涙
休憩を終えた二人は最初の方に仕掛けた罠の様子を見に行った。
罠を張ると言っても当然一か所にまとめてあるわけではない。きちんと少しずつ距離を離して作ってあるのだ。
「おおー、今回も大量だな」
罠の成果を見つめて玲於奈は歓声を上げた。
しかし隣の巴は目の前の状況に困惑した顔をしていた。
「玲於奈、これ罠をどれくらい作ったの?」
「ここら辺には百五十個だな。四か所に百五十個ぐらい作って合計約六百個だ。細かい数は数えてないからだいたいだけど」
荒魂が罠にかかる確率はだいたい半分と少しなので、八十匹前後の荒魂がいる計算になる。今回も大きくその値から外れていることはないようだ。
「百匹弱の荒魂が捕らわれているのはさすがにちょっと不気味だわ……」
彼女はげえっと舌を出した。
そういえば巴が玲於奈の罠を見るのは初めてだった。玲於奈は少ない数から徐々に増えていく過程で慣れたが、いきなりこれほどの数の荒魂を見せられたら不気味に思うかもしれない。
しかしこれも全て必要なことである。一つのスキルをレベル10まで上げるにはその種類の荒魂の千匹以上の生贄が必要であり、玲於奈は今回でそれを達成するつもりだった。
今回のようなボーナスステージは二度とないかもしれない。荒神と戦う段階になってこのスキルのレベルがあと少し高ければ、なんて後悔するのは勘弁願いたい。それに理想の彼女に助けられるのも悪くないが、玲於奈としてはもう少しかっこいい所を見せたいのだ。荒神を一方的に殴り殺せるくらいに。
(さすがに六百も作ったら手がガクガクに疲れたけどな……)
疲れていたのは自分が軟弱だからではなく、このせいであると彼は内心で思った。
巴はそんな玲於奈を気にする様子もなく、すぐに目の前の状況にも慣れて、
「あ、わたしもサブミッションやっちゃっていい?」
と言って刀を取り出した。
「そうだな。適当に刺してってくれ」
彼もナイフを取り出して言った。
四か所全てを周り、ヨリイト虫一六四匹、ネズミ(ヤツメというらしい)七十二匹、巴も名前を知らなかった妙に耳が大きい積み木の人形六十七匹、カエル六匹の合計で三〇九匹。それに加えて途中で宙を飛ぶ目玉が十四匹襲ってきた。
最終的な彼のプロフィールはこうである。
『プロフィール』
名前 秋山玲於奈 ☆☆
性別 男
武器 ナイフ
保有ポイント 28P
スキル 糸Lv7(69/128)up、探知Lv4(2/16)up、水Lv1(0/2)、回復Lv6(19/64)up、生命Lv3(1/8)up、悪食Lv8(80/256)、空間Lv6(4/64)new
「悪いんだけど、もう少し休憩してもいい?」
全ての荒魂にとどめを刺した後、玲於奈は巴にそう申し出た。
ただナイフを振り下ろすだけなのだが、三百匹もいるとさすがに時間がかかる。四時間以上もかかった。
そしてその結果、当然のように玲於奈はへとへとになっていた。新しいスキルを試す体力など無い。
さらに苦痛なのは、これだけやってもレベル10に到達したスキルが一つもないことだった。達成感が得られず、まだ一個も完成していないという状況が心に重くのしかかる。
暇そうにしていた巴が近くに寄って来て、「お疲れ」と声をかけてくれた。
「休憩は別にいいけど、休んでいる間にも余っている罠にかかって荒魂が集まって来るよ」
「もういいだろ。無視しちゃえば」
「ヨリイト虫はすぐに仲間を呼ぶ習性があるから、放っておくと罠の数以上が集まって来るかも」
「マジか」
玲於奈は頭を抱えた。疲労でいまいち考えがまとまらない。
「じゃあ、胃袋の中で休んだらいいんじゃないか? その辺の荒魂にはどうせ破れないし」
罠のある場所からいちいち移動するよりは楽だろう。早速彼は開口で口を召喚し、中に入った。
中は相変わらず暗く、もわっとした暑さだった。
「へえ、中はこんな風になっているんだ」
後ろからついて来た巴が感激した声を上げる。しかし玲於奈にはそれに答える元気がもうなかった。彼はよろよろとゾンビのように動き、胃袋の中に置いてあった布団を広げてその上に横になった。
「ああ! それわたしのなんだけど!」
「勘弁してよ。今だけだから貸してください」
「ええ~!? ……しょうがない、もう一個持ってくるか」
嫌そうな顔をしながらも巴は布団を貸してくれた。玲於奈はそれについてお礼を言う暇もなく眠りに落ちていく。
どれほどの間寝ていただろうか。彼は背中を引っ張られるような感じに目を覚ました。
(なんだ……?)
眠たい目をこすり、そっと後ろにある何かを振り返る。そしてその何かに驚愕した。
そこでは巴が玲於奈の背中を掴んで寝ていた。しがみつくように服に捕まり、引っ張ってくる。
どうしてこうなったのか。確か寝る直前の記憶ではもう別の布団を取りに外に出て行っていたはずだが。首を回して遠くを見ると、そこにはもう一つの布団が敷かれている。
転がって来たのだとしたら、寝相が悪いにも程がある。
玲於奈はすぐに背中を掴む手を引きはがそうとした。
この状況を喜んでしまっては、理想の彼女に対する精神的浮気になってしまう。断じてそんなことがあってはならないのである。出会った時に後ろめたさを抱えていたくはない。
しかしグッと服を引っ張った時、巴の手の位置がズレて顔が見えた。
彼女は寝ながら泣いていた。必死に何かと戦うように眉間にしわを寄せながら、布団を濡らしている。その表情は明確に苦しみを訴えていた。
それを見て玲於奈は思わず動きを止めた。
玲於奈には彼女が今どんな夢を見ているのか分からない。何も教えてもらっていないからだ。だが、もしかしたらそこにあるかもしれないものを想像することはできた。それを彼はしてしまった。
(……今の俺は泣いている相手を慰めているだけであって、決して浮気じゃない。これは浮気じゃない)
彼は自分にそう言い聞かせると、身をよじって巴の手をそっと握った。小さな手がキュッと握り返してくる。まるで赤ん坊が親に縋りつくように強く。
その手から伝わってくる感情に彼はもどかしさを覚えた。
彼女はこんなにも不安がっているのに、なぜそれを起きている時に打ち明けてくれないのだろうか。まだどこかでどうせ死ぬと思われているのかもしれない。
自分は不安にさせるほど弱いということだ。
彼は泣きじゃくる彼女の手を包み込み、安心させるように呟いた。
「俺は死なないから」
関係ないけどVtuber萌美のおちゃめ機能歌ってみたがめっちゃ可愛い。
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