19 拳で語り合うことが好みの人々
翌朝。食堂に顔を出す。ホストファミリーになるガル、ルテリアさん、フィーラさんがすでにいる。ゲストの3人はまだ。間に合った……ちょっと寝坊して焦った俺です。
「おはよう、フィーラさん」
「あ、はい、おはよう……ございます……ケイタさん」
「元気ないですね。どうしました?」
「昨夜は、その……あの……」
「あー……ちゅーします?」
「ケイタさんのそういうところ嫌いですっ」
「ははは。でも元気になりましたね、よかった」
揃うまでの間のお茶を飲んでいると、大変面倒臭い人間がやってまいりました。
「どうした? 疲れた顔して」
「ファーレン様、おはようございます」
「朝食終わったら、な、な。約束したじゃろ、ちょっとだけだから、なにもしないから、な」
そんなナンパ男みたいなこと言わんでください……。
「はい、約束ですからね。後日が翌日だとは知りませんでしたが」
「後日に違いはなかろう?」
「……はあ、ソウデスネー」
エシュリア登場。
「おはよう! いい朝だな! ケイタさん組手を所望するぞ!」
「先約がございます」
「その後でいいから、ね、ね」
「……竜殺し殿の後にやれ、と……俺を殺す気ですね」
「えー、大丈夫だよー、なー、やろうぜー、男はおっぱいの一つも揉めば元気になるって聞いたぞ。ほれ、揉むか?」
「相手によります。あなたのじゃ無理ですね」
「えー、誰ならいいんだよ」
「フィーラさん」
エシュリア、フィーラさんをじーっと見つめる。ガバっと土下座。
「お願いだ、フィーラ、ケイタさんにおっぱい揉ませてやって。んで俺とケイタさん、やらせろ」
「変なことフィーラさんに頼むな! あとものすごく誤解されそうな発言をするんじゃないっ!」
「えー……」
ものすごく不満げなエシュリア。この人はもう……。
「あーはいはいわかりましたわかりましたってば。竜殺し殿との後、余力があったらでいいですか、もう」
「おう、それで。余力がなかったら俺がフィーラ押さえ込むから心いくまでおっぱいもんでそれで回復してからやらせろ」
「だからね、朝っぱらから誤解を招くような発言をですね……」
ガルもルテリアさんもこれくらいなら介入しないってことは、普段こうなのかこの人。
「おや、私が最後でしたか。失礼いたしました」
ディングトゥ様登場。全員集合。
朝食メニューはじゃがいものポタージュスープ。ミートボール。スクランブルエッグ。カットサラダ。ヨーグルトの中に小さくカットされたフルーツ。
朝食はディングトゥに合わせた、全般的に小さく切られたり片手で扱いやすいものだった。
「いつもお気遣いありがとうございます」
「では神々に感謝を」
小さな祈りのあと、朝ご飯を食べました。
「さあさあグァース殿やるぞやるぞやるぞー」
中庭に引っ張り出されて、やる気満々のファーレンの前に立つ。ガル、ルテリアさん、フィーラさん、ディングトゥ、エシュリア。結局全員来てる。ついでに城詰めの兵士が結構な数。お前ら仕事どうした仕事。
「ルールは、どうしましょうか?」
「無手、タップアウトあり、ダウンしての追い打ちあり。噛みつき、目への攻撃は反則。中庭のその色違いのタイルまでが試合エリア。外にでたら真ん中に戻ってやり直し。審判の判断での停止あり。審判にはガルグォインヴァーデンズィークについてもらう。これでどうだ?」
「Vale tudoルールじゃないですか……。フィーラさん、ちょっと来て」
ハラハラしながら見ているフィーラさんを呼び、カフリンクスを外して手渡す。
「大丈夫。死なないよ。試合だもの」
フィーラさんの手を軽く包み込み、微笑みながら強がっておく。
とりあえず2mくらい離れて向かい合って立つ。強そう、じゃなくて強い、この人は強い。
構える。
〈条件成立。武術:素手を解放〉
竜殺しは左手を前、目の高さに構える。右は胸の位置。拳は握ってはいないものの小指は握られている構え。掴む主体、ではなさそうだ。叩く瞬間に握るタイプ。ただ頭一つ以上大きいので一発もらうとシャレにならんかもしれない。
ジリジリと間合いを詰める竜殺し。こちらも構える。左足、左肩を前に出して立つ。
左ジャブが飛んできた。前に出している左手でいなすと、返しの右がやってくる。左手を戻し、肘で拳を撃ち落とす。
「おう、痛え。やるな小僧」
縦の胴回し蹴り。下がって避ける。
竜殺しは悠然と立ち上がると左を伸ばしてくる。頭を下げて躱すと奥襟掴まれた。しまった。そのまま引っこ抜かれ、巻き込まれて投げられる。腹に膝の感触。覚悟完了。
「かはっ」
少しばかり覚悟が足りなかった。痛え。そのまま俺の上に乗ってる竜殺し。マウントポジション。
「死ぬなよ、若造」
右拳の鉄槌がくる。三発貰った左目の上に温い感触。リミッターが6段ほど飛んだ感触。神々は竜殺しを化物以上と認定かよ。
四発目がゆっくりと降ってくるように見える。左掌で掴み、締め上げる。
覆いかぶさり左腕で喉を狙いに来た。それに合わせて脇腹へ右ショートパンチと同時に左手を引き上げ体勢を崩し転がす。
上下ひっくり返すのに成功したがガードポジション。これは引きずりこまれてる。あまりに不利すぎるので無理やり外して立ち上がる。
「楽しいなあ。婿殿はどうだ?」
「勘弁してくださいよ」
切れた左目の上からダラダラと流れる落ちる血。気にして左手の甲で拭おうとするポーズ。
油断している竜殺しに向かってそのまま踏み込み、拭っているように見せかけていた左拳を振り抜き顎先を掠める。これで腰砕け。竜殺しといえど脳を揺すれば倒れる。
ガルがそこで割り込んで試合を止めた。助かった。
試合モードから通常モードへ。徐々にリミッターが戻ってくる感触。フィーラさんがタオルを持ってこっちに駆け寄るのが見える。頭の怪我は派手に流血するから仕方ない。フィーラさんの心臓には悪いことをした。
「あー痛かった」
「ケイタさん、動かないで!」
フィーラさんが持っているタオルを傷口に当て、圧迫止血を試みる。だが、望めばかかる魔法がある。傷が消え、出血が止まる。
「あ、もう大丈夫ですよ、フィーラさん。ほら、血で汚れちゃうから」
「汚れるなんて思ってない!」
「でもほらもう止まったし」
そっとフィーラさんを引き剥がし、タオルの血を吸っていない部分で拭う。
「ほら、ね」
「え、あれ?」
「魔法で治した。フィーラさんの手があるから効き目も倍増だったよ。ありがとう」
「こんなに速く治るなんてケイタさんの魔術の腕、すごいですね」
「そうなの?」
「そうです」
血で汚れたタオルをフィーラさんが回収する。その頃、竜殺し殿の意識が戻ってくる。
「おう、やられた」
「私だってだいぶやられましたよ……あ、まだ立たないで。気持ち悪いとかないですか?」
「ん、大丈夫だ。最後、何やった?」
「血が気になっているふりをして、拭う動きを見せました」
「あー、それは覚えている。とりあえず待ってやるか、って思ったからな」
「そのまま前へ踏み込み、持ち上げていた左手を握り込んで顎先を振り抜きました。頭をゆすってエンド、です」
「そうかー、強いな婿殿」
大の字のまま竜殺し殿が呟く。
「リッザは婿殿を信じる。竜殺しの名にかけて、な」
エシュリアが尻尾フリフリ耳ピンピンで試合場に入ってきた。
「なーなー、同じルールでやろう。やろう、やろう、いますぐやろう!」
「だそうですよ。若い女性から誘われてますよ竜殺し殿」
竜殺し殿は苦笑。
「ちげえよケイタとだよ。大丈夫だろ? 疲れてないだろ?」
「疲れました。勘弁してください」
「ちょうどフィーラがそこにいるからおっぱい揉んで元気注入。そしてギンギンになって俺とやろう」
「もう少し表現を考慮していただきたい」
「で、どうなの、できる? できるよね? やろうよ、二発目」
ため息。血塗れのシャツを脱ぐ。
「フィーラさん、竜殺し殿に手を貸してあげて外へ。ガル、お願いできる?」
「仕方あるまい。こうなったらエシュリア殿は聞かないからな」
ガルもため息混じりに答える。
本日二試合目。構える。
エシュリアの構えを見る。右スタンダード、おそらくは打撃系。掴む気はあまりなさそうなタイプ。だけどさっき竜殺し殿の構えから予想を外したので投げ・関節技も頭の片隅に残しつつ、同じ右スタンダードで構える。背の高さはエシュリアのほうが頭半分くらい上。リーチも少し長いだろう。二試合目なので長引かせたくない。最初から意識してリミッターを4段飛ばす。
時計回りにサークリング。徐々に狭まる螺旋を描く。手の届く距離に入ってエシュリアから仕掛けてきた。素早い左ジャブ。左手で外側へ押し出す。次弾を右手でキャッチ。目が驚愕で見開かれる。
「お前なんで俺のパンチ掴めるんだよ」
「見えるから」
前蹴りで解放し、距離を取る。リーチのあるスピードスター・ストライカー。今のままでも捌くのは出来なくもないが、同じ土俵で戦うならより速度を求める必要がある。
リミッターを更に1段飛ばし、シフトアップ。軽くステップを踏む。
「おっ、いいねえいいねえ」
「喋ってると舌噛みますよ」
両拳を顎下につけるピーカーブースタイルで頭を下げ突っ込む。エシュリアのジャブ初弾を額で受け止め、二発目は右手で打ち払い、潜り込む。肝臓を狙っての左ボディ。後ろにすこし逃げられてクリーンヒットせず。
「おー痛え。すげえのが来たぞ今」
「重心は前にあったはずなのに……尻尾か。意外と面倒なものを持っていますね、エシュリア殿」
「へへへへ、いいだろー」
尻尾をパタパタさせてニヤつくエシュリア。ならば更にもう1段。
踏み込み、ショート右アッパー。エシュリアはスウェーバック。踏み込み左ボディ。肘でブロックされた。読まれているのは織り込み済み。そのまま振り抜きエシュリアをガードごと殴り飛ばす。
ごろんごろんと転がるエシュリア。立ち上がり、キラッキラの目でこっちを見る。
「すげえすげえすげえ、ケイタ大好き! もっとやろうぜ」
右手をプラプラさせている。折れてはいないだろうがしばらくは力は入らないだろう。それでも継続を望む“最後の砦”。
「いや、これで終了だ。エシュリア殿。右肘上がらないだろう」
ガルが割り込む。
「右腕の一本や二本、なんてことねえよ!」
「バカですか、右腕は一本しかありませんよ。続けたらもっと怪我ひどくなるからダメ。だいたい勝てそうもないでしょ?」
俺の指摘に、耳と尻尾を下げるエシュリア。だからねそれ反則だってば。
「ほら、右肘出して」
そっと撫で、治れと念じる。
「お、お、お、お前すげえぞケイタ! すげえすげえ! 治ったから続きやろうぜ!」
抱きつかれる。
「離せバトルマニア! ほんとにもう!」
振り払った直後にフィーラさんに抱きつかれる。ああ、天国。
「私のケイタさんに何すんのよーーーー!」
エシュリア小さくなってフィーラさんに謝ってました。できれば俺に対してもエシュリアさんはこう謙虚になって欲しいです。




