本番
「じゃあ、役割分担を決めようか。ええと、何が必要になるんだっけ? 場所と衣装と……」
玲於奈が準備に必要なものをメモし始めると、それを遮って小野寺が言った。
「いいよ、秋山氏。それくらい全部僕がやるよ。頼んだのは僕だし」
「一人で全部?」
「どうせちょっとしたショーなんだから、大した準備も必要ないよ」
「小野寺がそう言うなら……」
そうした話し合いの結果、玲於奈と巴は役者をやることになった。小野寺は須藤優香を呼びだし、当日の司会進行や照明、BGMを流す係など雑用を主に引き受ける。
場所はエミさんのお店を借りられることになった。店が準備中の時間を三十分ほど借りるのだ。彼女は快くオーケーしてくれたうえに、カラオケ用の小さなミラーボールも使っていいと言ってくれた。
この小さなお祭りに、三人よりも彼女の方がむしろ浮かれているようだった。巴曰く、バーに来た馴染みの客にまで手伝わせて紙飾りを作ってくれたらしい。
そして迎えた本番当日。
「なんか緊張してきたな」
店の裏で待機している玲於奈は服で手汗をぬぐった。
彼は今、ネットで見つけた安物だがそれらしいマントと帽子を身につけており、服もそれに合わせたフォーマルなものを着ている。
ちらりと様子を窺うと、一緒に待機している巴はなぜだか平気そうだ。
「緊張しないのか?」
「しないよ。ここで失敗しても死ぬわけじゃないもん」
彼女らしい答えだと思った。
確かに、玲於奈だって何度も死にそうな目に遭ってきたのだ。二回目のDCWでチヒモ虫の上級荒魂と荒神に襲われた時や、ナエドコの毒で何日も苦しんだあの時に比べれば、これから直面する本番は大したことではないのかもしれない。
コンコンと軽くドアを叩く音がして、中から小野寺が出てきた。
「もうすぐ来ると思うけど、そっちは準備大丈夫?」
「あ、ああ。あとは発表するだけだから」
「そう。春原氏も?」
「ばっちり」
「それはよかった」と、二人の返事を聞いて小野寺は満足げにうなずいた。
「それにしても二人ともありがとうね。僕のためにこんなことに付き合ってくれて」
「数少ない友達のためだからな」
「まあ、わたしも暇だったし」
暇だったから参加していたのかと玲於奈は思った。確かにテストが終わり、彼女の中学校の方でも夏休みに入っているので、日中は特にやることが無いのかもしれない。次のDCWが始まるまではあと数日ある。
「なんにせよ、いつかこのお礼をするよ。何がいいかな」
しばらく考え込んだ後、小野寺は「あ、そうだ」と声を上げた。ポケットからスマホを取り出して二人に見せる。
「今更だけど三人で連絡先を交換してもいい? これからも急な用事ができるかもしれないし」
「ああ、いいぞ」
「そういえばまだ交換してなかったね」
二人はスマホを取り出すと、自然な流れで連絡先を交換した。
小野寺は「ありがとう」と言ってスマホをポケットにしまう。そして内心で呟いた。
(これで秋山氏にお礼したことになるかな)
そう、彼は特に巴の連絡先が欲しかったわけではない。彼の方から連絡することはこの先限りなくゼロになるだろう。今回だって玲於奈が提案しなければ、小野寺が巴に助けを求めることは絶対に無かった。
ではなぜ連絡先の交換を申し出たのか。
それは当然、玲於奈と巴の仲を接近させるためだ。
小野寺は巴が玲於奈の理想の彼女になりうると思っていた。巴も玲於奈のことを嫌いというわけでもなさそうだ。少なくとも二人とも相性はいい方だろう。無理にくっつけるつもりはないが、こうやってきっかけを増やすのは悪くないはずだ。
「それじゃあ、春原氏へのお礼も考えておくよ」
「え、俺のは?」
「ごめんごめん。秋山氏の分もちゃんと考えておくから」
その時、エミさんがドアを開けた。小さな声で小野寺を呼ぶ。
「何やってんの。来たよ!」
「来たか。はい、今行きます」
そう言って小野寺は急いで店の中へと戻って行った。
「須藤氏ってどんな人なんだろう」
「そういえば俺も知らないな」
玲於奈と巴の二人は裏口の隙間から中を覗き見た。
そこに居たのは控えめな印象の女の子だった。髪を団子状に後ろで結んでおり、きょろきょろと不安げに辺りを見回している。その様子から気弱な性格がうかがえた。また、女子にしては背がかなり高く、百六十五センチはありそうだった。目算だが小野寺よりも高いだろう。そして全体的に肉付きがよかった。もっとはっきりと品の無い言い方をしてしまえば、おっぱいが大きかった。
「へえ、あの人か」
「同じ学校の人なんだっけ? じゃあ、あれが玲於奈の理想の彼女かもしれないよ」
「いや、あの娘は年下だから」
「ロリコン」
「違う。例えば俺が二十歳になったら十代の女子の中にあの娘がいることになって、もしかしたらそれはロリコンに見られるかもしれない。だが条件は年下なんだから、五十歳になったら四十九歳以下が候補になるし、百歳になったら九十九歳以下が候補だ。それはロリコンとは全く別のものだ」
「はいはい」
二人がこそこそと話をしている間に、須藤は恐る恐ると言った様子で用意された座席に座った。
直後、店の明かりが全て消えた。次いで舞台として机をどかして作られた何も無い空間にだけ光が当たる。するとそこには小野寺が立っていた。ここだけエミさんに手伝ってもらっているのだ。小野寺は一礼の後、カラオケ用のマイクを手に握って話し始めた。
「どうも、今日は来てくれてありがとう。つい先日、定期テストの結果が張り出されましたね。二年生のこれで一学期も一段落して、あとは夏休みを待つだけだということで、ちょっとしたお疲れ様会のようなものご用意させていただきました。お楽しみいただければ幸いです」
小野寺がどんなスピーチをするのか興味津々だった二人は、ドアの隙間から顔を出しながら司会進行の様子を窺っていた。
「声低っ! え、あんなテンションでやるんだ。俺あのスピーチの後にショーをやるの? なんかやりにくくない?」
「まあ、でも小野寺が大きな声を出すところとか想像できないし、しょうがないんじゃない?」
ぼそぼそと喋っていると、小野寺がちらりと二人の方を見た。聞こえていたらしい。目で出番だということを合図される。
まずは巴が呼ばれて行った。
彼女が披露するのは、帽子から刀を取り出したように見せるマジックと、その刀を飲み込んだように見せるマジックだ。パントマイム形式で、音楽に合わせて軽く体を動かしながら行う。
巴の番が終わると、続いて玲於奈の順番がやって来た。
「それでは登場していただきましょう。世界でただ一人の人体取り外しマジックの使い手、秋山玲於奈です」




