使者
「それで! アデムさんは無事なんですの!」
シャルメルは教会からの使者に向けてそう詰め寄る。
「ええ大丈夫です。彼の身はアデルバイムの教会にて保護されています」
シャルメルの剣幕にたじろぎつつも、使者はそう返答する。そして、布に包まれた荷物と、一枚の手紙を彼女に差し出した。
「これは、確かにアデムさんの筆跡ですわね」
シャルメルは使者から、奪い取る様に受け取ったその手紙を確かめる。そこにはアデムからの、迷惑をかけた礼と、暫く戻って来れないが心配しないようにとのことが書かれてあった。
「……これだけですの?」
「手紙の中身につきましては、私は存じ上げていないもので」
使者は申し訳なさそうにそう謝罪する。その態度に嘘は見られないと、社交界で築き上げて来た彼女の観察眼は言っていた。
「お嬢様、これは……」
荷物の方を受け取ったジムがその封を解き、唖然とする。そこにはボロ布の様になった燕尾服が入っていたのだ。
「本当に、アデムさんは無事なのでしょうね」
彼が夜会の後どのような顛末を辿ったのかはよく知っている。シャルメルの家にも騎士団が事情聴取に訪れたのだ。
服がこんなになる様な激しい追跡がなされたと言うのだろうかと、彼女の胸を不安が走る。
「ええ、それは大丈夫です、この手紙と荷物は彼から直接手渡されたものです。彼を招いた時の様子は知りませんが、私が出会った彼は元気な様子で、シスターコレットと旅に出る準備をしていましたよ」
「シスターコレット?」
「旅に出る?」
主従二人同時に口を上げ、「失礼しました」とジムが引く。
「ああ、そうよね、そっちの方が重要ですわね。旅に出るとは一体どこに?アデムさんの手配書はまだ張られたままですわよ」
エフェットの逃亡補助との罪状だ。エフェットに掛けられたのはあからさまな冤罪だが、ゴシップ好きの市民は、大貴族の失墜が見られると大騒ぎだ。
ついでに手配書を張られた様なものとはいえ、手配書は手配書。ミクシロン家ならば十分に匿って上げれるのにと、臍を噛む思いだった。
「それが、私はよく分かりませんが、シスターコレットによると、リッケ大森林に行くとのことでした」
使者と別れて応接室に二人きりになった所で、ジムが周囲を確認してからシャルメルに一枚の紙片を手渡した。
「これは?」
「服のポケットに入っていたものです」
シャルメルがそれを開けると中にはこう言った事が書かれてあった。
『色々と迷惑をかけてすまない、事情があり詳しく書くことは出来ないが、俺はアリアさんの遺志を継ぎ、魔女を倒す手がかりを探りに名も無き遺跡に行く。俺の事は心配しないでくれと――』
「『チェルシーたちにも伝えてくれ』って無理に決まっているでしょう!」
シャルメルは紙片を破りかねない勢いでテーブルに叩き付ける。
「お嬢様、お茶でございます」
「ああ、ありがとうジム。私としたことが興奮しすぎましたわ」
シャルメルは測ったかのようなタイミングで差し出された茶に手を付ける。連絡が無ければ無いで、有れば会ったで心配を掛けると、胸中に渦巻くモヤモヤをお茶の香りでリセットさせた。
「……この、魔女と言うのは」
「十中八九、夜会に現れたあの召喚師の事でしょうね」
彼女を巡って何か厄介ごとがあったのだろう、それが詳しい事を言えない理由だろうか。
そう言えば、彼の荷物を運んできたのが、見知らぬシスターだったと言うのも気になる、こう言った場面では、シスターシエルの様な見知った人を寄越すものでは無いだろうか、少なくとも彼女ならそうするだろう。
「どうやら思っている以上に厄介ごとに巻き込まれている様ですね」
スペースの都合で、紙片にはそれだけしか書かれていなかった。こうやってメモを隠し込むと言う事は、最初に手渡された手紙は検閲が入って、当り障りない内容になったのだろう。
「それじゃ、私達も行くわよ! 準備しなさいジム!」
「……言外に危険だから来るなと書いている様に思えますが?」
「そんな事は知った事ではありませんわ。このシャルメル・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロン、そうと言われて、大人しくしている様な女ではありません」
シャルメルはそう言って優雅に笑う。ただし、額にはピキリと怒りが浮かんでいた。
ごみ溜めと形容しても何ら遜色のない薄暗い路地裏の片隅に、ボロをまとったその男は居た。
周囲には鉄さびの匂い。その匂いの元は男の前に倒れている複数のゴロツキたちだった。
「くすくす、随分とご機嫌ななめみたいだね」
「あっ? なんだテメェは」
そんな殺気だった路地裏に1人の侵入者が現れる。それはローブを目深にかぶった1人の女性だった。
「くすくす、僕かい? そうだねぇ、人間は僕の事を魔女と言うみたいだね」
魔女はそう言いながらフードを外す。そこには顔半分を仮面に覆われた姿があった。
「魔女だぁ?」
男は、闇よりなお暗いその眼差しを覗き込む。そこに在るのは闇よりなお暗く、そして濁り切った瞳だった。
どこかの誰かが差し向けた殺し屋か?
心当たりが多すぎると辟易しながら、男は戦闘態勢を整える。それと同時に上空に待機させてあるヴァンパイア・バットを女の背後に向かわせた。
「くすくす、そう喧嘩腰にならないでくれよドラッゴ」
自分の名を知っている。ドラッゴは警戒を一段階引き上げる。
彼はアデムとの戦いの後、締め付けが厳しくなったネッチアを離れとある街へとやってきていた。
もしもの時の為に蓄えて来た隠し金のおかげで日々の酒には困っていないが、日の当たる場所は、ナイトメアである彼には眩しすぎる。新しくたどり着いたこの街でも彼は日陰に潜み、日々すさんだ生活を繰り返していた。
面戸くせぇ、殺すか。
即断即決、彼はその決断力でもって生き残って来た。どう見たって相手は堅気の人間じゃない、魔女だなんだとうそぶいている当り、頭の方もまともじゃないだろう。体つきは惜しいが、今はそこまで飢えている訳ではかった。
「おお、怖い怖い、僕は蝙蝠自体は嫌いじゃないがね。返り血の付いた牙で襲われてしまえば服が汚れてしまう」
「テメェ! 何もんだッ!」
警戒度は最大限に、ドラッゴは女から距離を取りつつ、ヴァンパイア・バットに女を襲撃させ――
「どうした! 何故動かねぇ!」
異変。彼の僕は空中で縫い付けられたかのように動きを止める。
「くすくす、話の邪魔だからね。この子は一時預からせてもらったよ」
動き出したヴァンパイア・バットは音も無く彼女の隣に傅いた。
支配権の奪取。余程の実力差が無ければ出来ない技だ。しかもそれを召喚主である彼に気付かせずにやってのけた。
ドラッゴの背筋が凍る。ランク4の魔獣でさえ召喚してのける彼は自分の召喚術に圧倒的な自信を持っていた。だが、その土台が崩れ去る音がした。
「くすくす、安心しなよ。僕は君の敵じゃない。君の、いや君たちナイトメアの味方だよ」
「……ナイトメアの?」
「ああ、君たちは自分が穢れて劣った人間だと思っている。いや思い込まされている。けど違うんだ。君が、君たちこそが本来の地上の支配者なんだ」
「何を言っていやがる」
突然始まった与太話にドラッゴは眉をひそめる。腕は一流だが、頭の方はいかれてやがる。と思い、どうやってこいつから逃げ出したものかと彼は計算し始めた。
「フェニフォート人って言う人種がいた」
「ああ? なんだそりゃ?」
「くすくす、唯の昔ばなしさ。
その彼らは高度な召喚術を用い優れた文明を築いていた。だがある日突然この世から姿をくらましてしまった。そう、数千年前の話だけどね」
口調も内容も随分の回りくどい言い方だ、しかし相手は狂人。出来るだけ刺激しないように注意しなければならない。
「……そんな大昔の話をされてどうしろって言うんだ」
「くすくすくす。その彼らにはある特徴があったんだよ」
「それが」と言いつつ、彼女は仮面を外す、そこには額から伸びた一本の角があった。
「まさか……角持ちだったのか?」
「くすくす。君たちが劣った人種だって? とんでもない。もう一度言うよ、君たちこそがこの地上の本来の支配者だ」
「……詳しい話を聞かせろ」
胡散臭い女は同族だった。だが、その濁り切った眼からは誠意の一つも感じられない。とは言え興味深い話である事は確かだった。
「ああ勿論。僕は君たちより先に目覚めたものとして、君に新たな力を授けたいと思っているんだよ」
そう言って魔女はこれ見よがしにヴァンパイア・バットの頭をなでる。
「……見返りは何だ」
「くすくす、これは投資だよ。君にはナイトメアの、いやこの世の王になってもらいたい。残念ながら僕には人望と言うものが無くてね」
魔女はそう言い大げさに肩をすくめる。
「テメェに人望が無いって言うのはよく分かるがな。話がうますぎて信用出来ねぇ」
信用、そう、信用だ。目の前の女からはそう言った事が一切感じられなかった。
「おやおやつれないねぇ。アデム君に復讐する折角のチャンスをふいにするのかい?」
「アデムだと?」
「ああそうさ。偶然出会った彼にも声を掛けてみたけどね、彼はフェニフォート人の血が薄い、やはり角持ちは角持ち同士じゃなきゃ分かり合えないと、痛感している所だよ」
「てめぇはアイツと俺を秤に掛けようって言うのか?」
「結果的にはそうなってしまったかな。で、どうする、彼がふいにしたチャンス、君は掴んでみるかい?」
「良いだろう。どうせいずれは野垂れ死んじまうこの身だ。竜の尾だろうが、何だろうが踏んでやろうじゃねぇか」
「くすくすくす。君なら竜ぐらい直ぐに召喚できるようになるさ」
魔女はそう言い手を差しのばしたのだった。




