ナイトメア
アデルバイムの街は混乱に陥っていた。領主であるアデミッツ家が国王の勧告を不服と致し、王家に反旗を翻したのだ。
だが、領主であるフィオーレはこの時の為の準備を怠っていなかった。十分な兵と物資を蓄えていた彼は騎士団を領地から叩き出し城門を固く閉じた。
アデミッツ反乱、その報は瞬く間に全土を回った。
「……副団長。我々のやっていることは正義なのでしょうか」
アデルバイム郊外の幕屋にて1人の新人騎士が、ジェフリー副団長にそう漏らす。それを聞いた彼は、弱音を吐いた彼を責めるでもなく、肩を叩いた。
「正義ねぇ、そんなもんは気にしてもしょうがない。俺たちは王家の剣にして盾だ。国の秩序と繁栄の為に、言われた通りに動きゃいい。責任は上がひっかぶってくれるさ」
彼は飄々とそう語る。
「ですが、あのような少女に……」
「おっとそこまでだ、あまり思いつめると剣が重くなるぜ」
アデミッツはしたたかだ。街中が敵と言う圧倒的な兵力差を持って、我ら騎士団を領袖の身として交渉材料に出来た筈なのに、無傷で追放下に止めた。おまけに包囲している間もなんやかんやと面倒を見てくれた。
その事がブレーキとなり、いざ戦闘が始まったとしても、特にこの様な新兵たちには動揺をもたらすことに成功している。
「はい」と覇気のない返事をしてその新兵は元の配置に戻っていく。彼はやれやれと眠い目をこすりながら、彼のテントへと戻った。
すると、誰もいないはずのテントの中には1人の女性がふてぶてとベットに腰掛けていた。
「テメェは……」
「おやおや、てめぇだなんてご挨拶だね。僕と君との間柄じゃないか」
魔女はそう言ってニヤニヤと不快な笑みを浮かべていた。
「テメェみたいな不審者が幕屋に紛れ込んでいるのが見つかれば、ただじゃおかねぇって言うんだよ」
「うふふふふ、その時は娼婦でも買った事にしておけばいいさ。なんならサービスしようか?」
そう言って魔女はスカートをたくし上げる。蠱惑的な笑みと白磁の様な太もも、そこから立ち上る色香は猛毒。常人なら理性を殺され、一目散に彼女に襲い掛かっていただろう。
「やめろ。テメェみたいなドブ女に手は出さねぇよ」
だが、ジェフリーは、彼女の瞳を睨みつけてその誘いを拒否。「おやおや、つれないねぇ」と彼女は残念そうに肩をすくめる。
「それで、何しに来やがった。用があってもとっとと立ち去れ」
「うふふふふ。そんな事言わないでおくれよ。僕は君の、いや君たちの味方だよ」
魔女とジェフリーの付き合いは今日昨日の事ではない、話はしばらく前に遡る。
「旦那様……お生まれになりました」
死闘とも言える出産。男子禁制の戦いに彼は部屋の外から応援することしか出来なかった。
しかしそれを補助した産婆の沈んだ表情を見て彼は不思議に思う。部屋からは元気な赤子の鳴き声が聞こえているのだ。
一体どういうことなのかと、開けたドアの先にその答えはあった。
「お、おぉ……」
彼の子は彼ら夫婦とは似ても似つかぬ浅黒い肌をし、額には小さな角を携えていたのだ。
「あなた……」
ようやくできた我が子だった。彼の妻は体の丈夫な性質ではない。その妻が正に死力を尽くして挑んだ結果が、ナイトメアの出産と言う事だった。
「奥様は非常に危うい状況です」
産婆の冷酷な告知が耳を滑る。ナイトメアはその生まれ持った角により出産の際に母体に与えるダメージは、正常児の比では無かった。
「医者を、直ぐに回復術師を!」
「もう、既に呼んであります、今しばらくお待ちください」
半狂乱になって叫ぶ彼を産婆が宥める。しかし彼には分かっていた。彼の妻の出血具合から見て回復魔術では間に合わない。戦場での経験が、知りたくも無いのにそう教えてくれていた。
最初から回復術師を呼んでいたら?
いや、結果は変わらなかっただろう。彼の妻は体が弱い。産後の弱った体では、とてもじゃないが回復魔術のフィードバックには耐えきらなかっただろう。
「あなた……」
「なんだ! 俺は此処にいるぞ!」
「あなた……この子を……よろ……し……く……」
そう言って彼の妻は息絶えた。
そうして、彼の手にはナイトメアの子だけが残った。
そうして……月日が流れた。
妻を失った事で、その怒りとやるせなさをナイトメアにぶつけるケースは多い。
しかし、彼は妻の遺言に従い、精一杯の愛情を持ち我が子を育てた。誰にも知られる事無く、ひっそりとだ。
仕事柄、ナイトメアに対する世間の風評はよく知っている。またナイトメアが送る生涯もだ。
彼は我が子をそんな目に合わせたくないと思いつつも、世間の目を恐れてひっそりと愛し育てた。
そんな折だ。ある夜、我が子を寝かせつけ、寝酒を煽っている時に、いつの間にか部屋に人影が要る事に彼は気づいた。
「何者だ!」
出産以降酒量が増えているとは言え、幻覚を見るほど落ちぶれてはいない。彼は咄嗟に臨戦態勢を取るも、いつの間にかその人影は彼の背後を取っていた。
「うふふふふ、僕は敵じゃないよ。君たちの味方さ」
魔女はそう毒を漏らした。
「この世界は、本来ナイトメアと忌称される、人のものなんだ。彼らが、君の子が大手を振って歩ける世にする。僕はその為に頑張っているんだよ」
薄暗い幕屋の中で魔女はかつて語ったセリフを繰り返す。
「あの嬢ちゃんを罪人に仕立て上げる事が、どうそれに繋がるって言うんだ」
ジェフリーは魔女を睨みつけながらそう問い詰める。
「うふふふふ。彼らが表に出るためには、今現在表でのさばっている人間が邪魔じゃないか」
つまりは現秩序の崩壊。それが魔女の望みだと言う事だ。
それは、王国の秩序の剣として過ごしてきた、彼の人生に対する反逆でもあった。
「くそッたれが」
彼は魔女によく聞こえるようにそう吐き捨てる。それを聞き、魔女は酷く上機嫌に口を歪めた。
「大丈夫、僕に任せてごらんよ。全ては上手くいくさ。なんせこれまで失敗続きだ、今回こそは大丈夫さ」
全く持って安心できない言葉を投げかけ、魔女は虚空に消え去った。
彼も騎士団副団長と言う立場だ、今まで魔女が起こしてきた事は知っている。あの者はただ世の中に混乱をまき散らすだけの魔獣だ。
だが、我が子の為に。
彼は、此の世すべての罪を背負いつつも魔女の言に従う事を選択したのだった。




