここに来て以来、一回も外に出ていないことに気が付いた。


 外は、辺り一面、畑や田んぼ、果物の木々ばかりだ。


 作業をしている者は、男も女も同じくらいいる。若者が多い。

 大きくて重そうな篭を若い女の子が軽々と背負っている。これが身体強化か。身体強化も、魔力が上がれば持続的にものを運んだりできるんだ。


 女の子はみんな可愛い…。何より、胸がけっこう大きくてスタイルも抜群。アイドルになれそうな子ばかりだ。

 男の子もイケメンが多いな。もしかして、身体強化というのは、可愛さやイケメン度も強化してくれるのか?すごい魔法だな…。オレもイケメンになれるかな…。


 服は農作業にふさわしい地味な土色なのに、女の子の服は胸が大きく開いていて、スカートもとても短い。

 刈り取りをしている子は、かがんだときに胸の谷間やパンツを平気で見せている。


 なんだここは…。これがファンタジー世界…。防御力皆無なミニスカートや胸を出した衣装で戦うファンタジー世界!あ、魔王とかいるのかな?

 ここが楽園であることは間違いないのに、前世で湧き上がっていたはずの気持ちを思い出せない。

 前世の記憶とともに、何か重要な気持ちを置いてきてしまった気がする…。


 おっと…、オレの仲間の働きぶりを見に来たのを忘れていた。

 オレの仲間の十代の子たちは…、服はそれなりのものをもらったけど、ひょろひょろで頼りないなぁ。

 小さな女の子がひょいっと持ち上げている籠を、その子よりも大きいオレの仲間の男の子が持ち上げられないでいる。


 魔力の成長速度は、使った魔力量に比例して、年齢におよそ反比例するから、仲間の十代の子が元から住んでいる子に追いつくのは難しいのかもしれない。

 それでも、オレは仲間の魔法や勉強をできるだけサポートしてあげようと思う。




 家に戻ってタブレットで勉強の再開だ。スマホももらっているので、外に行くときはスマホを持っていったが、一歳児のオレには四インチのスマホすら大きすぎる。


 学校でどんな実技をやっているのか気になって、カリキュラムを眺めてみた。するとダンスレッスンとかボイストレーニングなんて科目を見つけた…。

 アイドル養成科というのに入らないと受けられないらしい。アイドル養成科には、成績上位者しか入れないらしい。


 そういや地理を知らないどころか、国の名前も知らないな。

 タブレットの機能に、なんとかペディアみたいな百科事典があった。もちろん、そこに載っている内容は、エージェント・アンネリーゼに尋ねると教えてくれる。

 なになに、この国はロイドステラという王国で、第二メタゾールは王都の近く、第一メタゾールは一五〇〇キロ南で大陸の最南端か。

 航空写真が表示された…。衛星でもあるのか、それともそういう魔法なのか。

 第二メタゾールと王都が真ん中らへん。オレが今までいたスラムは王都だったのか…。国外は表示されない。周辺国と国交はないらしい。


『地理の授業を受けませんか?魔法については、早くから覚えなければならないのは魔力の鍛え方だけです。他は焦る必要はありません』


「なりゅほど。しょれなら、ぜんしぇの知識でまかなえない科目、リしゅトアップしてほちい」


『語学、地理、歴史……』


 前世でこんなに熱心に勉強していた覚えはないなぁ。でも、ここで生きていくために知識と力を身につけるって思うと、勉強が楽しい。




 ある日、ルルがまた熱を出した。今は毛布だってある。栄養だって付けられる。清潔にもできる。風邪くらいで死ぬ心配はないだろう。

 もちろん、オレはルルを看病した。他の仲間と協力して作った料理を食べさせたり、身体を拭いてやったりした。


「ありがとう、カルボス」

「いいから、やしゅんでな」

「うん」


 ルルはオレの命の恩人だ。まあ、そうじゃなくても、オレは仲間を大切にするんだ。



 ピンポーン。みんなのスマホがいっせいに鳴り響いた。

 誰か来たかな?って、そんな電子音のドアベル鳴らされて、誰か来たって分かるのはオレくらいだろう。


『外の様子を表示します』


「えっ、あっ、はい」


 エージェント・アンネリーゼがそう言うと、オレのスマホにドアホンの映像が流れた。

 っていうか、ハイテクだな…。


『ヒーラーガールで~す』


 女の子はヒーラーガールと名乗った。ガールというのは、女の子という意味だったと思う。ヒーラーはオレの辞書にはない。まだまだこの世界の言葉がよく分からない。


 スマホ画面にはアイドルのような可愛い女の子が映っていた。大きく胸の開いたワイシャツにブレザー、プリーツのいっぱい入った短いスカートの、制服風衣装。これがほんとうのファンタジー世界…。


『こんにちは~。風邪の子がいるみたいなので、回診に来ました~』


 アイドルの女の子は風邪の子を見に来たと言っているようだ。


『病気の者は無料で治療を受けられますよ。返事をしてください』


 エージェント・アンネリーゼに返事を促された。


「ど、どうじょ、入ってくだしゃい」


 オレはスマホの女の子に向かって、入るよう言った。


『は~い』


 しばらくして、ドアホン画面に映っていたアイドルの女の子が部屋に現れた。


「こんにちは。ヒーラーガールです。風邪の子を見に来ました。

 あら、キミが看病していたの?偉いね!」


 ルルに食べさせるご飯とスプーンを持っていたオレを見て、オレがルルを看病していたと思ったようだ。まあ、その通りなんだけど。

 看病してたくらいで、偉いね、だって。オレが一歳児だからか。一歳児は十歳以上離れた姉の看病なんてしないもんな。


「ちょっとごめんね。キミが食べさせていてくれたから、栄養状態は大丈夫そうだね。これなら、ちょっと免疫力を高めて、新陳代謝を良くするだけでいいね」


 アイドルの女の子は、ルルの背中に親指を押し当てていった。


「うーん…」


 ルルはなんだか顔を赤らめて、気持ち良いのかな。

 アンネリーゼも同じようなことをやっていた気がする。


「はぁ~…。あああ、おしっこ!」


 ルルは突然起き上がって、トイレに行った。トイレの使い方は教えたから大丈夫だと思う。だけど、


「ちょっとルル!まだ寝てなきゃ」


「風邪のウィルスをおしっこで出すんですよ」

「風邪の…おちっこでだしゅ?」

「そうだよ」


 病気を治す魔法とかじゃないのか。そういえば、治療魔法は身体の損傷を治すのにしか使えないんだったな。


「さて、もう大丈夫そうですね」

「もう治ったの?」


「だいたいね。おなかが減っていると思うので、ご飯を食べさせてあげてね」

「うん。ルルをなおちてくれて、あにがと」


「どういたしまして。それじゃあね~」

「ばいばい」


 そのあと、ルルはキッチンにあったご飯の残りを平らげていた。



 スマホやタブレットには、体調監視機能というのがあって、ルルが風邪をひいていることをヒーラーガールに知らせて、診察に来るように指示してくれたらしい。


 エージェント・アンネリーゼに、ヒーラーの意味を聞いた。ヒーラーガール…、彼女は領民の健康を守る治療魔術師。そして、アイドルユニット、ヒーラーガールズの一人!見た目どおりのアイドルだった!

 学校の成績上位者で構成される、アイドル養成科の一員。可愛くて強くて魔法も使えて、なんでもできる才色兼備。

 病気の治療もしてくれるのに、心も癒してくれるなんて、まさにヒーラーの鏡!


 ときどき当主であるアンネリーゼの魔物討伐遠征に雇われたりするらしい。

 アンネリーゼや貴族のバックダンサーを務めることもあるらしい。って、アンネリーゼも歌って踊るのかよ!


『ヒーラーガールのことが気になりますか?こんなのもありますよ』


 なんかライブやミュージックビデオのコンテンツの購入ページに誘導された…。収穫祭ライブ、通常版、銀貨二枚…。二千円か…。残念…、オレは働いていないので無一文だ…。


 なになに、ヒーラーガールズは、アンネリーゼ率いる母体であるマルクガールズのバックダンサーとして出演しているのと、ヒーラーガールズ単体でのシングル曲のミュージックビデオがあるのか。

 しかも、ヒーラーガールズは、第一メタゾールで活動しているのが本体で、第二メタゾール支部と第三メタゾール支部、プレドール支部、テルカス支部があるらしい。その他の領で活動するためのヒーラーガールを募集中か…。まるで前世のご当地アイドル…。


 よし!オレもアイドルになって、アンネリーゼと一緒に歌うぞ!






 アンネお姉様は、今回は嫁ではなく孤児を拾ってきた。第二メタゾールの農場に連れていって仕事を与えたらしい。


 アンネお姉様は身寄りのない者にも手を差し伸べる。というか、身寄りのない者に手を差し伸べるのは孤児院の仕事であり、王都にも孤児院があったはず…。

 あったはずなのに、十四年前に運営補助金の横領が発覚。それまでも、資金を横領していた運営者によって、孤児たちは虐げられていた。

 運営者がいなくなり、孤児院は完全に解体。王都で孤児院が運営されていたことさえ忘れ去られてしまった。


 そもそも、王都の孤児院のあった辺りの民の暮らしぶりを私も前王も把握していなかった。その辺りは貧困層と呼ばれているらしいのだ。さらに進むとスラム街がある。


 王都内で暮らしに格差があったなんて知らなかった。

 アンネお姉様は、どこかに出かけるたびに嫁を拾ってくるので困っているのだけど、スラムの発見はアンネお姉様のフットワークの軽さの成せる業だ。

 アンネお姉様は九年前には自ら足を運びスラムを発見していたという。そのときに、いつかはスラムをどうにかしたいと考えていたという。

 臭くて汚いところだろうと、危険なところだろうと、アンネお姉様は構わず赴く。普通の貴族や王族にはできないことだ。田舎の気質がそうさせるのだろうか。いや、アンネお姉様のみがもつ聖女の気質がそうさせるのだろう。

 そんなアンネお姉様のことが私は好きだ。すなおに尊敬する。




 コンコン。マイアの執務室にノックの音。


「マイア…、入っていいか」

「はい、お父様。お母様もいらっしゃいましたか」


 マイアの父キプレス(三十歳)と、母アドミナ(三十歳)。


「大方はスマホの中のお前に説明してもらったが、一応本人に確認させてくれ」

「はい」


 お父様はエージェント・マイアに説明されたことを、本人に確認しにきた。


「マイア、アンネリーゼ公爵との子を身ごもったというのは本当なのですね…」

「はい」


 お母様は、私の身体のことを心配しているらしい。娘が結婚することもなく子を宿したのだから、心配するのも当然か。でも、これは私が望んだことだし、私はアンネお姉様の子を授かることができてとても嬉しい。


「まず、ヒストリア王国、メタゾールより海を渡って南にある国と、メタゾールを通じてすでに五年ほど国交があるというのだな」


「はい、事後報告となってしまい申し訳ございませんでした。

 ですが、セレスタミナ・ヒストリア、当時第五王女だった彼女は、亡命してきたのです。彼女とは夜をともにした仲。彼女の人となりは、私が保証します」


 セレスタミナとは何年も一緒に寝ているし、学校での成績や心構えも知っている。


「そうか…。あまりおてんばをするなよ…。私はお前が心配だ。王になったからは、かってに他国に行くなど許されないぞ」


「いえ、それが許されない行いかどうかは、私がこれから決めます」


「なんだと?」


「お父様のスマホの私、あとで、経済連合について、説明してあげてね」


『分かったわ』


 マイアが言っているのは、アンネリーゼ前世の欧州の国の経済連合のことである。

 経済については、アンネリーゼが一方的にヒストリア王国に支援しているような状況だ。

 マイアが言いたいのは経済のことではなくて、国境を撤廃して自由に移動できるようにする連合のことのようだ。


「まあ、それはあとで聞いておくとして…、アンネリーゼはセレスタミナ・ヒストリア王の王妃カローナから教わった魔法で、お前に子供を授けたというのだな」


「はい。それに関しては私からお願いしました。前例がなければ、女どうしの結婚に関する法律など作れないでしょう。だから、私が前例となります。

 大丈夫ですよ。女どうしで子供を作る魔法を使える者をたくさん育てており、ヒストリア王国では平民向けにすでに不妊治療を行っているのです。不妊治療の末に生まれた平民の子供も一歳になっていますよ。何千人もいるはずです。

 実はですね、現メタゾール侯爵、ダイアナ・メタゾールは、アンネお姉様とカローナの娘なのです。同性婚の法律がないので養女扱いですが、爵位を継いでしまいましたから、今となっては血のつながりを公表することもないでしょう」


「なるほど…、そうであったか…」



「それであなたは…、同性婚の法律を施行してまで、これだけたくさんの側室を正式に迎えようとしているのですか…。わたくし、あなたがこれほどまでに女性の側室を設けるとは思っ…」


「彼女らは、私の側室ではありません。彼女らは…、アンネお姉様の側室です…」


 私はアンネお姉様のことが好きなのであり、他の令嬢は、アンネお姉様が懇意にしているから置いてあげているにすぎない。嫌いではないけど、私が彼女らのことを好きだと思われるのは不本意である。


「はっ?」

「アンネお姉様の魅力には、すべての女が虜になってしまうのです…。私も虜になってしまった一人なのです…」


「つまり、マイザー前王のよう、あなたが王族となる子をたくさん成すことはないのですね…」

「はい。就任早々そのような危機に王家を陥れるようなことはしません」


 マイザー前王は、十人の妃を娶っていた。それは、不要な後継者問題を生み、財政を圧迫していた時期もある。


「しかし、あなたはそれでいいの…?」

「ほんとうはアンネお姉様を独り占めしたいですよ。でもアンネお姉様は私たちすべてを愛し、すべての民の幸せを願う聖女なのですよ…。私一人がアンネお姉様の愛を受けるわけにはいかないようです…」


「そうか…。あなたは難儀な者を伴侶として選んだのね…」

「私は、アンネお姉様を王妃として迎え、そしてアンネお姉様に好きにさせることがこの国の発展に繋がると思いました」


「国の行く末を思ってのことですか…。分かりました。あなたを信じるとしましょう」

「ありがとうございます、お母様」






 アンネリーゼの嫁たちは後宮でごろごろとすごしているワケではない。


 ヒルダ、シンクレア、ロザリーはそれぞれ、後宮に一室を借り、メタゾールにいたときと同じような執務室を構築して、自分の領地の仕事をしている。大きなディスプレイを設置してあり、まるで部屋が各領地の執務室と通じているように見えるビデオ会議システムを設置した執務室だ。


 もちろん、長時間のデスクワークは妊婦の身体にこたえるので、デスクチェアの代わりに、介護ベッドが設置してあり、仕事をするときは背もたれを起こして、ベッド上のスライド式の机で仕事をしている。といっても机の上には、タブレットと、大きめのサブディスプレイしかない。


「アンネ、プレドールの南西側だけど、いまだに外でお花摘みしちゃう人がいるらしいのよ。公衆トイレを設置する予算はあるかしら」

『はい、残りの予算は大金貨二〇五〇枚あり、公衆トイレは大金貨五枚で設置できます』

「ならスケジューリングと作業員の手配、お願いね」

『はい』

「今日の案件はこれだけね。じゃあ、熱力学を昨日の続きからお願い」

『はい』


 ヒルダが話をしているのは、タブレットの中のエージェント・アンネリーゼ。優秀な秘書だ。


 ヒルダたちは常に仕事をしているわけではなく、多くの時間を勉強に費やしてる。今やタブレットさえあればどこでも勉強できるのだ。



『そろそろヒルダに休むよう言ってもらえませんか。ヒルダは頑張り屋なので、いつまでも頑張ってしまいますが、そろそろきつい頃だと思います』


 と、ヒルダのメイドに提言したのは、ヒルダのメイドのスマホのエージェント・アンネリーゼ。ヒルダ本人には聞こえないように、風の魔法で聞こえる範囲を限定している。


 ヒルダのメイドには、エージェントキャラをヒルダに替える機会が与えられたが、アンネリーゼに恋をしてしまっているので、エージェントキャラはアンネリーゼのままだ。


 ヒルダの体調を主に監視しているのはヒルダのスマホやタブレットであるが、体調監視機能は持ち主以外にも働くのである。だから、メイドのスマホもヒルダの体調を監視しているのだ。

 しかも、メイドのスマホは、持ち主が主人の世話するためともなれば、ヒルダのスマホに体調情報の開示を求め、情報を取得することもできるのだ。


 その結果、メイドのスマホは、ヒルダを休ませることを、密かにメイドに促した。


「ヒルダ様、そろそろお休みになられてはいかがですか?」

「そうね、ありがと。気が付かずに無理をしてしまうところだったわ」

「はい!ベッドを倒しますね」

「お願い」


 このベッドは電動介護ベッドなので、スイッチ一つで横になれる。

 実際のところ、このベッドはスマート家電なので、スマホのエージェント・アンネリーゼが直接操作できるのである。

 だけど、ここはメイドの顔を立てて、メイドにやらせるのだ。ヒルダはメイドに心遣いに感謝し、メイドはヒルダに感謝されて嬉しい。


 エージェント・アンネリーゼは、このような気遣いもできる優秀な秘書なのだ。






 領地経営とは無関係な聖女の守り手のメンバーも、勉強にいそしんでいる。彼女らには個室は割り当てられなかったが、五人で一つの部屋にそれぞれ介護ベッドを置いて勉強している。


「あー、身体を動かしたいわねー」

「鈍っちまうな」

「暴れると子供死ぬ」

「それは勘弁してよ…」

「アンネお嬢様の子はそんなことでは死なないわ!」


 ハンターは身体を動かすことが仕事なのだ。部屋でじっとしていることなど我慢しがたい。

 学校にいるときも、剣技や魔法の実技を主にやっていたのだ。


「お前らはいいよな。魔法は机の上でも練習できるし」

「そんなことないよ。ここで水をぶっ放したらどうなるのさ」

「理科の授業を習って覚えた電気魔法をお見舞いしてあげようかしら?」


 ゾーミアとマクサとアマージの物騒な会話だ。


「集団戦術の授業でも受けてなさいよ」

「ちぇー。アンネお嬢様、集団戦術の授業を頼む」


『わかりました。今日は陣形について……』


 アンネリーゼは、このままずっと王城に住む可能性が高い。聖女の守り手の五人はアンネリーゼの妾として後宮に置いてはもらえるだろうが、領地の仕事をしている他のご令嬢と違い、少し肩身が狭い。

 そこで、彼女らは王宮の騎士団や宮廷魔術師団への入団を考えるようになっていた。そうすれば、王城にいる名目もたつ。


 彼女らは聖女と呼ばれるアンネリーゼの守り手に名実ともになれるよう日々精進している。






「キミたち!弱いぞ!」

「ぐわぁ…」


 メリリーナに蹴り飛ばされた騎士。


「なんなんだあの娘は…」

「アンネリーゼ公爵様の妹ぎみらしい…」

「名をメリリーナといったか」

「剣も持っていないのに、我々がひと太刀も浴びせられない…」


 ここは王宮に仕える騎士団の訓練場。メリリーナの周りには転がった騎士が何十人もいる。


「かかってきな!」

「なめんな!あっ、ぐわぁ…、くほっ…、うぇ…」


 騎士がメリリーナに剣を振るっても、すべて避けられるか、素手でいなされてしまう。

 剣といっても刃引きの剣だが、メリリーナは剣の腹を触っているため、真剣を振ってもいなしてしまうだろう。

 メリリーナの攻撃はパンチやキックであるが、かなり手加減しているにもかかわらず、騎士はあっという間に何発も喰らってノックダウンしてしまう。


 妊娠してもいないのに、ただ王宮に連れてこられたメリリーナは暇を持て余していた。

 騎士団の訓練場という遊び場を見つけたのだが、残念ながら騎士はメリリーナの遊び相手にならなかった。


「つまんない!ばいばい!」


 メリリーナは去っていった。



「ここはどうかな」


 メリリーナがやってきたのは宮廷魔術師団の練習場。

 数十人の魔術師たちがファイヤボールなどの攻撃魔法を鉄の的に撃って訓練している。射撃訓練場のような場所だ。


「ここはご令嬢の来るところではありませんよ」

「私と遊ぼう!」


 メリリーナが手を上に掲げ、直径二メートルの青い火の玉が出現した。


「な、ななな、なんという大きさ!なんという熱気!」

「えいっ!」


 メリリーナの投げた火の玉は、鉄の的に当たり、激しい爆風とともに、鉄の的をドロドロに溶かしてしまった。


「「「「「ぎゃー」」」」」


 魔術師は練習場から逃げていってしまった。


「なんだー、どいつもこいつも、つまんない。外に行こっかなー。あ、ここならハンターの仕事があるってねーねが言ってた。ハンターになって魔物狩りしよっと!」


 メリリーナの冒険が始まったのであった。





「あれー、みんなどうしたのー?ちょっと待っててね!えい!」

「×××…」


 もう一人、妊娠とは無関係にやってきたアリシアも、暇を持て余していた。

 アリシアが王城をぶらぶら歩いていたら、メリリーナにボロボロにやられて、床に寝っ転がっている数十人の騎士を発見。

 そして、おもむろに駆け寄って治療魔法、そしてマッサージ十秒コースを施した。


「あの子は治療魔法をかけてくれているのか?」

「気持ち良かったな…。あんな治療魔法があるのか…」

「白い髪なんて始めて見たな」

「ボロボロになった我々を癒してくれる真っ白な子…、まるで天使だな」

「さすが聖女と言われたアンネリーゼ様の連れ子だけはある」

「アリシアといったか」


「大丈夫ぅ?みんな元気になった?」

「「「「「はい!」」」」」


「それじゃみんな、頑張ってねー」


 アリシアは、騎士をすべて治療し終えると、去っていった。


「アリシアちゃん、マジ天使」

「オレ、アリシアちゃんがいれば、メリリーナ嬢の仕打ちにも耐えられる」

「これだけの人数、しかもメッタ打ちにされた騎士を治療できるとは、どれほどの魔力があるのだ」


 騎士はアリシアを大絶賛。アリシアは王城で一躍人気者になった。

 騎士は知らなかった。アリシアが、メリリーナよりも恐ろしい、巨大なドラゴンであることを。


『『『『『あなた方も光の魔力を鍛えて、身体強化と治療魔法を覚えるために、勤務終了後に学校へ行きましょう。

 魔術師だけが魔法を学ぶ時代は終わりです。これからは、すべての者が魔法を覚えるのです。

 火の玉を投げろと言っているのではありません。身体強化は、あなたの剣を振るう力や、敵の攻撃を避ける俊敏さを与えてくれます。

 治療魔法は、あなたの戦闘を持続させてくれます』』』』』


 騎士の訓練場にハモる、エージェント・マイアの声。

 マイアの即位とともに王城勤務の者全員に配られたスマホ。訓練場のベンチに置いてある、騎士たちのスマホから鳴り響いた。


「エージェント・マイア様…」

「了解しました!」

「勤務終了後に学校に行きます!」


 王国騎士団の戦闘能力は、メリリーナやアリシアに遠く及ばないのはもちろん、メタゾールのティーンエイジャーにも及ばない。

 そこで、エージェント・マイアは、騎士団の強化を図ることにした。



「「うう、私たちの仕事が…」」


 影で血の涙を流しているのは、王家お抱えの治療魔術師たち。アリシアの治療魔術を見せられたら、彼らの居場所はなくなってしまう。


『『あなたも人体構造を勉強してください。さすれば、あの者のように効率よく大けがを治療できるようになりますよ』』


「エージェント・マイア様…。分かりました!」

「御意!」


『『それでは、私の設立した学校に行きましょう』』

「「はい!」」


 治療魔術師のスマホに表示されているエージェント・マイア。

 改革によって失業者を出してはならない。エージェント・マイアは既存の配下への配慮も怠らない。






 ロコイア・ヒドルチゾン侯爵令嬢は、ヒドルチゾン領で改革を進めていた。しかし…、


「お父様!ダメです、こんなに宝石じゃらじゃらの衣装を買っては…」


 ヒドルチゾン侯爵は、税収で私腹を肥やす、ダメな貴族の典型例である。


「なんだ、よいではないか。お前がメタゾール発展の秘密を持ち帰ってきたおかげで、早くも税収が上がっておるぞ」


 お父様は、私が秘密を盗んできたと思っているようだけど、すべて学校で教えてもらったことであり、メタゾールの領民なら誰でも知ることのできることだ。アンネリーゼ様は最初から教えてくれるつもりで私を招いてくれた。


「その税収は、縫製工場のための予算なのです」

「そんなものがなんになる!」


「これは、第一メタゾール領の縫製業の税収データです」


 ロコイアは、タブレットで数値やグラフを見せてヒドルチゾン侯爵に説明した。


「ほほう、これはすごいな。ではそのように進めるがよい」

「だから、その予算をお父様が使い込んでしまったので、この計画は三ヶ月遅れることになります」

「このくらい、自分でなんとかせい」

「はぁ…」


 ロコイアは悩んでいた。

 私はお父様をうまくコントロールできていない。

 ただでさえ、私は居残り勉強で出だしが遅れているのに、このままではコーチゾン、デキサテール、アルクロゾンにさらに遅れることになってしまう。

 他の三領では、第二メタゾールから仕入れたシルクで、新しいドレスを生み出して、どんどん王都や周辺の領地に輸出している。メタゾールブランドを抜きそうな勢い。

 三ヶ月後には競争が激化していて、新規参入は厳しくなりそう…。



「姉さん、この衣装、どうかなぁ。これなら今日の夜会で可愛い子をお持ち帰りできるよねー。まあ、メタゾールから帰ってきた姉さんにかなう子なんて、なかなかいないけどねー。ああ、姉さんが姉じゃなければいいのにな~」


 私の弟…。女のことばかり考えているボンクラ。

 私もメタゾールで勉強する前はこんなだったなぁ…。綺麗なドレスをまとえば良い男にお持ち帰りしてもらえるなんて考えていた。

 今の私は、アンネリーゼ様にお持ち帰りしてもらいたい。でも、領地のことをちゃんとできないと、アンネリーゼ様にあきれられてしまう。



「ロコイア、あなたの教えてくれた化粧品、すごいわ!私、すごく若くなったでしょ?」

「お母様…、化粧品の買い込みすぎです。化粧品だって、来年になれば我が領で生産できるのに…」

「来年まで待てないわぁ。あなただけメタゾールでお肌のお手入れをしてもらっていたなんてずるいわよ」

「お母様…」


 私の肌は化粧品ではなくて、アンネリーゼ様にお手入れしてもらったから綺麗なんだけど、そんなことを言う必要はない。

 このままではアンネリーゼ様の期待を裏切ってしまう。どうしたらいいのかな…。


『こうするのはいかがですか?』


「エージェント・アンネリーゼ様!」


 ヒドルチゾン侯爵家の運命やいかに。






 セレスタミナ王とカローナ王妃の娘、クラリス第一王女は二歳になった。


「クラリス!こっちにおいで!」

「クラリス!こっちですわ!」

「おかしゃん?おかしゃまっ?」


 セレスタミナとカローナに同時に呼ばれたため、クラリスは混乱している。よちよちと歩きながら、どちらに行こうか迷っている。

 なぜかセレスタミナのことをお母さん呼び、カローナのことをお母様と呼ぶことになった。

 クラリスには、とても強力な光と土の精霊リーフが付いている。リーフの加護があれば、通常であれば身体能力の高い幼児になるはずだが、エッテンザムの血を引くものは、身体強化をもってやっと普通の人間と同程度の身体能力が出せるようになっている。


「セレスタミナ様、カローナ様、休憩時間は終わりです。お仕事の時間です」


 レグラは三人の世話をするメイドであるが、宰相の仕事もしている。しかも、剣の達人であり護衛でもある。この国でいちばん働いている。


「えー、もうなの?」

「しかたがありませんわね」


「ロイドステラ王国でマイア様が王に即位され、我が国との国交があることが明らかになりました。これから正式に交易が始まりますよ」


「今までもアンネかダイアナが、かってに魔道具を運んできて、かってに資材を持っていっていたんだから、それでいいじゃない」


「いままでは、なあなあで済んでいましたが、これからはそうも行きませんよ。収支はきっちり管理しないといけません。幸いなことに、今までのやりとりはダイアナ様がすべて記録なさっています」


「ここ一年、ヒストリアの鉄をロイドステラの開発に使っているらしいわね」

「はい、そうなのです。ヒストリアの鉄が枯渇してしまうのではないかと…」


「ロイドステラでも採掘量が足りないから借りていっているだけで、向こうの開発が落ち着いたら返してくれるんでしょ?

 なんでも、ロイドステラの端から端まで九時間で移動できる鉄の馬車を作っているらしいじゃない。それをヒストリアでも作ってくれるってダイアナが言っていたわ」


「ですが…、一時的に国内の武具製造などが滞っておりまして…」

「なら、周辺国からの輸入を検討しましょう」


「クーデターが起こってから、国交は閉ざされていますよ…。誰に対して振るう武器だと思っているのですか」

「もう、ああ言えばこう言う!」

「真面目に考えてください!」


「大丈夫よ。ねっ?アンネ?」

『はい。これが月ごとの鉄の輸出量のグラフです。実際のところ、二ヶ月前に輸出は終わっております。そして、来月から逆に輸入していくことになっていますので、武具製造は再開できます』


「ねっ?大丈夫って言ったでしょう」

「えっ、そのようですね…」


「じゃあ、クラリス、遊びましょう!」

「おかしゃん!」


「この国は大丈夫なのでしょうかね…」

『心配なら、私とレグラで戦力増強について考えましょう』

「そうですね」

『現在学校で剣術や魔法を学んでいる子たち……』


 大丈夫か!ヒストリア王国!






 ダイアナは作業員とともに地下で鉄道と道路の建設を進めながら、ドローンやスマホで収集した情報を自身の電気魔法によるコンピュータで精査していた。


 ママが面白いものを拾ってきた。転生者だ。彼の名はカルボス。

 彼はスラムにいた孤児だ。なぜ彼は転生者なのか。


 そもそも、なぜ私とママは転生者なのか。どうやったら転生者が生まれるのか。逆にいうと、どうやったら転生者の記憶が宿るのかということだ。


 記憶といっても、前世のアイデンティティをほぼ消失している。思い出というものがまるでない。自身のことに限らず、固有名詞をほとんど覚えていない。

 残っているのは一般的な知識、経験、習慣ばかりだ。経験や習慣から、自分がやっていたことを一部思い出すことができる。

 思い出がないのは、神の計らいなのかいたずらなのか。


 カローナお母様の、精子を作る魔法や着床率を高める魔法は関係ない。リンダばぁばは、そんな魔法なしにママを産んだからだ。


 残念ながら、ママの嫁たちの腹にいる胎児は、どれも転生者ではない。


 私がママの腹にいるときにママとコミュニケーションを取るために取った方法、精霊を並べてドットフォントを描くという方法で、タブレットのディスプレイに絵や文字を描けるようにした。これで、精霊を見る視覚さえあれば、腹の中に情報を簡単に伝えられる。

 さらに、ドリーに出会い、精霊を見るための視覚以外にも、精霊の声を聞く聴覚というのを発見したので、タブレットで精霊の声を鳴らせるようにした。これで情報を伝える方法はじゅうぶんだ。


 逆に、胎児が情報を発する手段は、精霊を並べてドットフォントを描くことだけだったが、これもやりやすいようにタブレット画面上に思ったことを描けるようにした。

 こちらの発した情報を理解できれば、胎児からタブレットに何らかの反応を示すはずだ。だが、ママの嫁の子からの反応は全くなかった。


 そもそも、受精したばかりのタンパク質に思考力があるのがおかしい。私もママも、脳みそというものではなく、魂とか幽体とかそういう類いのものに思考力があるのではないかと思ったりするが、それは脳を破壊しないと証明できない。



 サンプルが私とママの二つだけではありふれた共通点が多すぎて、何が転生者の記憶が宿る条件なのか絞れなかったが、今回カルボスが加わることで共通点を絞れる可能性がある。

 だが、カルボスには私たちのように生まれる前後の情報がない。


 と思ったら、SLAMで地図を作るために徘徊していたドローンが、偶然カルボスの出産後の様子を撮影していた。王都に住む若い女がスラム(SLUM)街にカルボスを捨てに行くところだ。数日巻き戻すと、この女の腹の膨れた姿があったので、母親で間違いない。


 私たち転生者の共通点を探すより、母親の共通点は何かないか。三人の母親の共通点…。

 よし!今度試してみよう!


 子を産むことなどまったく興味がなかったが、転生者の魂の召喚する儀式の実験だと思えば楽しい。

 元高校生とかではなくて、何かの専門家や技術者などをお招きしたい。

■カルボス(一歳)

 転生者の男の子。前世は元高校二年生。右肩から腕が成長しない形態異常児だったが、アンネリーゼの魔法により右腕を手に入れた。髪は茶色。


■コデイン(十五歳)

 カルボスとスラムで暮らしていたグループの最年長者。


■ルル(十三歳)

 カルボスに言葉を教えた女の子。


■アダム(九歳)

 カルボスとスラムで暮らしていたグループ内で数少ない言葉を使える男の子。


■カルボスのその他の仲間(三歳から十三歳)

 十六人。言葉を話せない。MOB。


■第二メタゾールに住む農民の女の子

 服は農作業にふさわしい地味な土色なのに、女の子の胸が大きく開いていて、スカートもとても短い。

 刈り取りをしている子は、かがんだときに胸の谷間やパンツを平気で見せている。


■キプレス(三十歳)

 マイア父親。


■アドミナ(三十歳)

 マイアの母親。


■メリリーナ(十一歳)

■アリシア(六歳)

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