船出
「さあさあ参りましょうアデムさん!」
がっちゃがっちゃと勇ましい音を立てつつ歩いて来る彼女を見て、俺はがっくりと肩を落とす。
「あのー、コレットさん。ホントにその恰好で行くつもりなんですか?」
「……何かおかしい所がありますか?」
何処か汚れているかなぁと、彼女は彼方此方自分の恰好を見直すが、変なのはそこであってそこじゃない。
彼女の恰好はくっそ重くて動きずらい重装甲のフルプレート。尚且つタワーシールドに特大のウォーハンマーと言う度が付く重装備だ。小柄な彼女がそんな恰好をしているとディフォルメされた鎧騎士が動いている様な滑稽さがある。
「今から行くのは足場の悪いリッケ大森林の名も無き遺跡ですよ、その装備は不向きではないかと」
「あははー、大丈夫ですよアデムさん。むしろこれを着ていない方がフワフワして動きにくい位です」
彼女はそう言って、両手の武装をブンブンと振る。
「……彼女ってドワーフ族でしたっけ?」
「いえ、面白い事に両親揃って普通の人間です。人間って不思議ですね」
そう言ってカレンさんはふふふと笑う。
王国ではめった見ることが無いドワーフ族かと思いきやそうではないようだ。まぁ彼らはとても器用だと言うし、おっちょこちょいで不器用な彼女とは正反対だ。
「はぁ、まぁサン助は貴方位の重量なら平気ですけど……」
「もー、乙女の体重についてあれこれと言うのは失礼ですよアデムさん」
ぷりぷりと鉄塊が何か言っておる。はははこやつめ。
平気じゃなかった。
「重っ! って言うか重!」
飛び立つ事すら一苦労。サン助と同調している俺としては、常に背中に巨大な鉄塊を押し付けられている気分だ。
「はー、意外と情けないんですね。サンダーバードと言うのも」
そっちの重さが規格外なだけだ。と言うかそんなものを着込んでおきながら普通に動き回れるとか、彼女はもしかして俺よりも力があるのでは?
念とためにと教会の中庭で予行飛行を行った俺とサン助を待ち受けていたのは、重量オーバーと言う過酷な現実だった。
「まぁ彼女はその怪力と言う特性のみで、執行機関に抜擢されたようなものですから」
そう言ってカレンさんは薄ら笑う。数日過ごして無表情なカレンさんの表情を読み取れるようになったが、その表情は薄ら笑いと冷笑および、あきれ顔だ。なんて表情豊かな女性なんだろう。
「あー、空路は無理ですね。ボスならば問題なく移動出来るでしょうが。流石にそうも行きません」
サン助はスピード重視のあまり体重は軽い。彼女の様な超弩級の荷物を運ぶのは無理があったようだ。
「であれば、海路ですね。転移門を使えば早いのですが、あれには国の許可が必要です。お尋ね者のアデムさんに許可が下りる筈がありません」
「あのー、であれば現地集合と言う訳には行きませんか?」
だったらコレットさんは転移門を使いネッチアまで先行してもらい。俺はサン助に乗って空から行くことが出来る。
「うふふふふ、アデムさんを野放しにするわけがないじゃないですか」
「だったら、コレットさんには申し訳なんですが、他の人を付けては頂けませんか?」
「ええー」と彼女が悲しそうな顔をするが、呑気に船旅なんか楽しんでいる気分じゃない。
「いえ、残念ながら。今は彼女しか邪魔……おっと失礼言い間違えました。手の空いている人材が居ないんです」
「「今邪魔って言いましたよね!?」」
「うふふふ、お気になさらず」
「うぅ、私ってやっぱり」と落ち込む鉄塊を宥めながら、俺は仕方なくカレンさんに船便の手配をお願いした。
アデルバイムからネッチアまではユーグ大河を川下りした後、南海を東に少し。合計して7日程の船旅となる。
「お尋ね者のアデムさんを乗船させると言う事で、今回は教会の息がかかった貨物船に乗って頂きます」
カレンさんは割符を手渡しながらそう言った。
いつ気分屋の魔女が襲ってくるとも分からないのだ。他人を巻き込む可能性の少ない貨物船はこっちとしてもありがたい。
「それじゃーアデムさん、行きますか!」
自分の身長より遥かに大きい鉄行李を背負いつつ、コレットさんは上機嫌でそう言った。あの中身は鉄塊もとい、鎧と武具が入っている。重さがどれ程のものかは想像すら付かない。
「船に穴が開きませんよね?」
「そちらの方はご安心を。最新鋭の貨物船です、あれしきの重量では、床が軋む程度です」
カレンさんの薄ら笑いに、全く信頼が置けないが、手はこれしかない。俺は覚悟を決めて船に乗り込んだ。
「よっこいしょっと」
コレットさんは鉄行李を静かに荷物室におろし、フラフラとよろめく。
「あー、やっぱり軽すぎて落ち着きませんねー」
あの鎧は先祖代々受け継がれた、伝統ある魔道鎧。重さは超一級だが、防御力も超一級とのこと。
「ご先祖様は、アレを着てアースドラゴンの一撃を受け止めたそうなんです」
彼女はそう言ってえへんと胸を張る。つい最近そのアースドラゴンを相手に立ち回った俺としては複雑な思いだが、あの分厚さならそれも可能かもしれないと思える威容だった。
「コレットさんは船旅大丈夫なの?」
「いえ、これが初めてです!」
彼女はそう言って胸を張る。まぁ俺も同じなんだが、胸を張る様な事なんだろうか?
「あっ、船酔いを気にされているんですね! 大丈夫ですシスターカレンより預かって来た酔い止めの薬がございます」
彼女はそう言って鉄行李をまさぐる。あの中には鎧だけではなく日用品も色々と収まっている様だ。
「はい! これ……で……す」
彼女が包みを取った先には、毒々しい紫色をした液体の入った小瓶が入っていた。
「頑張って、酔わないようにしよう!」
「ええ! 頑張りましょうアデムさん!」
俺たちはそう言って手を握り合った。
「はっはっは、そう緊張することはねぇぜ」
俺たちが決死の覚悟で一致団結していると、そんな声が掛けられた。
「旅の大部分は穏やかな川旅だ、揺れなんかほとんどありゃしねぇよ」
「えーっと、貴方は?」
「おう、自己紹介がまだだったな。俺はこの船の船長ブラン・ガレウスだ」
ブラン船長はそう言って分厚い手を差し出してきた。
「あー、俺は……」
「はっはっは、お前らの事はあのシスターカレンからよく聞いている。話す必要はないぜ」
「いろんな意味でな」と彼はお茶目にウインクをしてくれる。
後ろめたい事は無いとは言え、一応指名手配犯だ。むやみやたらと名乗りたくは無かったところだ。
「まぁこの船は大部分が教会の出資で作られたもの。つまりここは教会の庭って事だ。安心して羽を伸ばしてくれや」
船長はガハハと笑いながら握った手を上下に振る。分厚く硬い仕事人の手の感触がした。
「いえ、お気遣い感謝しますブラン船長」
「ガハハ、あの腹黒シスターには何かと世話になってるからよ。いいって事よ」
世話になっている人から見ても、やっぱり腹黒と言う印象なのか。俺はそう思いつつ去っていく船長の背中を見届けたのだった。




