荒神との死闘
玲於奈がお化けチヒモ虫に立ちふさがれ、立ち往生していると、後ろから三ツ首チヒモ虫が迫ってきた。首のうち一つを大きく後ろに反らしたかと思うと、勢いよく振り下ろしてくる。
「くそっ!」
玲於奈はそれを咄嗟に近くの空き家に逃げ込むことで回避した。
だが、すぐにそれは悪手だったことに気が付く。屋内にいると敵の姿が見えないだけでなく、建物ごと叩き壊される可能性がある。ここに居るわけにはいかない。
玲於奈が慌てて裏の窓から外に出ると、ほとんど同時に、思った通りに屋根が崩れてきた。ギリギリ押しつぶされずに済んだ。埃が舞い、玲於奈の喉を刺激する。
口を手で覆いながら彼は必死に頭を回転させた。
このまま逃げて、メインミッションがクリアされるのを待つことができるだろうか。
分からない。少女の方に荒神がいないのなら、とっくにクリアしていてもおかしくないだけの時間が 経っているはずだが、その様子がない。何か苦戦しているのかもしれない。
もしくは、あまり考えたくないことだが、事故で死んでしまったのかもしれない。その場合は逃げ続けても意味がない。体力と気力を消耗するだけだ。
では、戦って勝てるだろうか。彼は上級荒魂二体を同時に相手取り、勝利した実績がある。新たにレベル7のスキルも手に入れた。
「やれるか……?」
玲於奈は走りながら後ろをちらりと振り返った。直後、彼の頭上をドラム缶のよう何かが飛んで行った。
見ると彼の前にお化けチヒモ虫が再度目の前に立ちふさがっている。三ツ首チヒモ虫に投げてもらったらしい。
「なるほどね」
威嚇してくるお化けチヒモ虫を前に、彼は観念して呟いた。ナイフを召喚し、構える。
これまでの彼ならまだ逃げ道を探していただろう。しかし、二体の上級荒魂と戦って学んだことがあった。逃げるというのは距離や余裕がある時にだけできるものだ。最初に三ツ首チヒモ虫が遠くに見えた時などがそれにあたる。だが、そうでない時にまで及び腰で構えていては、無駄に傷を負うだけである。
覚悟を決める必要があるのだ。前回、たった一人で荒神と戦った少女のように。
(大丈夫、お化けチヒモ虫だって最初は勝てると思わなかった。でも勝てた。勝敗はまだ決まってない)
彼は自分にそう言い聞かせる。
そして、ナイフを目の前のお化けチヒモ虫に向かって投げつけた。あわよくば脳内の黒球に刺さって倒すことができないかという期待が半分と、目くらましが半分である。
敵がそれに注意を引かれた隙に横を走り抜ける。戦うにしても挟まれた状態ではやりにくい。
三ツ首チヒモ虫の方が先に追いかけてきた。弱い方から相手にしたかった玲於奈としてはあまり嬉しくないが、追いかけて来てしまったのなら仕方がない。
「やってやるよ。俺の愛は神にだって負けないってところを見せてやる!」
玲於奈は三ツ首チヒモ虫の三つの頭をじっと睨みつけた。狙うはもちろん黒球である。だが、それはどこにあるのだろうか。
(順当に考えれば真ん中。最悪なのは三つ全部を破壊しないと駄目なパターンだな)
流石に三つ全てを破壊するのは勘弁してもらいたかった。単純に考えれば、労力が三倍ということになるってしまうからだ。
その時、右の首が口を大きく開けた。のこぎりのような歯を見せ、玲於奈の方に狙いを定めてくる。なんだと思って警戒していると、徐々にその中心に光が集まり始めた。淡く柔らかだった光が、はっきりとした輪郭を持ったものに変わっていく。
それが何か分かった瞬間、玲於奈は走り出した。しかし逃げられない。敵の口に集まったエネルギーが収縮していく。
そして、一筋の光線が横切った。
チュンという鈍い音がして、町並みが両断された。光線は爆発こそ起こさなかったが、熱で家々を溶かし、道路に深い亀裂を作っている。当然、玲於奈の居た場所にもである。
「あっぶねえ。マジでギリギリだった」
彼は暗闇の中でバクバクと鳴る心臓を押さえて呟いた。
彼は光線が発射される直前で開口・閉口を発動し、胃袋の中に逃げ込んでいた。一瞬で汗だくになっている。これが冷や汗というものだろうか。興奮しているせいで今は特に疲れは感じない。
あんなのに勝てるわけが無い、ここでメインミッション達成まで隠れていよう、そう考えて汗をぬぐった。
けれど、敵は追撃の手を緩めてはくれなかった。
ガンッと大きな音が頭上から響いた。玲於奈も感覚的に察する。入り口の口が攻撃されているのだ。もう一度ガンッと音がして、歯にひびが入るのを感じた。あと数回で破られるだろう。
他に出入り口は無い。最初に試運転で作った口は閉口で消してしまった。内側からの場合、一度作った場所限定で新たに作ることもできるが、二度続けてレベル7の技を使用するのは避けたい。使用しても逃げ切れるとも限らない。
「くそっ、やってやるよ! やればいいんだろ!」
彼は立ち上がって準備した。
それに考えようによっては、この状況で戦うのはいい判断だったかもしれない。入り口の広さから言って首は一本分しか入れない。三ツの首を相手にするより、敵の身動きが取りづらい空間で一本の首を相手にした方が玲於奈にとっては有利だろう。
空間全体を揺らす大きな衝撃が来て、口が破られるのを感じる。
予想通り首が入ってきた。敵の頭は、玲於奈を見つけると、仲間に知らせるように声を上げる。
「ギョアギョア!」
「うるせえぞ、人の家で騒ぐな!」
彼はそう叫ぶと、頭上に用意しておいた大口から強胃酸を吐き出し、敵の頭にぶっかけた。
この胃袋の中は玲於奈のスキルの一部である。そのためどこにでも大口を作ることができた。
土壇場でこのことに気が付いた時、彼は自らの幸運に感謝した。
しかしこれは単に偶然気が付いたということではない。玲於奈自身が、スキルを使いこなしつつあるのだ。水の中に落とした絵の具が溶けて全体に混じ入るように、新たに付属した能力が馴染み、彼の一部になっていっている。
強胃酸を浴びせられた敵はギャと短い悲鳴を上げると、さっと横に避け、それから発射口である大口に体当たりをした。
非常に好戦的であり、負けないことに強い自信があることをうかがわせる行動だ。
しかしそんなものに何の意味はない。彼は逆に大口でその頭に噛みついた。
「はっはー、捕まえた!」
勝ち誇った声を上げると、暴れる頭を噛みちぎらんばかりの力で押さえつけ、さらに強胃酸を使用した。
「ギャアアアアアア!」
「さっさとくたばりやがれ、害虫野郎!」
もがき苦しむ敵に対し、強胃酸を浴びせ続ける。
二つ目の技ではたとえスキルがレベル7になっていてもやはり弱いようだ。上級荒魂に対しては効果を発揮するが、荒神にまでなると威力が足りない。
それでも構わず玲於奈は強胃酸を使い続けた。首の一つを撃破するせっかくのチャンスだ。この機を逃すわけにはいかない。
しばらく強胃酸を使用した後、ぶちっという音がして、噛んでいた首が千切れた。消化され、柔らかくなっていたのだろうと思う。
ちなみにだが、開口で作った口の場合、食べた物は胃袋の中にため込まれるが、大口の場合はもう一つの胃袋に運ばれ、強胃酸で溶かされることになっている。
残った首がものすごい速さで引っ込んでいった。砂にならないということは、真ん中の首じゃなかったのだろう。もしくは本当に三つの首全てを落とす必要があるのか。
どちらでも関係ないことだ。
「勝ったな」
彼は勝利を確信して呟いた。後は同じことを二度繰り返すだけだ。
この時の玲於奈はそう思っていた。しかし、そう荒神を倒すのはそう簡単なことでないのである。
ヒロイン「あんまり硬くないみたいだし、このタイプなら三つ全部撃破じゃない?」
玲於奈「やっぱりそうだったんだ」
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